●環境要因は?
これら数百に及ぶ遺伝子の変異は発症しやすさの遺伝子背景を示していますが、前述したようにそれだけで発達障害を急増させることは絶対になく、環境要因が大きく関与していると考えられます。
原因となる環境要因には、低体重など出産前後のトラブル、養育環境のトラブルなどもありますが、近年急増加している環境化学物質ばく露も大きな要因として考えられます。
環境化学物質には発達神経毒性をもつものが多くあり、鉛、水銀などの重金属類、PCB、ダイオキシンなどの有害化学物質、タバコの有害成分ニコチン、有機リン系、ネオニコチノイド系をはじめとした農薬など危険因子が多数あります。
水銀は広汎な発達神経毒性をもち、メチル水銀ばく露により重篤な胎児性水俣病が知られているだけでなく、環境中の水銀が自閉症のリスクを上げることも報告されています。
医薬品にも自閉症を起こすリスクを上げるものがあり、抗てんかん薬パルブロ酸や最近抗がん剤として使用されているサリドマイドを妊娠初期に服用すると、自閉症児のリスクを上げることがわかってきました。
サリドマイドは以前つわり防止に使われ、生まれる子どものアザラシ肢症発症で問題となりましたが、妊娠のごく初期の一定期間の服用はアザラシ肢症ではなく、自閉症児のリスクを上げることがわかっています。
環境化学物質ばく露と違い、医薬品のばく露は用量が確定されるため、因果関係が明確で、発達神経毒性をもつ化学物質ばく露が自閉症を誘発することが明白となったのです。
●環境化学物質のばく露による影響
環境化学物質の疫学研究でも、有機リン系農薬ばく露とADHD発症や作業記憶などの行動異常との相関関係を示す論文が多数出されました。
有機リン系農薬は、脳の発達に重要な神経伝達物質であるアセチルコリン系を阻害、かく乱するので、脳発達に障害を起こすことが予想されます。
さらに動物実験でも、アセチルコリン系を阻害、かく乱する有機リン系農薬やネオニコチノイド系農薬で発達神経毒性を示す報告が多数出されています。
特に日本は農薬大量使用国で、単位面積当たり農薬使用量はOECD加盟国中2008年の報告では韓国についで2位でした。
自閉症や広汎性発達障害の国別疫学報告と比べると、図のように国毎の農薬使用量と発達障害児の発症は相関関係を示し、農薬ばく露が関与していることが示唆されます。
農薬以外にも、重金属、PCBなど発達神経毒性をもつ環境化学物質は,母親の人体汚染を経て胎児期や乳児期の子どもの脳に侵入し、脳内で活発に行われている脳高次機能の神経回路(シナプス)形成のうち,感受性期にある、症状、毒性物質ごとにおそらく異なる脆弱シナプスの異常を介して、発達障害の各種症状を発症すると考えられます。
なお最近では、精子、卵子、あるいは体細胞でのde novo の(新たな)遺伝子変異による自閉症の発症も注目されています。
したがって環境要因として、突然変異原性、遺伝毒性のある化学物質や放射性物質の影響も加わり、それらの複合汚染が進みつつある日本では、発ガンばかりでなく発達障害の原因としても今後注意が必要です。
このような発達障害の原因となるような農薬、PCB、重金属など環境化学物質や放射性物質に対しては、個人レベルで注意するだけでなく国レベルでの規制が必要です。
国民会議のような環境NPOの運動のさらなる進展が必須で、おおいに期待するものです。
(『科学』岩波書店6, 7月号, 693-708, 818-832,2013参照)。
(報告 木村—黒田純子)