4 . 電磁場問題とその対策
わが国の電磁場問題に関する大きな課題の一つはリスクコミュニケーションにある。
この課題は大きく二つに分かれ、一つは工業用設備・機器など高レベルの電磁場に関する法規制あるいはガイドラインが未整備であるために労働者に適切な情報が提供されていないということ、他の一つは低レベルの電磁場曝露による生体影響への不安に対処するための情報提供システムが無いということである。
【高レベル電磁場に関する規制についての問題】
電磁場に関する防護指針は国際機関(ICNIRP 等)や各国で定められてい
る。わが国では10kHz 以上の電磁場に対して、平成2 年及び平成9 年に
電気通信技術審議会から電波防護指針が答申され、無線局の運用及び無
線設備の製造等においてガイドラインとして活用されている。
さらに、これは平成11 年より移動しない無線局の無線設備に対する設置基準として法制化されている。
また、経済産業省令に電気設備技術基準として「特別高圧の架空電線路は、地表上1 m での電場強度が3kV/m 以下となるように施設しなければならない」という基準がある。
しかし、家庭のみならず産業界で多く使われている商用周波数( 50/ 60Hz) も含んだ10kHz 以下の電磁場の健康影響を考慮した包括的な防護指針はない。
これは、特に産業現場等でICNIRP 等の指針値を越える曝露があっても、
対策がなされていないことも意味しており、早急に10kHz 以下について
も、ガイドラインを定める等の対策が必要と考える。
ガイドライン策定により、経営者や労働者の意識が変化し労働災害防止が進展することが期待される。
また、産業用施設等で指針値を超えた電磁場曝露を受けている職種でも、十分な教育により労働者の曝露レベルは指針値以下に押さえることが可能な場合が多く、操業上の支障にはならないと考えられる。
具体的には使用機器あるいは設備の電磁場に関する情報(発生源、周波数、強度の空間分布など)、その生体影響、作業標準などが労働者の教育に最低限必要となる。
発生源について言えば、プラスチックシーラーのように電極の所在がはっきり見えている場合は、距離をとるなどの対策も取りやすいが、誘導加熱炉のように電流の通路が床下に隠れているような場合には労働者に与えられるべき情報も異なる。
【低レベル電磁場に関するリスクコミュニケーションの問題】
電磁場は、より多くの人々が知らないうちに曝露を受けている可能性があるという点で化学物質など他の有害因子と異なる。
すなわちリスクコミュニケーションもこれを念頭において進める必要があろう。
電磁場曝露による健康影響に対する社会的な不安は拭い去れないままでいるが、今後情報技術の発展により電磁場の積極的な利用が増加し、家庭あるいは職場で情報端末機器などを使用する時間も増大すると、この電磁場曝露に対する不安は更に大きくなるであろう。
このような社会的不安に対処することは、健康問題のみならず経済的な観点からも急務であると考える。
電磁場曝露による慢性的な健康障害のリスクはそれほど大きくないものと思われるが、曝露集団は従来とは比べ物にならないほど大きくなっており、したがってリスクがあるとした場合に障害が起きる可能性も絶対数としては大きいものになるであろう。電気あるいは電磁場が必要不可欠なものであるならば、リスク評価と利便性に基づいた電気および電磁場利用についての合意を早急に形成する必要があると思われる。
しかし前述のように超低周波磁場が発癌因子の2Bと分類された根拠の曝露レベルは日常生活でも遭遇するレベルであり、科学的な根拠は別にしても、このようなレベルで法的に曝露限界値等を定めることは適当ではないであろう。その理由として、このようなレベルで規制することの技術的困難性および経済的損失があげられる。
また癌になったとしてもその原因を電磁場であるとする科学的な根拠を見出すことは現状では不可能であることがあげられる。
すなわちこれらのレベルの電磁場に対しては、個々人が判断して「慎重なる回避」などにより対応することが唯一可能な方法であると思われる。
ここにリスクコミュニケーションの重要な役割があり、リスクコミュニケーションの実施および不安を感じている人々への対応における学会等の役割が期待される。
また電磁場により障害が起きたあるいは起きる可能性のある人に対するケアシステムが必要であることはいうまでもない。