5、脳発達をかく乱する有機リン系、ネオニコチノイド系農薬
農薬はこれまで深刻な環境汚染や健康被害を引き起こし、事態が深刻になってから、“安全性”を謳い文句にした代替農薬が開発されてきた歴史をもつ。
農薬の毒性試験は、環境ホルモン作用、複合毒性試験、エピジェネティックな作用、発達神経毒性などが含まれておらず、十分な安全性が確認されていないまま、多量に使用されている。
特に日本は単位面積当たりの農薬使用量が多く、OECD加盟国中、現在第二位の農薬使用大国となっている。
有機塩素系農薬は高蓄積性、強毒性のために殆どが1970年頃に使用禁止となったが、いまだに環境汚染が続き、日本人はPCB同様に全員がばく露している。
疫学報告でADHDなどの発達障害のリスクを上げることが報告された有機リン系農薬も神経毒性が明らかとなって、ヨーロッパではほぼ使用されなくなったが、日本では現在も多量に使用され続けている。
農薬は薬品と違って、誰がどれだけばく露したかわかりにくく、急性毒性以外の遅発性影響については因果関係が証明しにくいが、これまでも発がん性や遅発性神経毒性など後から分かった事例がある。
パーキンソン病は農薬との因果関係があり、フランス政府は2012年、パーキンソン病を農業従事者の職業病と認定し労災保険が適用されるようになった。
アレルギーや化学物質過敏症も農薬ばく露との因果関係が強く疑われている。
有機塩素系やネオニコチノイド系農薬は、鳥の卵が孵化しないなど生殖毒性の事例もある。
さらに最近は人には安全と宣伝されているネオニコチノイド系農薬の使用が急増しているが、ネオニコチノイド系は実際にヒトへの被害例もあり、実験報告からもヒト、哺乳類にニコチン様の毒性を示すことが明らかとなってきている。
ニコチンは煙草の有害物質であり、喫煙研究の進展から急性毒性だけでなく、低濃度長期ばく露でも遺伝子発現の異常を介して様々な人体への悪影響をもち、特に子どもの成長を妨げることがわかってきた。
胎児の受動喫煙は、低体重児出生や早産、乳児突然死症候群、ADHDなどのリスクを上げることがわかっている。
動物実験の蓄積から、これらの子どもへの悪影響はニコチンが原因であると考えられており、ネオニコチノイド系農薬がニコチンと同じような作用をもつことが明らかとなっているので、子どもへの影響が懸念される。
ADHDなど発達障害のリスクを上げる有機リン系農薬は、脳の発達に重要な神経伝達物質アセチルコリンの分解酵素を阻害して、アセチルコリン系神経情報伝達を間接的にかく乱する。
ネオニコチノイド系農薬は、アセチルコリンの受容体に結合し、アセチルコリン系神経情報伝達を直接かく乱する。
アセチルコリンはヒトでも重要な神経伝達物質で、末梢神経系、中枢神経系だけでなく、免疫系や生殖系の組織でも機能し、何より子どもの脳発達で重要な働きをしていることがわかっている。
したがって、アセチルコリン系をかく乱する農薬は、子どもの脳発達に悪
影響を及ぼす可能性が高い(図1)。
その上、ネオニコチノイド系農薬はミツバチ大量死の原因であることも2012年のScience、Natureなどの論文で明らかとなってきた。
ハチ成虫ばかりでなく、ネオニコチノイド系農薬により低濃度の花粉の汚染でも、ハチ幼虫の脳に発達障害を起こし、次世代の働きバチが蜜を集められなくなるなど行動異常を起こし、巣ごと全滅する可能性が懸念される。
子どもの発達障害は、上述したように莫大な数の神経回路のごく一部が有害な環境化学物質によってかく乱されることが大きな要因と考えられる。脳のどこの部分のシナプスがおかしいかを実証することは現段階の脳神経科学では難しいが、ことに子どもの健康問題に関わるだけに予防原則を適用し、危険性の高い有機リン系、ネオニコチノイド系農薬の多用は規制、もしくは使用禁止にするなどの措置が必要であろう。
農薬以外にもPCBや環境ホルモンなど、我々は莫大な種類の環境化学物質にばく露している。
環境化学物質が関わっていると考えられる障害は、発達障害以外にも、うつ病や若年性認知症などの精神疾患、少子化、不妊などの生殖異常、アトピーや花粉症などの免疫異常、性同一性障害、草食系男子の増加、各種ガンの増加などが挙げられる。
今後の大きな社会的課題である。