その3:第8部:化学物質過敏症に関する情報収集、解析調査報告書 | 化学物質過敏症 runのブログ

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3 横浜地裁平成10 年2 月25 日判時1642 号117 頁
[事実の概要]
Xは、平成5 年(1993 年)6 月11 日、Yが同年4 月15 日に新築した建物(以下、「甲建物」とする)を賃借し、同月28 日、甲建物に入居して独居生活をはじめた(Xは、甲建物が新築された後はじめての賃借人であった)。

ところが、Xは、甲建物内に異常な刺激臭があるとして、数日後、甲建物賃貸借の仲介業者、建築業者およびYらにこの事実を訴え、また市公害課へも同様の訴えをして調査を求めた。

その結果、電気工事を担当した業者が空気清浄機を2 台無償でXに貸与するとともに、市公害課の指導でさらに3 台が設置された。

しかし、Xは、その後まもなく甲建物を退去し、同年9 月30 日をもって賃貸借契約を解除したうえで、「異臭による損害」として、賃貸借契約に際して支出した費用、健康被害による損害等の支払いを求めた。
X側は、要旨、以下のような主張を展開した。「本件建物には従前から異常な刺激臭が発生し、室内に充満しており、本件建物内において長時間過ごすことは不可能であった。

前記空気清浄機をフル稼働させれば改善されたが、これを停めると再び刺激臭が発生して気分が悪くなり、到底本件建物内で健康な生活を維持することは不可能であった。

/右刺激臭は、建築に使用された建材やその接着剤に含まれるホルムアルデヒドが空気中に発散したものと推定される。

…Xは、右刺激臭(有毒化学物質)により頭痛がして気分が悪くなり、これが原因でアレルギー性上気道炎を発病するなど、健康被害を受けた」。

Xは、このように述べ、Yには、Xから異常な刺激臭の指摘を受けた際に適切な回避策を採らなかった過失があると主張した。
これに対し、Yの側は、「新築建物として若干接着剤等の臭気があったとしても、生活に耐えられないというほどのものでは到底なかった」うえに、「Xは本件建物入居以前から、アレルギー性疾患の患者であった」と反論した。

そして、Xからの過失ありとの主張に対しても、次のように述べて、みずからの過失を否定した。

「本件建物建築に使用した建設資材及びその工事内容は標準的なものであり、仮にXが本件建物から発生する化学物質により被害を受けたとしても、建築の専門家ではないYにおいて、右損害を回避することは不可能であった。

/また、Yは、Xから異常な刺激臭を指摘されるや直ちにその確認のために本件建物への立入りを求めたが、Xにおいてこれを拒否したものであり、Yは賃貸人として求められる注意義務は尽くしたものである。

/むしろ本件における被害の責任は、施工業者であるAや建築資材等のメーカー、販売店が負うべきものである。」

[判旨]
① 本判決は、次のように述べて、Xの症状は化学物質過敏症によるものと認定し、また、Xが主張する健康上の被害が甲建物の新建材や接着剤などから発生する化学物質によるものであると認定するのが相当であるとした。


「(1)化学物質過敏症は、微量な化学物質の曝露により非常に不愉快な症状が引き起こされるもので、その患者には視覚系の機能障害が多く見られる。ただし、現時点(証言時点は平成9 年〔引用者注。1997 年〕10 月2 日)では未だ学会においても世界的にみて完全に認知されているとは言い難い状況にある。

(2)化学物質の曝露を受けてから相当期間経過後においても視覚障害の症状を示す患者もあり、治療によって軽快しても、半永久的に一部の症状が残る場合もある。
化学物質過敏症ないし視覚機能障害を来す患者の約半数は新築家屋に起因している。

(3)化学物質過敏症は、同じような状況にあっても人によって発症する場合としない場合がある。

特にアレルギー体質の場合、発症しやすい傾向がある。

(4)M証人がXを初診したのは平成8 年3 月であり、症状としては、目がちかちかするなどの自律神経失調症のような症状及びアレルギー症状が見られ、明らかに視覚系神経機能の障害が認められた。当時Xは、新築の家屋に住んで右のような症状が出てきたと訴えていた。

(5)右診断時のXの症状としては、自律神経失調、視中枢異常、眼球運動中枢異常などであり、非常に広範囲に中枢神経系の異常が見られた。

2 前記認定事実は、本件建物入居後異常な刺激臭により頭痛その他健康上の障害が出たとするXの供述に沿うものであり、本件建物入居当時の刺激臭とそれによる身体症状に関するX供述は信用できるものである。

また、Xが本件建物退去後まもなく受診した医師の診断書、カルテに記載された症状も、M供述によれば、化学物質過敏症のそれに符合するものであることが認められ、これら証拠関係からすれば、Xの右症状はM供述にいう化学物質過敏症によるものと認定することができる。

3 また、本件建物につきホルムアルデヒド等の新建材特有の臭気が発生していたことはX本人のほか、証人K、同Iの供述などからこれを認めることができ、Xが本件建物に入居し、その後間もなく退去した時期とXの前記症状が発現した時期とが接着していること、全証拠によるも他にXの化学物質過敏症を引き起こす原因となるような事実関係が見当たらないことなどに加え、前記M証人や建築材料と健康被害に関する研究家であるU証人の各所見なども考慮すれば、Xが主張する健康上の障害は本件建物の新建材や接着剤などから発生する化学物質によるものであると認定するのが相当である。」
② しかしながら、本判決は、Yの過失については、次のように述べて、これを否定した。
「(1)前記のとおり、化学物質過敏症がごく最近において注目されるようになったものであり、未だ学会においてすら完全に認知されているとは言い難い状況にあること、したがって、本件建物建築当時の平成5 年6 月ころの時点において、一般の住宅建築の際、その施主ないし一般の施工業者が化学物質過敏症の発症の可能性を現実に予見することは不可能ないし著しく困難であったと認められること
(2)本件建物に使用された新建材等は一般的なものであり、特に特殊な材料は使用されていなかったと認められること
(3)化学物質過敏症は一旦発症すれば極めて微量の化学物質でも反応するものであり、そうすると、その発症を完全に抑えるためには化学物質を含む新建材等をほとんどないし全く使用せずに建物を建築するほかないことになるが、一般の賃貸アパート等においてそのような方法を採ることは経済的見地からも極めて困難であり、現実的ではなかったと考えられること
(4)Yないし施工業者であるA等は、Xから本件建物の臭気について指摘を受けた際、換気に注意するよう指示したり、空気清浄機を設置するなど一般的な対応はしていること
(5)前記のとおり、化学物質過敏症の発症は各人の体質等にも関係し、必ずしも全ての人が同一の環境において必然的に発症する性質のものではないことなどの事実が認められる。これら事実関係からすれば、本件建物建築当時、Y(ないしその受注業者たるA等)が化学物質過敏症の発症を予見し、これに万全の対応をすることは現実には期待不可能であったと認められ、この点につきYには過失はなかったというべきである。
3 Xは、Xが異様な臭気の発生について指摘した際、Yが採るべき具体的な結果回避措置を怠った点に過失(結果回避義務違反)があると主張するが、当時化学物質過敏症の予見が不可能であった以上、Yに要求される回避措置としては前記…で認定した程度のもので一応足りたというべきであり、Yに回避義務違反があったとはいえない(また、化学物質過敏症が前記のような性質を有する以上、Xが現実に自覚症状を覚知し、これをYに指摘した時点においては、既に化学物質過敏症の発症は回避できなかった可能性もある。)。
なお、新築建物からの有害化学物質を除去する方法として、ベークアウト(室内をヒーター等で加熱し、排気を繰返す。)という方法が存在していたことが認められるが、平成5年当時においてこれが建築工事業者の間で一般的に周知されていたものであったとは認められず、右方法を採用しなかったとしても直ちに過失があったとはいえない。」