タテ割科学とタテ割規制
科学研究の世界は多様化が進み学会数が急増している。
ハリネズミ化、つまり無数の先端がお互い接触しない縦割りである。
教育もしかり。
さらに対象とすべき化学物質数も増える一方、農薬、食品添加物、医薬品・パーソナルケア製品(PPCPs)、一般化学物質もある。利用形態も多様、環境での存在もきわめて多岐にわたる。
使用の許認可や管理のための法律、規定も多く、担当する役所の部局も文字通りタテ割の巣。ところが途方もなく多様で複雑な化学物質の取り込みと影響は一人の人間が丸ごと背負い込んでいる。
制度論ではタテ割も有効な場面はあり、また、必要でもある。丸ごと一つの役所なり、法律で律することは不可能。
しかし、一人ひとりの人間がとんでもない世界を丸ごと一人で背負いこんでいるのは深刻な事態と考えざるを得ない。伝統的なリスク科学が助けてくれるとは思えない。
中嶋秀人(科学技術史)さんによると、“トランスサイエンス”という言葉がある。
米国オークリッジ研究所の所長を永く務めたアルビン・トフラーの創句である。
トランスサイエンスとは「科学によって問うことは出来るが、科学によって応えることのできないような問題群からなる領域」である。
トランスサイエンスの問題では専門家の間ですら見解が分かれることが多い。
つまり専門家に最終判断をゆだねることはできない。良識ある社会が、リスクも背負い一つの選択をする。
それは時代の流れであり進歩? かもしれない。
一部の専門家の世界であった科学、技術が社会化する、一般化することは大事なことである。国民の科学的教養、政治的教養が問われる。
とはいっても、昨今の洪水のような宣伝、広告、情報操作を考えると庶民が適切な判断をすることは簡単ではない。
毎日の選択のための生活・科学
問題提起はできても答えは難しい。人により立場によっても様々な答えがありうる。ここではきわめて個人的な思い付きを並べてみたい。
国民が意思表示できる機会は選挙に限らない。私どもは毎日多くのモノやサービスを購入する。良いモノ、サービスを選んでよい企業を応援する。企業にとって不買運動ほど怖いものはない。
しかし、ここでも国民に分かり易い選択を助ける情報は全く不足している。
家政学という女子大を中心に教育する専門分野がある。
もともとはhome economicsの和訳だそうで、家政学と訳した先達の慧眼に敬意を表したい。
生活を科学と政治社会の面から検討し再構成する、これはlife scienceそのものである。女子大だけではなく広く高等教育で学んでほしい。
受精卵から死に至るまでヒトの生涯の中で胎児期が圧倒的に化学物質の影響を受けやすいことは明らかである。
しかし、胎児に選択は不可能で妊婦の判断、選択が問われる。
ここでは英国の産婦人科学会から出された勧告「妊娠中の女性のために(2013)」が参考になる。広く最先端の科学的成果の検討をふまえ普通の人に利用できるように簡略にまとめられている。
英国の専門はこの種の仕事に力量を発揮する。
この勧告の日本版を作りたい。
乳幼児期は発達障害など胎児期の影響が残るが、成人から死に至るまでの健康を支配するのは生活のありようが大きい。
生活習慣病とはよく言ったもので、食生活を中心とした毎日の生活が大事。医者や薬に頼らない世界。もちろん発病すれば医者は必要。
ここでもやはり毎日の生活を考え選択する情報としての生活・科学(life science)の出番である。
日本人は創造性に欠けるといわれるがそうでもない。
最近世界最大の週刊誌「TIME」は17カ国1万人以上から聞いた20世紀における世界の発明力比較調査を公表している。
当然第1位米国、大分離されて第2位に日本、他の国ははるかに低い数値であった。
考えてみれば日本人は大発明は得意でなくとも日常生活に即した発明工夫には実績がある。
ウォシュレットなど快適な便器、使用感に優れた生理帯やおしめ、防寒の肌着などいくらでもあげられる。
生活科学は日本の科学・技術の得意分野で、国の政策的支援があれば画期的な研究や発明が生まれ、生活の快適かつ利便性を大いに高めるであろう。
21世紀は生活の世紀である。
日本はその潜在能力を発揮して世界に貢献できる。GDPは経済成長期には一定の役割を果たしたことは否定しないが、バブルがはじけた現在、GDPは国民福祉にとって危険な物差しと言わざるを得ない。
国連では2015年にGDPに代わる指標を発表したいとしている。
期待したい。
[妊娠中の女性のために]
○可能な限り加工食品より生鮮食品を使う
○カンやプラスティック包装の使用を減らす
(食品貯蔵も同じ)
○保湿剤、化粧品、ボディ・ソープ、芳香剤などの使用を最少限にする
○妊娠・授乳中は、新しい家具、織物、フッ素樹脂塗膜フライパン、自動車の購入は最低限にする
○家庭園芸、住宅、ペット用の農薬使用を避ける
○塗料の臭気を避ける
○薬局での鎮痛剤の購入は、必要時に限る
○有害化学物質は含まないという表示、天然であるとの表示があっても安全とは考えない