-2:シックハウスが襲った一家5人の苦悩 | 化学物質過敏症 runのブログ

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・まるでサリン中毒患者

長男(当時11歳)は、視力低下、視野が狭くなる症状を訴え、アトピー性皮膚炎を起こし、下痢が続いた。

そしてイライラして精神的にも不安定になった。長女(当時8歳)は倦怠感や頻尿感を訴えた。

次男(当時7歳)は喘息発作を頻繁に起こすようになり、手足に紫斑がができ、アトピー性皮膚炎が悪化した。

利之さんは、目の疲れ、肩こり、全身の湿疹が出た。

主婦の昌子さんの症状が一番ひどく、動悸、リンパの腫脹と痛み、倦怠感、視力・集中力・記憶力の低下が著しく、鬱病状態もあった。

 入江さん一家は、1997年、北里大学病院で宮田幹夫教授の診察を受け、家族5人とも中枢神経機能障害(化学物質過敏症)と診断された。

宮田教授はその症状のひどさを見て「化学物質過敏症だが、まるでサリンの中毒患者。むしろ有機リンの中毒症状だ」と驚いた。

また意見書では「患者の不定愁訴は新築家屋に起因する可能性が高い」と指摘している。

 原因物質を特定しないと、裁判にのぞめないということで、1998年に一家は笹川征雄医院長(笹川診療所/大阪市)によるホルムアルデヒドのパッチテストを受けた。

次男を除く4人に陽性反応が出た(喘息のある者は、陽性反応が出ない)。


ホルムアルデヒドの濃度が下がらない

ミサワホームは対応として、1994年、入江宅の屋根裏下のかまちに、空気の通り穴をつけ、各階に3台の空気清浄機のロスナイを設置した。

しかし強制換気しても、異臭はおさまらなかった。

1996年9月にはルフォームを行ない、床の合板はF3からF1に、クロスもホルマリンが使用されていないものに取り替えた。

そして畳もすべて新調し、その下に吸着シートも敷いた。

しかし、冬になり床暖房していた床に、一家が寝そべっていると、また吐き気などの症状が出た。

入江さんはそれを訴え、再び床を取り替えることを要求したが、ミサワホームは濃度が下がることを請け合い、対応を行なわなかった。

 大阪市立環境科学研究所による入江宅のホルムアルデヒド調査では、3階子ども部屋2を例に上げると、リフォーム前(1996年8月26日)では1170ppb(1.17ppm)だったが、リフォム1年後(1997年7月25日)は、741ppb(0.741ppm)まで少し下がる。

だが、リフォーム2年後(1998年8月14日)では、リフォーム前に近い数値1140ppb(1.14ppm)の高濃度に戻ってしまっている。

ちなみに1ppmのホルムアルデヒドに暴露すると神経生理的な影響がでる。

 1997年10月6日には、横浜国立大学が、問題の入江宅と実家の室内空気中の揮発性有機化合物を測定した。(P35表6、7)

すると入江宅は正常な住宅である実家に比べ、2倍から3倍の高濃度の揮発性有機化合物(芳香族炭化水素、テンペン類、含酸素化合物など)が検出され、シックハウスであることが明らかにされた。