・3 MCSに関する会議、ワークショップ、報告書
3.1 アメリカの活動
3.1.1 会議、ワークショップ、専門家報告書
3.1.2 省庁横断委員会:機関横断ワーキンググループ
3.1.3 専門医師組織のMCS問題に対する態度
3.1.4コメント
3.2 カナダの活動
3.3 ヨーロッパの活動
3.3.1 EU 環境総局報告書 1996
3.3.2 イギリス安全衛生長官(HSE)への報告書
3.3.3 イギリス・アレルギー環境栄養医学協会(BSAENM)の報告書
3.4 国連/WHOの下での活動
3.5 結論
3.1 アメリカの活動
1990年以来、いくつかの政府の研究所がMCS研究支援のために後援又は共同後援した。
下記は、機関横断報告書に述べられている発表を年代順に記すものである。
3.1.1 会議、ワークショップ、専門家報告書
国家研究審議会 National Research Council (NRC)ワークショップ 1991年
アメリカEPAは、全ての関連する分野から科学専門家をワークショップに招へいし、MCS研究計画を設立した。
このワークシップは、臨床研究、曝露と診断、及び疫学的研究をそれぞれカバーする3つのワーキング・グループを発足させた(National Research Council, 1992)。
Annex B (Recommendations from NRC workshop 1991)にワーキング・グループの勧告リストがある。
このリストは、当時は、もしMCSの最終的記述と背後にある機序が確立されるなら、妥当で適切であると考えられた勧告を含んでいる。
MCSに関するワークショップ 1991年労働環境診療所協会 Occupational and Environmental Clinics (AOEC, 1992)
アメリカの労働環境診療所を代表するAOECは、病気の定義、病気を引き起こす環境の記述、治療戦略、病因(病気の機序)のような臨床指向の目標を設定した。
問題の定式化及びこのワークショップからの勧告がNRCワークショップの範囲であった(Annex B 参照)。
勧告のいくつかは第6章に示される研究活動につながった。
免疫毒物学的バイオマーカーに関するNRC報告 1992年
1991年のワークショップにおいて設定された小委員会からのこの報告書は免疫学的研究に関する詳細な勧告からなる。
これは1990年代の初めの免疫学的原因機序に関する研究を強調している(National Research Council, 1992b)。
毒性物質疾病登録局 Agency for Toxicological Substances and Disease Registry(ATSDR)によるMCS専門家パネル
1993年、議会はATSDRが開催したした低濃度化学物質における化学物質過敏症及びその他の影響に関するワークショップのために250,000ドル(約2,700万円)の助成金を出した。
この助成金は、廃棄物埋立場や殺虫剤で汚染さた土地がMCSを引き起こすかもしれないという懸念が公衆の間に広がったために決定されたものである。
ATSDRは議会の希望を満たすために必要な措置を政府に勧告する審議会を設立した(ATSDR, 1994)。
審議会は大学、臨床医学、公衆衛生、産業界、MCS患者、政府らの代表及びオブザーバーからなる(1993)。
リストの中の勧告は1991年からの大規模研究要覧の範囲に含まれている。
いくつかの勧告は新しい、行動指向の、次のようなものであった。
1.委員会メンバー及び他の研究機関からの新しいメンバーのための訓練施設開発のための分野横断委員会
2.MCS研究の成果物を他の進行中のプロジェクトに利用するため、及び、入手されたデータを記録し取り扱うためのデータベースの開発のための方法
これらの勧告は現在でもフォローされるべきものである。
低用量化学物質曝露及び神経生物学的過敏性に関する全国会議 1994年
この会議は、専門家委員会からの勧告の直接的結果として1993年に議会からの要求でATSDRによって組織された。
神経生理学的及び心理学的原因機序における嗅覚系の重要性、及び、心理学的及び免疫学的反応間の可能性ある関連性が述べられ討議さた(第6章)。
結果と勧告を備えた従来の最終報告書の代わりに、キッペン(1994)は、新たな勧告を備えた公式の状況報告書を作成したが、それは科学者間にある調整と協調の根強い欠如の改善に目を向けたものである。
彼は、全ての科学者は、病気の定義、選択基準、診察方法、有病率の確立、そしてリスク要素の定義に関する共通の基準と要求標準をきちんと守ることを受け入れるよう提案した。
この会議の過程で、免疫学的病気機序の研究から他の分野への移行が表明された。
また、病気の定義及び方法の標準化に関する科学者間の十分な協調が未だに欠如していることを示した。
カリフォルニア保健省による公衆調査 1994年
1993年、ATSDR会議はまた、広範な公衆の間のリスクあるグループを見出すための研究手法の開発を勧告した。
カリフォルニア保健省はこの仕事のための基金を得て、1996年に最終報告書を提出した(California Department of Health Services CDHS, 1996)。MCSに関する質問事項が、すでに存在する公衆調査プログラムに盛り込まれた。
この報告書は、今後の新たな徹底した調査の基礎として、この調査のために開発された質問票を使用することを勧告した。
そのような調査はかつて実施されたことがなった。第5章に示される有病率に関する数値のあるものはこの調査からのものである。
管理された曝露調査に関するワークショップ:
国立環境健康科学研究所 National Institute of Environmental Health Sciences(NIEHS)
このワークショップは、各州自治体が管理した国家プログラムである”スーパーファンド危険物質基本研究と訓練プログラム”の一部としてニュージャージー州で開催された。
資金は国立健康研究所(NIH)の下部組織であるNIEHSによって提供された。その目的はMCSの病気機序の明確な理解を増すための多分野研究プログラムを確立することであった。
参加者のバックグラウンドは、神経生理学、免疫学、疫学、毒物学及び生物学であった。
成果は4つの勧告である。
1.診察すべき対象の選択のための明確な基準
2.標準化した曝露調査の完全な管理(現在まで、肯定的な結果が出た曝露実験は存在しない)
3.管理された刺激テスト(provocation tests )の評価における条件反射と神経感作の結合(これらの概念は第6章で説明されている)
4.疫学調査における症例対照(case-control)デザインの導入
実験的MCS研究に関する会議 1996年:国立環境健康科学研究所(NIEHS)
会議には上記のワークショップと同じチームが参加した。
臨床医とMCS関連分野の理論環境研究の専門家の両方が参加した。
5つのワーキング・グループが下記の課題を討議した。
•毒性誘因耐性消失(TILT)の調査のための経験的手順
•条件反射(パブロフ)とMCS
•心理的・神経的・免疫的機序
•神経性炎症
•神経感作と”キンドリング”機序
5つのグループの紹介と全てのプレゼンテーションは、”環境健康展望(Environmental Health Perspectives)”の特別号(No. 105, supplement 2, 1997)に発表された。
Annex C (Main proposals from the EOHSI/NIEHS conference) は、この会議の主要な提案を含んでいる。
それは、研究と優先事項の分野を討議し形成するために、過去6年間に多くの症例に遭遇した専門家等によって書かれた過去の活動のフォローアップである。
標準化と品質管理に関する同じ要求と、より良い調整と分野をまたがる研究グループで”お互いの話をよく聞く”ということが提案された。
この会議は、アメリカの全国規模の参加者があったMCSに特化する最後の会議であった。
多種化学物質曝露と湾岸戦争病に関する議会への報告書 1998年
下院議会がこの報告書を委託した。
報告書は、会議の合意として、多種化学物質曝露は湾岸戦争症候群の観点から見られるべきであり、計画されている研究プロジェクト”環境健康における混合化学物質”とともに、MCSは疾病管理センター(CDC)の下で管理されるべきであると述べている。
この会議の結果は未だに刊行されていない。
3.1.2 省庁横断委員会:機関横断ワーキング・グループ
最も名声のあるMCSに関する省庁横断ワーキング・グループは、アメリカ保健省が主管した”多種化学物質過敏症に関する機関横断ワーキング・グループ”である。このワーキング・グループは連邦政府省庁、環境及び医学関連科学研究機関からの代表者で構成されていた。
このワーキング・グループは”多種化学物質過敏症(MCS)に関する報告書”を作成したが、決定前ドラフト版が入手可能である(Interagency report, 1998)。
この報告書は、政治家、公務員、科学者、MCS問題にかかわる医師に向けられたものである。
それは、科学文献、専門家からの聴取、当局による過去及び現在の措置、技術と戦略に関する勧告、等の徹底的な検証に基づいている。
この報告の主要な結論は、はっきりした疾病としてのMCSの明確な証拠は、まだ(1998年現在)不足している。
その勧告は、Annexes B, C, 及び D に示される勧告を継続することである。
報告書に関する公聴会
専門家委員会による評価の後、非公式版の報告書が公聴会にかけられた。公聴会に寄せられた460件の意見はひとつの報告書にまとめられた(Summary of Public Comments Received for the Multiple Chemical Sensitivity Report, 2000, Center of Disease Control, Ministry of Health)。
意見は保健行政の専門家、MCSの及びMCSではない市民、団体から寄せられた。
公務員はその報告書に最も肯定的であり、市民は最も批判的であった。
批判的な意見
•化学産業界の代表の参加が利益の矛盾の基盤を生成し、公平な文書としての報告書を弱めた。
•報告書は他の政府当局及びMCS患者を治療している臨床環境医師からの情報も含むべきである。
•参照リストが完全ではない。
•報告書は曝露を避ける方法を勧告すべきである。
•保健行政、当局、従業員、公衆はこの報告書を使用すべきである。
肯定的な意見
•報告書は将来MCSを認知する上で、よいきっかけとなる。
•報告書はMCSに関連する最も重要な点をまとめている。
•報告書はMCSに関する仕事をしている人々にとって重要なツールである。
3.1.3 専門医師組織のMCS問題に対する態度
•いくつかの職業医学団体がMCSに関する議論に参加した。
これらには、臨床環境医学を代表するアカデミー(AAEM)や、アメリカ医学協会 American Medical Association(AMA)傘下の5団体が含まれる。(最も重要なコメントは引用符””で囲まれている。)
•1992年AAEM報告書は、MCSを含む全ての環境病の病因のための全体論的(holistic)モデルを示している(第6章 参照)。
•アメリカ医師会 American College of Physicians (1989) ”刺激テストを実施している環境医学者は、診察し治療している病気を定義すべきであり、blinding principle や手順と結果の文書化のような実験的設計のための現在の基準を固守すべきである。”
•アメリカ医学協会 American Medical Association (1992) ”MCSは臨床上の症候群として認められるべきではない(MCS should not be recognized as a clinical syndrome.)。”
•アメリカ医学協会(AMA)、アメリカ肺協会、アメリカEPA、消費者団体(1995) ”MCSの疑いは、医学の歴史の徹底的な評価を求めている。
”その症例は精神医学的疾病として片付けられてはならない。心因性問題の存在の可能性が検討されるべきであり、例えば、アレルギー学者や肺専門家などの専門家による診察の必要性が検討されるべきである。
•アメリカ・アレルギー、ぜん息、免疫学協会(1997) ”発表されている多くの理論の中で証明されたものはひとつもない。”
•その全てがMCS研究と患者の治療に関する専門家である31人の科学者と臨床医師たちからなるグループからの提案(Archives of Environment Health, 1999)。臨床計画案については第7章を参照。
•アメリカ労働環境医学協会 American College of Occupational and Environmental Medicine (1999)は、MCSに関し最も適切な医学団体である。ワーキング・グループは、補償と社会的問題に関する決定を行う場合には医師たちの意見が重要であることを強調している。
メンバーは環境要素とMCS機序との間の関連性の証明がまだ欠如しているということを認めている。
従って、彼等は、MCS発症頻度の削減を目的とする環境的介入(調査と規制)の科学的根拠が見つからない。
しかし、これは屋内環境には当てはまらない。
•ACOEMは、生物心理学的病気モデルを支持しており、それによって、彼等は、心理学的及び生理学的の両方の要素からなる複雑な病気の機序の背後にある仮説を支持している。
全ての組織は、医師たちがMCS患者に対し真の共感と関心を示すことの重要性と、科学的結果はピアレビューにより科学的ジャーナルで発表されるべきことについて合意した。
3.1.4 コメント
多くの会議とワークショップがMCSに関する因果関係を見つけるために1990年~1998年の間にアメリカで開催された。
しかし、MCSの原因と機序は未だに発見されていない。
もっと明白な科学的結果を生み出すであろう研究活動のための新たな専門的で高品質な提案が継続的に行われている。
Annex D (Topic list of recommendations for MCS research)に、上記の7つの会議からの最も重要な勧告のリストが挙げられ、題目に従って編集されている。
ほとんどの会議で研究のために勧告された題目は:
•疫学的研究
•病気の定義
•刺激テスト(Provocation tests)
勧告のほとんどは、1991年の第1回会議において発表さたものである。
それ以降の会議は、同じ”MCS儀式”の繰り返しであるように見える。
会議の最後には彼等は常に過去の勧告が実施されておらず、なんら進捗が見られないと結論せざるを得なくなるという事実にもかかわらず、経験ある科学者の全てが新たなワークショップと会議を開催し続けたということは驚くべきことである。
研究のための膨大な資源と多くの時間が国家の取組みに投入されたが、その成果は明らかにその投資には及ばない。