考察
単盲検法でFA 曝露された7 人とT 曝露された11 人において,自覚症状,一般的生理指標,神経眼科的生理指標を用いて曝露の影響を調べたが,明らかな変化を認めることはできなかった.
このことは,仮説「化学物質曝露により,IEI の患者には自覚症状,各種生理検査,特にIEI の診断に有用とされた検査の変化があらわれる」は棄却され,IEI 患者の症状等が化学物質によらない可能性を示唆する.
石川らはIEI の発症機序の考え方や治療法などを米国Environmental Health Center-Dallas のW J Rea らから導入した21)が,Rea らのIEI の診断や治療には科学的根拠がないという批判が米国内では以前から存在している22)23).
米国のStaudenmayer は24)は「CS」の身体疾患説を厳しく批判して精神疾患としての理解を強調している.
また,彼は,20 人の患者に二重盲検法によって最多で10 回,少なくとも5 回曝露し,患者の反応の真陽性,偽陽性,偽陰性,真陰性から,個々の患者における特異度,感度,有効度と,全体のそれらを算出し,全体で感度33.3%,特異度64.7%,有効度52.4% と著しく低いことを示した6).
また臭いにより「てんかん」様症状を呈するという患者に香水を曝露して脳波を記録し「てんかん」に関わる電気活動が出ないことを確認して,身体疾患でないことを示している7).
免疫学的な研究においても関係が認められず25),米国では本症は不安障害の一つとされている26).
ドイツではBornschein ら13)がIEI 患者に曝露負荷試験を二重盲検法で行ったが,化学物質曝露による血圧,脈拍数などの生理指標の有意な変化が認められず,「IEIは化学物質と関係がある」という仮説を棄却している.
台湾のLee ら27)は,トルエンの職業的曝露があった労働者で自動車排気ガスや塗料を嗅いだ時やガソリンスタンドに行った時に動悸や頭痛,めまいを起こすようになった患者にトルエンを曝露した.脈拍数の軽度増加以外には血圧,呼吸数,動脈血二酸化炭素分圧や酸素分圧,酸素飽和度には変化を認めなかったことから,彼らは「CS」を精神疾患との関連があると考えた.
本研究の結果も,前述の先行研究と同様に「化学物質曝露によってIEI 患者に反応が生じる」という仮説を否定する.宮田ら12)は,瞳孔反応検査を曝露前後で各眼4回両眼計8 回おこない,その各項目の平均値と標準偏差によるt 検定をおこなった.本研究では,検査回数とデータ処理法が異なるが,より高濃度曝露にもかかわらず,宮田らと同様な結論を得ることができなかった.なお,宮田・石川らは,従来IEI 患者においては散瞳潜時が延長するとしていたが5),8ppb 曝露での患者の反応を「(延長と短縮の双方を含む)変動」12)とした.
患者に化学物質の曝露を教えるオープン法で自覚症状等の変化を示すこと28),二重盲検法では本研究同様に曝露の影響が不明確であることから,患者が曝露を認識しないと症状が生じないことを示唆している.
これらは,IEI を精神心理的背景で捉えることの重要性を示唆し,ドイツのBailer ら(Central Institute of Mental HealthMannheim)29)~32)やデンマークのSkovbjergら33)~36() DanishChemical Sensitivity Centre)によって,精神心理学的な視点からの研究が進められていることに留意する必要がある.
曝露負荷試験の評価について,長谷川らはプロトコールが決まってないことを問題にしているが,本研究における曝露濃度,その安定性,影響指標などについての我々の考えを以下に述べる.
本研究における濃度設定は,国内の先行研究とほぼ同等である.
当初はより高い濃度を企図したが,患者の安全性を優先して,通常では影響が出ないレベルである指針値とそれ以下に設定した経緯がある.
この曝露濃度はヒトの嗅覚閾値以下であり,臭いではなくて化学物質曝露によって患者の症状が生じるならば,先行研究の結果を考慮すると,症状を生じ得る可能性があるレベルと考えられる.
本研究における曝露濃度の安定性について,後藤らの既報18)に示したように,安定した濃度が維持されていて問題はないと考えられた.
本研究における曝露負荷試験のプロトコールでは,計20 分間の曝露に対して休憩を40 分入れ,全行程で2 時間をかけた.
長谷川らの曝露負荷試験の所要時間40~50 分に比べて余裕があり,患者の負担によるバイアスを避けることはできたと考えられる.