2. パルス波・ミリ波による眼球への影響評価試験
Ⅰ 要 旨
ミリ波帯は波長が1mmから1.0cmと短い高周波数(30-300GHz)を特徴とする非電離線の電磁波である。
近年の電波利用技術の発展に伴い、準ミリ波帯を含む数GHz以上の電波が、音声・データなどの無線通信や自動車間の衝突防止システムなど、一般環境の中で使用されることが予想されている。これらの波長域は、その波長の短さから高いSAR(specific absorption rates)を示すことが知られている[1]。およそ3GHz以上の電
波による人体影響で重要視されている組織に眼があり、電波防護指針で眼への入射電力密度が制限されている。
電磁波ばく露による眼への影響についてはこれまでに多くの研究が行われているものの、研究の中心はマイクロ波帯でミリ波帯の影響については必ずしも十分な知見が得られてはいない。
さらに、ミリ波ばく露による眼傷害の報告は角膜上皮傷害が中心で、この傷害はばく露以外の要因、例えば、ばく露中の眼の乾燥によっても生じる。
本研究では最新の眼科診断技術を用いて、ミリ波(60GHz)による眼球への影響について詳細な検討を行った。
結果、3000mW/cm2 6分間ばく露による急性眼障害は、虹彩の縮瞳、虹彩血管拡張、角膜混濁、角膜上皮傷害、毛様充血であった。
虹彩の縮瞳、毛様充血は眼内の炎症、虹彩・毛様体炎に起因するものと思われ、これらの炎症の度合い測定において、ばく露した眼とばく露しなかった眼の間に眼内フレア値(前眼部炎症に伴って生じる血液房水柵破綻による房水中の蛋白濃度)の統計的な有意差(P<0.01)を認めた。
1500mW/cm2 6分間のばく露では、形態学的検討よりぶどう膜炎症状が観察された家兎は、軽度の虹彩の縮瞳(1羽/8羽)、虹彩血管拡張(2羽/8羽)、微かな毛様充血(3羽/8羽)のみで、その他の家兎の眼では明らかな炎症症状を示さなかった。
これらのフレア値データでは、47.2、40photon counts/msと明らかな異常値を示した家兎は2羽のみで、他の6羽は7.2-15.6photon counts/msと正常、またはほぼ正常域であり、眼内フレア値の統計的な有意差を認めなかった。従って1500mW/cm2 6分のばく露条件での炎症誘発の有無は、家兎の個体差に大きく左右されるものと思われた。
また、準ミリ波帯からミリ波帯の周波数(18-40GHz)からミリ波帯の周波数中から、入射電力密度を一定(800mW/cm2)にして、5種類の周波数(18、22、26.5、35、40GHz)のばく露前・中・後の眼内温度変化および800mW/cm2を6分間ばく露した際の眼傷害出現の実験を行った。
結果は、40GHzが最も眼に傷害を及ぼすことが推定された。60GHzの検討では、800mW/cm26分間ばく露では5例中1例に一過性の角膜上皮傷害を認めたのみであったが、40GHzでは4例中全例に角膜混濁が誘発された。この傷害の差が周波数の相違によるものか、その他の要因によるものなのかは今後慎重に検討する必要がある。
Ⅱ 研究目的
本研究の第一の目的は、60 GHz 5W発信機に焦点距離15cmのレンズアンテナを組み合わせたばく露装置を用い、前年度に作製したミリ波ばく露による急性眼傷害のモデルでの急性眼傷害の程度、経過、治癒過程を指標として、それらの急性眼傷害が発症する値を求めることである。
さらに、最大入射電力密度を一定にして、準ミリ波帯の数種の周波数のばく露前・中・後の眼内温度変化およびばく露による眼傷害出現の程度を検討する。
Ⅲ 試験方法
1.実験動物
60GHzばく露実験および準ミリ波帯実験ともに実験動物は、Specific Pathogen Freeの有色家兎(Dutch種、体重:1.8-2.5kg、週令:13-16週、雄性)86羽を実験に供した。
60GHzばく露実験は、すべての実験を金沢医科大学動物実験施設で行ったが、準ミリ波ばく露実験は、情報通信研究機構(以下、「NICT」と略す)で、ばく露実験を行った。実験開始の少なくとも3日前に動物専門業者によりNICTに実験家兎を輸送し、ばく露実験開始日まで動物を環境順化させた。準ミリ波ばく露およびばく露後の急性期の眼傷害の経過については、NICTで実験を行ったが、長期変化については、金沢医科大学に家兎を移動しその経過を観察した。
すべての家兎は実験開始前に細隙灯顕微鏡下で(SL-130、ツアイス、図1)前眼部に異常がないことを観察した後、画像として記録・保存した。なお、動物業者から購入した実験家兎には、角膜上皮傷害が49%に見られた。角膜蛍光色素染色により角膜上皮傷害を認めた家兎は、抗生剤およびビタミンB12軟膏により、角膜上皮傷害を完全に治療後に実験に供した。
図1 細隙灯顕微鏡 図2 レーザーフレアセルメーター
電波ばく露前の前眼部の炎症の有無はレーザーフレアセルメーター(FC-2000、コーワ、図2)で測定し、その程度を数値として評価した。
なお、すべての動物実験は金沢医科大学動物実験指針に従って行った。
飼育環境(温度:24±2℃、湿度:50±10%)
2.ばく露装置とばく露条件
実験1:ミリ波ばく露実験
ミリ波(60GHz)ばく露実験は金沢医科大学動物実験施設(基礎棟、地下1階)のシールドルーム内にばく露装置を設置して行った。(図3)
5W級インパット発振器(QBY-603400, QUINSTAR Technology, Inc.)に焦点距離15cmのレンズアンテナを装着し、3000、1500、800、100、10mW/cm2 6分間のばく露を行い眼傷害発症閾値の検索を行った。
図3 動物実験施設のシールドルーム内に設置したばく露装置
家兎はプラスチック製の固定器(本実験用にデザインした特注品)に保持し、焦点距離15cmのレンズアンテナ(本実験用にデザインした特注品)を介して6分間のばく露を行った。
すべて家兎はキシラジン0.23mg/kgおよびケタミン5mg/kgの混液を家兎の筋肉内に注射することにより全身麻酔を行い、0.4%オキシプロカイン点眼による局所麻酔をばく露直前に両眼に行った。両眼瞼はガムテープで開瞼状態に保持した。
麻酔施行により家兎の瞬目が抑制され、角膜は乾燥しやすくなり角膜上皮傷害が誘発される。これを防ぎ角膜上皮を正常状態に維持することを目的に、ばく露前に2%ポリビニールアルコール(マイティア®、千寿製薬)を両眼に点眼した。
実験には各ばく露強度ともに4~12羽の家兎を用いた。
一部の家兎は屠殺後、傷害された組織を摘出し、病理標本を作製した。
実験2:準ミリ波ばく露実験準ミリ波ばく露実験はNICTで行った。
ばく露装置は信号発生装置、信号増幅器、焦点距離15cmのレンズアンテナおよびばく露強度を測定するパワーセンサーから構成される。周波数18-26.5GHzまでは信号発生装置(68397C、アンリツ)からの信号をTWTアンプリファイヤー(ETM40K, ETMElectromatic Inc.)で増幅し、周波数26.5-40GHz帯はTWTアンプリファイヤー(ETM40Ka, ETM Electromatic Inc.)を使用した。
図4
準ミリ波ばく露装置(出典:NICT)
実験2‐1:準ミリ波帯ばく露による眼内温度変化の検討
家兎の片眼の眼窩球後、硝子体、水晶体、角膜の各部位に直径0.5mmの蛍光式温度計(Luxtron790,Luxtron)プローブを挿入(図5)、検討周波数を18、22、26.5、35、40GHzの5種類とし、最大入射電力密度800mW/cm2 3分間ばく露のばく露前、ばく露中、ばく露後の眼内温度変化を検討した。
図5 眼内温度測定位置
実験2‐2:準ミリ波帯ばく露による眼傷害の形態学的検討
5種類の周波数(18、22、26.5、35、40GHz)を実験1と同様に焦点距離15cmのレンズアンテナを介して、家兎の片眼に800mW/cm2 6分間ばく露し、形態的な眼傷害発生
を指標に各周波数の眼傷害の程度を比較検討した。