・ 8.3.1 当局
化学物質と環境に関連する現状の法律と施策は、必ずしもMCS患者の化学物質に対する過敏性に目を向けていない。
デンマーク環境保護局(EPA)の化学物質規制に関する現状の施策は、がん、アレルギー、生殖障害、など特に深刻な健康影響を持つ問題のある化学物質に人々が曝露することを防ぐために、これらの物質を規制することを目的として、これらの物質を探し出すことに主眼を置いている。
大気、土壌、及び飲料水に含まれる有害な化学物質から人々を保護する環境規制は、これらの媒体の汚染が結果として匂いや味をもたらさないようにしなければならないので、ある程度、MCS患者を保護することになる。
何人かのMCS患者が木材の表面に使用される化学物質、レントリンに関連する症状を訴えてデンマークEPAにやってきた。
これにより、デンマーク環境大臣はこの物質の屋内での使用を禁止した。それは、屋外使用専用と表示されなければならない。
その後、2000年2月1日、デンマークEPAは、壁材、天井材、及び床材の表面処理剤としての高濃度の揮発性有機溶剤を屋内個人用途で使用することを制限又は禁止する政令を出した。
高濃度の有機溶剤を含む製品は、 ”屋内で天井、壁、床に使用してはならない” と表示されなくてはならない。
1999年、デンマークEPAは、デンマーク国立消費者機関及びデンマーク政府家庭経済委員会と協力して木材保守と環境に関するリーフレットを作成したが、これには塗料の選定とともに屋内環境に関する良いアドバイスも含まれている。
2001年、デンマークEPAはぜん息及びアレルギー協会とともに屋内使用の木材選定に関するリーフレット ”木材は呼吸する-そしてあなたも” を発行した(デンマーク語のみ)。
このリーフレットは屋内環境への化学物質放出が最小となる木材選定のアドバイスを提供している。
1999年発行の衣服に関するリーフレットは、新しい衣服は使用する前に洗濯することを薦めている。
2001年に実施された ”安全は自分自身で ”と呼ばれる情報キャンペーンは、新しい規則と塗装後は完全に空気に曝すことの重要性の周知徹底を目的としていた。
”消費者製品中の化学物質の体系的調査” プログラムは、その主題、すなわち洗浄剤中やその他の消費者製品中の匂いに関してもっと多くの知識を得るためのプロジェクトを含む。
2001年、デンマークEPAは、繊維製品中の香料や洗浄剤中の染料など不必要な化学物質の使用に関する討論を開始した。
その目的は現代社会における化学物質の過度な使用-製品に対してなんら技術的な便益をもたらさない化学物質が用いられていることがある-に関する公衆の討議を始めることである。
デンマークEPAは、健康に有害な影響から保護することに関連する領域での取組みを強化するよう努力している。
本報告書は、あるグループの人々の過敏性に関するもっと多くの知見を得るための、そして人々が不必要な化学物質影響に曝露する領域に焦点をあてるための第一歩である。
デンマーク職場環境当局はMCS又は匂い過敏症について知っているが、その症候群を扱ったことはない。
問合せは国立労働衛生研究所(AMI)に向けられるが、そこでは屋内空気汚染の健康影響に関し多くの経験を有している。
過去20年間、いくつかのデンマークの研究所は屋内環境研究の最前線にいた。
この研究の最も効果的な成果は、建築材に関連規則とガイドラインを表示したことで、これはいくつかの省庁間の共同プロジェクトとして達成された。
最初のステップとして、屋内化学物質と生物的空気汚染(特に高濃度)の削減に焦点が絞られた。
国家企業住宅局は建物の工事資材に、従ってまた屋内空気質に対する法的責任を持っている。デンマーク建設調査研究所は屋内環境に関し上記の機関(EPA及びAMI)と共同で作業を行っている。
保健当局(国家保健委員会と地域公衆衛生担当官)は、MCSに関する問題を扱ったことがない。
研究戦略の提案の中で、デンマーク医学研究協議会は、MCSに関する必要性があると考えられる領域、すなわち、呼吸系と肺、皮膚、及び消化器系の疾病のための屋内環境の調査を優先するとした。
国家保健委員会はまた、現在は公衆保健省の範囲外にある予防、診断、及び治療に関連する代替治療の研究のために部署をまたがる作業グループを設立した。
この作業グループはデンマークにおけるMCSの発症に関する研究を支援することができるに違いない。
8.3.2 MCSを持つ人々の診察
1980年代、有機溶剤に対し特に不耐性をもった多くの患者たちが、労働環境医療診療所及びデンマーク・コペンハーゲン大学病院国立病院耳鼻咽喉科(Risgshospitalet)で診察を受けた。
開放刺激テスト(第7章で記述)は、患者と医師の両方に具体的な結果を与え、彼等はその結果に関連性を見出した。
これらの明確な結果は、患者がある種の匂いに対し生理学的な変化を伴う反応を示した。
この文書は、当局に対し、例えばリハビリテーション措置を受け入れさせることを容易にした。この時、多くの患者たちは長期病気休暇をとらざるを得ないか又は解雇の危機にあった。
他のMCS患者たちは郡の労働医療診療所で診察を受けた。診察は通常、疾病の確かな兆候を見出さず、その診断は匂い過敏症であった。
肺とアレルギーの専門家たちはMCSについて知っていたが、MCS患者の診察には興味を示さなかった。
ほとんどの開業医はMCS/匂い過敏症について限られた知識しか持っていなかったので、MCS患者を支援する準備がほとんどできていなかった。
多くの患者は体調の不良が続き、同時に、デンマーク保健行政から "拒絶" された。
彼等は他の医師や開業医を探し求め、 ”デンマークMCS組織 (The Danish MCS Organisation)” と呼ばれる患者の協会を設立した。
8.3.3 デンマークMCS組織
この組織は225人の会員からなり、その全てがMCS患者である。
この組織は Annex F に示されているが、そこではこの組織の5つの主要な目的が述べられている。
Annex G はデンマークにおける健康介護システムにおける何人かの患者の経験を述べている。
会員たちが化学物質に家で曝露したのか、職場で曝露したのかは定かではない。
ビスペピエ(Bispebjerg)及びスレイルセ(Slagelse)にある労働医療病院で会員を診察するという計画は実現することができなかった。
会員たちは彼等の家で診察を受けたがったが、医師たちはそのようにすることはできなかった。
8.3.4 結論と勧告
MCSに関する知識が欠如しており、またこの病気に関する定義と認知に関連するいくつかの疑問が未だに解決されていないために、現在、当局と医療介護システムがこの問題に取組むとができないという困難にMCS患者たちは直面している。
MCS患者たちは、既存の保健介護行政からの支援が十分ではなく、彼等の症状は医療疾病として認知されていないので、社会福祉部門からの支援も得ることができない。
多くの患者たちは屋外で、あるいは公共の建物の中で問題が発生するが、それは彼等がこれらの場所で体調を悪くする匂いに曝露するからである。
デンマークのMCSのよく知られた症例のほとんどは、産業医及びいくらかの耳鼻咽喉科の医師らによって記述されており、ほとんどが職場での曝露によって起きている。
職場での化学物質への曝露のリスクは以前に比べて今日では小さくなっているが、それでも高濃度の化学物質に曝露するリスクはやはり存在する(例えば、事故や不測の漏洩などの場合)。
そして職場における室内環境が悪いことによる影響が未だに問題を生じている。
建材のラベル表示が、長い間には多分、屋内環境に、従ってMCSの発症数の削減によい影響を与えてきた。個人の家庭や職場以外での化学物質への曝露の問題の程度は不明である。
匂い過敏症の人々に加えて多くのデンマーク人たちは、消費者製品に加えられている副次的香料(不必要な化学物質)に悩まされている。
これらの製品に含まれる化学物質の成分が不明であるという事実に加えて、消費者はまた、例えばドライ・クリーニングされた衣服のように予想もしないような化学物質に曝露する危険性がある。
デンマークEPA、国家保健委員会、デンマーク労働環境機関、そして国立労働衛生研究所は、特別の場合を除いてMCSに対応していないが、それはMCSの定義が難しいことと、そのような現象の存在に関する多くの異なる認識のためである。
MCSに対する将来の取り組みのベースを定義することが重要である。純粋に医学的考慮に基づくのか(MCSの客観的証明)、又は、たとえ病気が認知されなくても、MCSは社会的な懸念になっているのか? デンマークとは異なるアメリカやカナダのMCSに対する態度によって、問題は、ある程度、説明できるかもしれない。
衛生及び健康の観点からは、当局による予防措置のためのよい議論であるように見える。
全ての関係者の共同の取り組みを通じてこそ最良の解決が得られるはずである。
MCS症状の進展を削減するために注力すべき最も重要で当然なことは:
1.比較的高濃度の化学物質に曝露するリスクを削減すること
2.低濃度の化学的匂いを制限すること
そのような取り組みは公共の建物と個人の家のより清浄で健康的な屋内環境を作り出すであろう。この取組みを強化することで化学物質の放散を削減し、そのことはMCSの進展を制限し、MCSの人々のためになるであろう。
すでに低濃度である化学物質の削減は、MCS患者の症状を軽減することで患者のためになることが期待されるので、MCSの引き金段階に関連する特別の環境には特に注意を払うべきである。
この文脈に見られるように、環境当局は新たな予防的戦略を用いるべきである。
化学物質への曝露が一般的に低減していることも、現在の化学物質有害影響評価に加えられるべきである(現在はMCSへの影響は含まれていない)。
MCSの防止に関し、人々は一般に、化学物質の使用、特に家庭及び個人用途における ”匂い” について知見を高め、自分で選択の意思決定をすることが重要である。
市民による個人の参加を通じてのみ、公共の環境で不必要な匂いを削減することが可能である。
市民がその役割を果たすことを可能にするための情報の流布と議論の喚起が求められる。ある人々には、選択する前に、香水に耐えられない人々がいるということを明確に知らせるべきである。
カナダにおける環境当局と市民の共同の取り組みは、8.1.1 項に述べられている。
予防的取り組みについての新たな考え方の同様な要求が消費者製品に加えられている匂いにも適用される。9.3 勧告 を参照のこと。
予防的取り組みに関する同様な考慮が健康と職場環境の分野にも適用される。
いくつかの分野の活動が、他の分野の活動も関与させながら、計画と実施の調整を図ることで、相互に利益を得ることになる。