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娘の心を刺したためらいの刃(きょうも傍聴席にいます)
塩入彩
2015年6月30日17時57分
結婚、出産、マイホームの購入……。順調な暮らしの中にいたと見えた母親が、3歳の娘に刃を向けた。
母親は法廷で、ある病を打ち明けた。
「きょうも傍聴席にいます。」
6月15日、東京地裁の718号法廷。
濃紺のワンピースに身を包んだ被告(37)は、目を潤ませながら法廷に立った。
罪名は、当時3歳だった長女への殺人未遂罪。
裁判長「起訴状の内容に間違いはありませんか」
被告「ありません」
法廷で、事件までの経緯が明らかになった。
被告は趣味のスノーボードを通じて夫と知り合い、2009年に結婚。
11年に長女が生まれた。まもなく、東京都大田区に新築のマンションを購入した。
ただ、夫は九州への転勤が決まり、12年1月、マンションの新居へは母娘の2人で入ることになった。
生活は順調だった。4月には育児休暇が明けて仕事にも復帰した。
娘は耳鼻科に通うことはあったが、同年代の子と比べてもよく成長していた、と被告は振り返る。
しかし、13年6月ごろから、被告の体調に変化が生じる。
被告「ピリピリとのどが痛み、全身にしびれがありました」
専門のクリニックへ行くと、化学物質過敏症などと診断された。
化学物質が原因で、頭痛やめまいなどが起こる症状のことだ。
ただ、厚生労働省によると、専門家の間でも見解が割れていて、病気としてはっきりしない面が多いという。
弁護人「クリニックでは何と?」
被告「『娘も将来、同じ病気になるか』と尋ねたら、その可能性はあると言われました」
ログイン前の続き以来、オーガニックの食材を選ぶなど、被告は娘の食事に細心の注意を払うようになった。
同時に、被告は症状の原因は家にあると考え、マンションから近い実家に戻ったり、夫と相談して別の賃貸アパートに引っ越したりした。
しかし、症状は改善せず、夫が東京に戻ってくるのに合わせて、昨年4月、マンションに戻った。
弁護人「そのころ、体調は」
被告「悪化して、吐き気がしたり、ご飯が食べられなかったりしました」
弁護人「家事は」
被告「掃除は母に手伝ってもらいましたが、ごはんは自分で作っていました」
弁護人「外食はしなかったのですか」
被告「娘の健康を考えると、添加物のあるものを与えたくなかったので」
このころ、被告は周囲のすすめで精神科にも通い始めていた。
抑うつ剤や睡眠薬を処方されたが、体重は1カ月で20キロ増え、夜中に徘徊(はいかい)するようになった。
体調は悪くなる一方だった。
夫との仲も険悪になっていく。
被告はマンションの買い替えを懇願したが、マンション以外で暮らしても症状が改善しなかったことから、夫は買い替えに反対した。
また、被告が規則正しい時間に娘に食事をとらせようとするあまり、食欲を示さない娘の口に機械的にスプーンを入れていたことに、夫は不快感を抱いていた。
そして事件前日の8月9日。夫側の両親と、被告の両親がそろい、6人で今後について話し合った。
被告「その場で私が『死にたい』と言うと、夫は『そんなこというと、病院か警察行きだよ』と。私は本当にもうやってけないかも、と思いました」
夫と双方の両親は、週明けに被告を精神科の病院に入院させようと話し、解散した。