その3:特発性環境不耐症患者に対する単盲検法による化学物質曝露負荷試験 | 化学物質過敏症 runのブログ

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対象と方法
対象
当科外来患者として来院したIEI 患者のうち,曝露負荷試験の同意を得られた女性13 名(42.3±10.7 歳,30~64 歳),男性4 名(48.8±17.0 歳,29~67 歳)について曝露負荷試験を行った.

うち7 名(女性5 名,男性2 名)にFA を,11 名(女性9 名,内1 名はFA にも曝露,男性2 名)にT を曝露した.被験者の年齢,性別などを表1に示す.
対象者の選択におけるIEI の診断は,概ねCullen1)あるいは1999 年の米国での合意事項15)に従い,複数臓器に関連する自覚症状,極微量の化学物質曝露で症状を呈する,曝露から離れると症状が消失する,過去に曝露歴があること,既知の身体疾患・精神疾患によって説明できないこと,を基準にした.

問診により,患者における過去の曝露,発症経過,各種の自覚症状の出現と消失などを把握するとともに既知の精神疾患を除外し,血液一般および肝機能や甲状腺機能を含む生化学検査,免疫機能検査,肺機能検査などにより,既知の身体疾患を除外することにより診断した.

被験者の同意は,医師(当院前環境医学研究センター長の後藤医師)が文書に基づき検査の目的・意義・方法・危険について説明した後,患者自身による同意文書への署名によって得られた.

方法
1.曝露負荷試験
1)基本的なプロトコールは以下の通りである.

(1)来院後1 時間にわたりクリーンルームである当科外来の空気に順応させた後に,(2)クリーンルーム曝露検査室(以下,曝露室と略)に入る前に自覚症状を調べ,体温,血圧,脈拍数,パルスオキシメータによる指尖動脈血酸素飽和度(以下SPO2と略)のバイタル検査の測定,および瞳孔反応検査と視標追跡眼球運動検査を各1 回おこない(20 分),(3)その終了後に,空気のみ(プラセボ),FAまたはT が既に設定濃度に達している曝露室に入室し,曝露を10 分行い,(4)曝露終了後退室して負荷前の(2)で行った諸検査及び自覚症状調査を行う(20 分).

(5)その終了後休憩時間を40 分取り,(6)再度曝露室に入り曝露負荷を10 分行い,(7)曝露終了後に曝露室を退室して(2)で行った諸検査及び自覚症状調査を行う

1 日に上記の2 回の曝露を行うことを1 セッションとした.したがって,曝露あるいはプラセボ曝露は,(3)または(6)であった.
2)いずれの曝露においても,患者の主観が関係することが疑われる本症において,患者に化学物質の曝露を知らせるオープン法では客観性が保てないためにオープン法を用いず,患者に化学物質あるいはプラセボ曝露を知らせないが検査者側は知っている単盲検法とした.人員不足により二重盲検法を採用できず,単盲検法でもオープン法の問題点を超えられるという考えで単盲検法を採用した.
1 週間以上間隔をおいた2 日に,各1 回,計2 回のセッションを行うことを基本とした.
3)曝露濃度は,先行研究を参考にして8)~11)14),厚労省の室内環境汚染物質の指針値,その半量,および空気曝露,すなわちプラセボとした.したがって,FA 濃度は0・40・80ppb,T 濃度は0・35・70ppb であった.T のヒトにおける嗅覚閾値濃度は3,343μgm3(0.9ppm)16),FAの嗅覚や刺激閾値は0.5ppm17)と言われていることから,これらの曝露濃度はいずれも臭いや刺激を感じない程度の濃度である.なお,曝露の順は固定せずに適宜変更して曝露を行った.
使用した曝露室は,後藤ら18)が報告したものを用い,曝露レベルの確認は付属モニタリングシステムによりおこなった.曝露濃度のモニタリングは,曝露検査室設置時にアクティブサンプリングして加熱脱着サンプラー(PerkinElmer 製)に吸着させ,自動加熱脱着器ATDで脱着させて,ガスクロマトグラフィに導入して測定することによって行われた.
なお,本研究で用いた曝露室(新菱冷熱工業,新宿区)は,換気量が10m3分であり,活性炭による化学物質の除去については気中揮発性有機化合物を10μgm3以下にする能力があった.

2.指標とした検査項目
1)影響指標として,患者が訴える症状の有無を調べた.

また,瞳孔反応試験にはイリスコーダC7364(浜松ホトニクス,浜松市)を,視標追跡眼球運動検査(Eye TrackingTest,ETT と略)にはメディスターVOG-CD8001
(松下電工・現パナソニック電工,門真市)を用いた.

また,血圧,脈拍数,SPO2の検査も影響指標とした.

2)陽性の判断は,FA あるいはT 曝露によって,曝露前と異なる症状の発現,これまでに患者が訴えていた自覚症状の出現によった

.瞳孔反応検査およびETT が化学物質曝露によりどのように変動するかが先行研究では明示されていないが,石川ら5)は,IEI 患者においては瞳孔反応検査における縮瞳および散瞳速度の低下,散瞳時間の延長を,ETT では滑動性追従運動の階段状変化を認めるとしている.

このことから,陽性の基準を次のように設定した.瞳孔反応検査においては,石川19)が示した正常者のデータ2 種のうち多人数のデータの年代毎の平均値+2 標準偏差を超えることとした.

例えば,最小縮瞳潜時(T3)が1,400msec,およびまたは63% 回復潜時(T5)が2,600msec を新たに超える場合,曝露前から既に超えている患者ではT3,T5 は200msec 以上延長する場合を陽性とした.

ETT においては,衝撃性眼球運動(サッケード)が新たに25% を超える20)場合,および曝露前検査で既に超えていて曝露によって10 ポイント以上の増加する場合を陽性とした.

これらの増加が0ppb 曝露においても生じるなど,矛盾がある場合は陽性とはせず,2 回のセッションの検査を行った患者で異なる場合は陽性とはしなかった.血圧,脈拍数,SPO2は,症状を伴って前二者は10% 以上,SPO2は5% 以上変化した場合を陽性とすることとした.
倫理委員会:関西労災病院院内倫理委員会の審査を経て承認された.

結果
FA 曝露の7 人中4 人は2 セッションの曝露負荷試験を受け,既にT 曝露負荷試験をうけた1 人を含む3 人は
1 セッションで終了した.T 曝露の10 人中8 人は2 セッションの曝露負荷試験を受け,2 人だけ1 セッションで終了したが,うち1 人は後日FA 曝露負荷試験を受けた.
FA 曝露およびT 曝露において,何らかの症状を示した患者は皆無であり,症状に伴うバイタル検査の変動は観察されなかった.

また,前述の陽性評価基準を超えた瞳孔反応検査指標の変動,あるいはETT においてサッケードが25% を超える増加をきたし,0ppb 曝露での大幅な増加が観察されず矛盾がない患者は皆無であった.
図1 と図2 に,石川によれば「安定している」19)とされる瞳孔反応検査T5 潜時の曝露前と曝露直後における変動を示し,図3 に2 セッションを実施し得た患者13 名の2セッションの曝露前のT5 潜時の変動を示す.

(図省略)