(2) 本意見書で扱う電磁波
本来,電磁波は,周波数の低い家電製品などから発生する低周波6から,周波数の高い電磁波ではX線やγ線といった電離放射線まで,幅広く含む概念である。
5 世界保健機関(WHO:World Health Organization)
6 低周波の内,超低周波,極低周波と呼ばれる周波数帯もあるが,本意見書ではそれらも含めて低周波と呼ぶ。
もっとも,電磁波のうち,X線やγ線などの電離放射線については,別途放
射性同位元素等による放射線障害の防止に関する法律で規制されているので,本意見書では扱わない。
また,近年問題となっているのは家電や高圧電線などから発生する低周波や,携帯電話等で使用されている高周波などであるから,非電離放射線のうち赤外線以上の周波数のものも扱わない。
以上より,本意見書で取り扱う電磁波は,それ以下の周波数のもの,すなわち電波法上の「電波」(3THzテラヘルツ以下の電磁波)であり,以下でも,「電磁波」と記載するときは,電波法上の「電波」に当たる電磁波を指す。
2 予防原則に基づく安全対策を実施すべきこと(「第1 意見の趣旨」1(2))
(1) 電磁波が原因であることが懸念されている健康影響
① 研究結果や報告等で示唆される健康影響
まず,電磁波の健康被害が懸念されるようになった背景には,電磁波によ
る健康影響を示唆するような研究結果や報告等が存在するからである。
それらにより示唆されている健康影響としては,以下のようなものがある。
② 低周波(高圧送電線等)と小児白血病
ア 低周波と小児白血病の関係を示唆する研究電磁波の健康影響について,早くから問題とされていたのは,低周波と小児白血病との関係である。
まず,電磁波による公衆への健康影響が問題になったのは,高圧線近く
での小児白血病の増加を指摘したワルトハイマー(米)の1979年の疫学
論文「電線の形状と小児ガン」と,これを追試したニューヨーク州送電線研究所の支持(1987年)によるといわれている。
その後,1993年,スウェーデンのカロリンスカ研究所が,0.2 μマイクロTテスラ以上の曝露で小児白血病が2.7倍に増加するという報告を出している。
また,日本でも,兜真徳氏らによって,文部科学省科学技術振興調整費
を活用して行われた「生活環境中電磁界による小児の健康リスク評価に関
する研究」(1999~2001年)(以下「兜報告」という。)では,子ども部屋の平均磁界レベルが0.4μT以上だと小児白血病の発症率が2.63倍に増加するという,他の疫学調査とほぼ同様の結果が示された。
イ 国際機関の評価
以上のように,低周波と小児白血病の関係を示唆する研究が多数存在している上,国際機関でも低周波とがんの関連性を認める評価がなされている。
まず,IARC は,2002年,低周波磁界(50/60Hzの商用周波磁界)をグループ2Bに分類した。
また,WHOは2007年6月,IARCの評価を受け,環境保健基準No.238(EHC:Environmental Health Criteria。以下「クライテリア」という。)を発表した。そこでは,低周波とがんについての一定の関連性を認めた上で,防護措置として,「慢性影響の存在については不確実性がある。ゆえに,予防的アプローチの使用が是認される」と指摘され,低周波界曝露に関する曝露ガイドラインを制定すべきである,超低周波界曝露の健康影響に関する科学的証拠における不確実性を減らすため,研究プログラムを推進すべきである,などと勧告されている7。
③ 低周波とその他のがんについて
2007年に発表されたバイオイニシアティブ報告書8の「公衆のため要約」(翻訳・加藤やすこ他(『市民科学』第15号(2008年4月)以下同じ。)では,「超低周波電磁波への曝露が小児白血病の原因になることは,ほぼまちがいない。」と指摘した上で,低周波とその他のがんの関係についても指摘している。
まず,成人の白血病については,「電磁場曝露」が「関連している」とし,
「小児期の曝露」が「成人後の発病の危険を増加させる」と指摘している。
また,乳がんについて,「作業中の女性に関する研究からの証拠は,10mGミリガウス以上の超低周波への長期的曝露が,乳がんの危険要因であることを強力に示唆している。」と指摘し,結論として,「超低周波は乳がんの危険要因であり,重大な結果を招くその曝露水準は,多くの人々が家庭や職場で曝露している水準と変わらないということである。」,「危険の合理的な懸念が存在し,新規の超低周波基準を勧告し,予防的措置を制定するのに十分な証拠もある。」としている。
7 もっとも,ICNIRPガイドラインの変更を促すような影響は認めていない。また,WHOはファクトシートにおいて,「低周波磁界が小児白血病の発症率を高めるとする疫学研究があるもののその原因が磁界曝露であるかは不確実」としている。
8 「BioInitiative Report: A Rationale for a Biologically-based Public Exposure Standard forElectromagnetic Fields (ELF and RF)」2007年7月,14名の科学者や公衆衛生・公共政策の専門家らによって研究発表された報告書(生物学に基づいた超低周波ならびに高周波の公衆曝露基準のための理論的根拠)。報告書では,超低周波や高周波の電磁波が,上記に掲げたほかいくつかの疾患の原因となる可能性を指摘する。
また利害関係にとらわれずに科学文献を合理的に評価してみると,低強度の慢性的曝露による害を規制するためには既存の基準は不十分であったことが分かるとして,ICNIRPのガイドラインやFCC(米国連邦通信委員会)のガイドラインを否定し,超低周波について暫定的な限度値として2mGG 未満(送電線に近い居住空間,子供・妊婦のいる居住空間は1mG),高周波について予防的限度値として0.1μW/c ㎡を提唱している。2007年8月,欧州環境庁(EEA)が報告書の支持を発表した。
④ 高周波とがん
携帯電話(主に800MHz~2GHzの高周波)の使用と脳腫瘍との関連について,インターフォン研究9の結果,2011年5月,IARCは,携帯電話などの高周波をグループ2B(発がん性があるかもしれない)に分類した。
IARCの2B分類を受けて,国立がん研究センター(日本)は,「1640-2000時間にもおよぶ累積通話時間が大きい群では,グリオーマ10の発生のリスクがあることが報告されており,過度の携帯電話による通話は避けたほうがいいと考える。
子供は成人に比べて携帯電話によるエネルギーの脳への影響が2倍以上という報告もあることや,20歳未満の子どもが長時間携帯電話で通話した場合の発がんへの影響についてはまだ報告されていないため,小中学生・高校生の携帯電話の使いすぎは注意すべきである。」と警告している11。
なお,高周波に関しては,WHOは前述の低周波と同様のクライテリアを
まだ公表していないが,今後公表する予定とされている12。
⑤ 電磁波(低周波・高周波)が遺伝子に及ぼす影響
前述バイオイニシアティブ報告書「公衆のための要約」では「がんの危険
は,成長と発達の遺伝的設計図を変更するDNAの損傷に関連している。
DNAが損傷されれば,損傷された細胞は自然死しない危険がある。
代わりにDNAを損傷された細胞は増殖をつづけ,それががんの前提条件のひとつになる。
DNA修復の減少もまた重要な役割を果たし得る。
DNAの損傷率がその修
復率を上回れば,変異が保持されがんが発症する可能性がある。
低周波電磁波と高周波のDNAへの作用の研究は,がんとの関連もあり得るので重要である。」,「低周波電磁波と高周波の両者は,既存安全基準を下回る曝露水準を含むある種の条件下で,遺伝毒性(DNAの損傷)を示すと思われる。」と述べている。
9 インターフォン研究: 「携帯電話使用と脳のがんのリスクに関するインターフォン研究」(2010年5月報告)IARCを中心に日本を含む13か国の研究データをもとにした大規模疫学研究。
10 悪性脳腫瘍である神経膠腫
11 もっとも,インターフォン研究が症例対照研究であるためバイアスの可能性があり人間のデータは限定的とされたと考えられる,とも指摘している。
12 WHOはファクトシートで,携帯電話基地局及び無線ネットワークからの無線周波数(RF)への曝露レベルは非常に低く(国際基準よりも数千倍低い),これが健康悪影響を生じるという明白な科学的証拠はないとの見解で(2006年「基地局及び無線技術」),2011年更新の「携帯電話」でも,全世界の携帯電話加入件数が46億と推定されること,長期使用による影響についての研究は進行中であること,WHOは2012年までに電磁波による健康影響のリスク評価を行う予定であるなどを発表したにとどまっている。
⑥ 電磁波(低周波・高周波)とその他の疾患
がんのほか,生殖機能障害,うつ病等の精神疾患等,世界各地の研究者や専門家らによってその発症に電磁波の影響が疑われている症状や疾患は多岐に及んでいる。
我が国でも,健康影響や健康被害を訴えて携帯電話中継基地局の撤去や操業差止めを求める運動や訴訟が全国各地で起こっているが,そこで訴えられている症状,疾病は非常に多岐に渡る。例えば,鼻血,耳鳴り,頭痛,不眠症,めまい,嘔吐,飛蚊症,極度の視力低下,眼痛,嘔吐,強度の倦怠感,甲状腺腫瘍,がんの再発などである(沖縄県医師会報における新城哲治報告等)。
また,電磁波曝露をきっかけに電磁波過敏症を発症した例もある13。