井上正康他「疲労の科学‐眠らない現代社会への警鐘」まえがき | 化学物質過敏症 runのブログ

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・出典:文部科学省 疲労研究班
http://www.hirou.jp/

自然豊かな地方都市で生まれ育った筆者も,最近では東京への日帰り出張や遅い会議から電車を乗り継いで帰宅することがあまり苦にはならなくなった.

しかし,終電車に駆け込む筆者とは逆に,地下鉄からワラワラと街に繰り出していく老若男女達とすれ違いながら,彼らは何時眠っているのだろうか?と疑問に思うことが少なくない.

 振り返ると,そこにはラスベガスもどきの照明に包まれたビル群が不夜城のごとくそそり立っている.

眠ることを忘れた現代の大都市では,ヒトも車もひたすら走り続けている.

ヒトの体も心も走り続けるためにはエネルギーを燃やし続けなければならない.

絶え間ない日本列島の活動は,莫大な輸入化石燃料で何とか賄われている.

一方,心や体のエネルギーには生理的限界があり,その連続的過剰消費は救いがたい慢性疲労を蓄積する.

 エネルギー消費生活が暴走する現代社会では,過度の疲労が肉体と精神を蝕み,慢性的な疲労ストレス病態を遷延させている.

現代人にとって,慢性的疲労の回避とそこからの脱出が切実な課題となっている.

事実,疲労回復ドリンク,疲労回復マッサージ,疲労回復電化製品,疲労回復サウナ,アロマテラピー,フィットネス,などなど……,巷は疲労回復商品や疲労回復ビジネスで溢れかえっている.

 一般に疲労といえば肉体的なものと考えがちであるが,風邪や重篤な感染症でも強い疲労感を覚える.

また,激しく活動しなくても,強いストレスは疲労感を増強させる.一方,好きなことなら過酷な活動でも疲れることは少ない.

場合によっては,心地よい疲労さえ覚える.たとえ激しく疲労していても,夢や希望が見えてくると,アッという間に回復することも少なくない.

逆に,疑心暗鬼により魂が老いると,わずかな行動にも心がついて来れなくなる.

S.ウルマンの「青春の詩」は心の疲労回復剤であるが,疲れた心をリフレッシュさせる清涼剤の作用機序も不明である.


ヒトはなぜ疲れるのか?急性疲労と慢性疲労は異質で不連続なものなのか?

 筋肉疲労と肝腎などの代謝疲労,および抹消組織の疲労と脳の疲労はどのような関係にあるのか?疲労感知中枢は脳の何処にあり,どのような分子言語を読み取っているのか?すべての疲労に有効な回復法はあるのか?

 驚くべき事に,ヒューマンサイエンスや分子生物学が飛躍的に発展しつつある今日でも,疲労の分子機構や脳の検知機構はもとより,このような素朴な疑問すらほとんど判っておらず,その科学的解明の試みも少ない

.一方,巷に反乱する多くの疲労回復商品や疲労回復法は直感や経験に頼ったものであり,有効性やメカニズムが科学的に証明されたものは皆無に等しい.

 日本列島を蝕む慢性的疲労は今や国民病とも言える深刻な問題となり,遂には「過労死(Karoushi)」なる不名誉な日本産国際語をも生み出した.

 国際社会のグローバル化に伴い,この慢性過労病態は多くの国々の共通の問題となっている.

科学技術庁(現文部科学省)は,振興調整費による生活者ニーズ対応研究として平成11年度より「疲労および疲労感の分子・神経メカニズムとその防御に関する総合研究」の班を組織し、世界初の科学的メスを入れた.

その研究は始まったばかりであるが,既に多くの重要な成果が得られつつある.

 疲労の分子言語と脳による解読機構を解明し,有効な回復戦略の確立を目指す本書が,暴走する慢性疲労列島脱出の羅針盤となり,多くの人々のQOLを高める特効薬となることを願ってやまない.

2001年4月
編者を代表して
井上 正康
「疲労の科学-眠らない現代社会への警鐘-」から