・6 病気の原因と機序
6 病気の原因と機序 6.4 心理学的機序
6.1 免疫学的機序 6.4.1 条件反射(パブロフの条件反射説)
6.2 鼻の粘膜の機序 6.4.2 心因性要素
6.3 神経学的機序 6.4.3 身体化症候群
6.3.1 嗅覚-大脳辺縁系 6.5 毒性誘因耐性消失(TILT)
6.3.2 神経性機序に関連する他の機序 6.6 臨床環境医学に基づく病気のモデル
6.3.3 脳の機能の変化 6.7 討議
6.8 結論
6 病気の原因と機序
MCSの背後にある病気の機序についての研究は4つの主要なカテゴリーに注がれた。3つの生理学的なものと、1つの心理学的なものである。
1.免疫学的機序
2.鼻の粘膜中の機序
3.神経学的機序
4.心理学的機序
他の仮説は新たな病気の概念に基づくものであり:
5.毒性誘因耐性消失(TILT)
そして最後に、アメリカ環境医学会(AAEM)により提案された
6.臨床環境医学の病気モデル
これらの全ての機序は、現在もまだ議論されている。病因についての最も重要な研究成果と議論を下記に示す。
6.1 免疫学的機序
免疫学的機序は最もよく引用されるMCSの生理学的な病気の機序である。アメリカの臨床環境医師らは特にこの機序を好むようである。
アメリカ環境医学会(AAEM)の理論に基づいて活動するレア(1992)を含む何人かは、MCSの原因は化学物質をきっかけとして引き起こされる免疫系の混乱であり、それは体の他の機能に影響を与えるものであると示唆している。
このことの例は、免疫系と神経内分泌系(6.3節 神経系機序を参照)間の相互作用を挙げることができる(Meggs, 1992; Levin, 1992)。
他の人たちは免疫学的反応と炎症性作用間の類似性を認め、したがって、この2つの機序の重なる部分がMCSに関与していると提案した(Meggs, 1992)。
これらの仮説は証明されていない。MCSが超過敏性の病気として初めて記述されて以来、多くの人々が古典的な免疫反応の中からMCSに典型な免疫反応を探そうと試みた。
他の人々はMCSに特定な免疫学的バイオマーカーを検出しようと試みた。5000以上の免疫学的テストを実施したレア(1992)とエコ健康センターの同僚らは、MCS患者のためだけではないが、MCSとよく関連性がある多くの結果を発表した。
彼等は白血球細胞の特別の小グループ、活性白血球細胞の特別な断片、体自身の細胞に対する異常な抗体、そしてたんぱく質に固められた化学物質からなる新たな化合物を発見した。
他の科学者たちはレアらの発見を再現することができなかった。
彼等は、これは研究方法の相違、及び blinding principle と再現性に関する特定の要求の相違のためであるとした。
このようにして、免疫系への影響の明確なパターンがMCSに関連して存在するということは示されなかった(Terr, 1986; Simon, 1993)。
調査方法と品質管理に関する大きな相違が、レアらのグループと他のグループの結果の食い違いをもたらしたと考えられる。
方法と品質に関する要求が厳密な場合には、免疫学的パラメーターの中から病気の兆候を発見することはできなかった。
サイモン(1993)はMCS患者とコントロール・グループの注意深く計画された調査におけるバイオマーカーとしての免疫学的テストの適用可能性を評価した(バイオマーカーについては第7章参照)。特別の実験室で臨床環境医師らによるテストが実施された。そのテストからはMCSの人々を特定することはできなかった。
この実験室における同じ目隠し血液サンプルによるダブルチェックで矛盾する結果が得られた(Simon 1993; Friedmann 1994)。
マルゴリックと彼の同僚等も同じ結果を得た(Mitchell, 2001)。
6.2 鼻の粘膜の機序
MCS患者に見られる匂いに対する強い感受性は、MCSのひとつの説明になるのではないかとして、調査が行われた。
鼻の粘膜には、二つの脳神経からの化学的感覚神経繊維がある。鼻腔の上部に神経終末がある嗅覚神経、及び、鼻腔のいたるところに神経終末がある第5脳神経(三叉神経)である。
化学物質(匂い)は両方の神経を刺激する。嗅覚神経線維の刺激が匂いの感覚を生成し、一方、三叉神経の刺激は刺激の感覚を生成する。二つの脳神経は異なる経路から受けた衝撃(インパルス)を脳の中枢に送り、異なる感覚を生じる。
オーバック(1998)は、高濃度の匂いと化学的刺激物を用いた誘発試験を毒性脳障害(TE)を持った人々と通常の人々に実施した。
正常な人々とは対照的に、脳障害を持った人々は匂いを極端に不快な刺激物と感じた。
テスト前に両方のグループは正常な嗅覚閾値を示していた。
2重のブラインド・テストでハンメル(1996)はMCS患者は刺激物に曝露した時に、反応の変化したパターンを表現しつつ、不特定な過剰反応を起こすことを実証した。
カカポロ(2000)と彼の同僚は3つの患者グループに対し、心地よい匂いといやな匂いへの反応をテストした。1) MCS(カレン基準)の人々、2) 慢性疲労症候群の人々、3) ぜん息を持ち化学物質には正常な人々。
全てのグループは同じ嗅覚閾値を持っていた。
しかし、嗅覚閾値以上の濃度でのフェニルエチル・アルコール(心地よい匂い)はMCS患者に強烈な感覚と苦痛を生成したが、いやな匂いは同じ不快な感覚を生じなかった。
他のグループには異常な反応はなかったが、慢性疲労症候群の人のうちの何人かはMCSの人と同様な反応を示した。
著者等はMCS患者の匂いテストへの反応は現状の神経生理学的機序に適合しないことを強調した。
他のスウェーデンのグループは、MCSを持つ/持たない家屋塗装工に対し、香料(フルフリル・メルカプタン )、化学物質(アセトン、VOC)、及び、これらの組み合わせを曝露させた(Georgellis, 1999)。
著者は心地よい香りの物質が不快な反応を起こすとは考えていなかった。MCSの人たちは香料単独又は他の物質との組み合わせでは非常に不快を感じたが、アセトンとVOCだけの場合には決して不快を感じなかった。
メグスのグループは、特別の神経線維(C 繊維)と呼吸器系の粘膜の炎症がある役割を果たしているのではないかという仮説を調査した。
彼らは10人のMCS患者の鼻と喉を調査し、その中で9人が鼻に症状が出た。慢性炎症誘発変化が彼等全てに見られた(Meggs, 1993)。
メグスは、これは、呼吸器系刺激物に急性曝露して生ずる喘息のような状態-反応性気道機能障害症候群(RADS)によく似た反応性上部気道機能障害症候群(RUDS)ではないかと示唆した。
カイン(2001)は、鼻の粘膜の再発性炎症のある人々は、粘膜に炎症がない時に比べて炎症がある時には嗅覚が強くなることを発見した。
バスコム(1992)は、化学物質が呼吸系の粘膜のどこにも見られるC繊維を含む神経細胞を刺激するということを仮定して、MCSの進展に関する鼻の粘膜の役割を調査した。
実験動物のこれらの繊維の刺激で局所的にニューロペプチド(訳注:神経系の活動や機能に影響を及ぼす物質)が生成された。
これらは呼吸器系の収縮を生じ、粘液の分泌を増大し、血管を拡張し、浸透性を増す。
他の何人かの著者等はMCSの機序に関する仮説を神経系のC繊維の炎症に基づくものとした。
MCSの進展に寄与するかもしれない局所的炎症を生成する物質(物質P)がC繊維の神経終末から分泌される(Meggs, 1995)。
バスコム(1992)は、どのように粘膜表面の慢性刺激が神経終末に炎症変化を生じるかについて記述した。
これ等の変化は、様々な呼吸器系刺激をもたらす化学的影響に対する感受性を増大する。
彼女は、同様な炎症反応が、扁桃痛、頭痛、それに数は少ないが関節炎や線維筋痛症に見られるということを主張している。
粘膜における二つの追加的機序が寄与する可能性があるとの記述がある。
一つは、脳に影響を与える物質(インターロイキン)の神経細胞からの放出である。
他の一つは、神経経路の切り替えの一種である”神経系切り替え”に関する理論であり、それによれば、鼻の粘膜への化学的刺激が他の組織の反応、例えば動悸や頭痛、を生じる(Meggs, 1995)。
”神経系切り替え”の説明で、メグスは、呼吸器系症状、食物アレルギーによる蕁麻疹(じんましん)、及び、強い香辛料の摂取による目や鼻の粘膜の反応について述べている。
鼻と喉の三叉神経の神経線維を刺激すると、心拍数を減少する心臓の防御反応を生成することがある(Ashford & Miller, 1998)。
動物実験を参照してスパークス(1994)は、神経組織炎症に関連する神経物質(インターロイキン)の放出が、MCSに関連する様々な器官での症状の生成を説明しているかもしれないと述べている。