沢山の遺伝子はDNAという長い紐状の高分子が並んでいるが、DNAはいわば設計図で、そのままでは何も働かない。
遺伝子を発現する、実際に働かせるには、その部分のコピーをメッセンジャーRNAとして取り、さらにそれからタンパク質を合成することが必要である。
受精卵から発達するときばかりでなく、細胞が生きているときには常に多数の遺伝子が秩序正しく発現している。
私たちの体の中では、いつでもどこでも多くの遺伝子が正常に働いていて、それで健康が保たれている。
しかし放射線や化学物質にばく露され人体に影響が起こると、この遺伝子の発現が様々に変化してしまう。
発現が増加する遺伝子もあれば、発現が減少する遺伝子もある。
放射線が当たって、DNAばかりでなく、細胞膜や細胞内小器官など細胞を構成するあらゆる高分子に破壊が起こると必ず、沢山の遺伝子の発現に変化が起こる。
このうち発がんに向かうような遺伝子群の発現変化が起これば、何年かのちには発がんする。
心臓や肝臓の働きに関係している遺伝子群に発現変化が起これば、いずれ心臓や肝臓に異常がおこる。
どのような役割をもつ遺伝子の発現がどのように変化したか、あるいは全体の変化のパターンを調べることによって、どのような応答すなわち影響が起こっているかがわかる。
DNAマイクロアレイはこの遺伝子発現の変化のうち調べたい遺伝子、たとえば数百の遺伝子の発現について一度に解析できる技術で10年程前から実用化された。
井上先生のグループは、このマイクロアレイ技術を放射線の影響をしらべるために用いた、パイオニア的存在である。