・第2 意見の理由
1 はじめに
(1) 電磁波問題を取り扱う意義
私たちの身の回りには,携帯電話機・中継基地局などから放出される高周波,送電線や一般家電製品などから放出される低周波など,様々な周波数・強度の電磁波が飛び交い,私たちは無自覚なまま大量の電磁波にさらされているといえる。
このような状況の中で,近年,電磁波による健康影響が懸念されるようにな
り,携帯基地局の設置に反対する住民による訴訟も提起されている。また,「電磁波過敏症」と診断される人々もおり,これらの人々は「化学物質過敏症」の患者と同じく,日常生活に多大な支障を来しているのが実情である。
電磁波による健康影響や「電磁波過敏症」の発症原因やメカニズムについては,科学的に解明されていないことが少なくない。
しかし,電磁波の中には,人の健康や環境に有害な作用を持つものもあることがわかっている。
例えば,X線や,福島第一原子力発電所事故で健康影響が懸念されているγ線などの電離放射線は,生体の細胞の染色体を損傷し,白血病や遺伝障害を引き起こすことが知られている。
また,このような電離作用がない電磁波でも,発熱作用があり,人・生物に
悪影響をもたらすことは広く認められている。
ICNIRPでは,このような
熱作用・刺激作用についてのガイドラインを定めており,我が国をはじめ,これに基づく規制を行っている国は多い。
しかし,近年,ICNIRPガイドライン以下の低レベル曝露による発熱作
用以外の健康影響を示唆する疫学研究等が報告され,その取扱いをめぐって様々な対応がなされている。
送電線などの低周波磁界については,国際がん研究機関(IARC)において「グループ2B」(発がん性があるかもしれない)に分類されており,WHO5でも予防的アプローチによる対応もあり得ることが指摘されている。
さらに,2011年6月には,IARCは携帯電話などの高周波電磁波についても「グループ2B」に分類した。
4 ある職業に従事しているために受ける曝露
こうした状況の中,科学的に完全な証拠があるとはいえないとはいえ,低レ
ベル曝露への健康影響についての懸念があることや予防的アプローチを重視して,スイスのように規制値の強化に踏み切った国や,イタリアのように学校・病院などセンシティブエリアでの基準強化などの対策に踏み切った国もあり,また,スウェーデンなど人権保障の観点から「電磁波過敏症」の人々への対策を講じている国も見られる。
総じて,不確実なリスクに対しても,不確実性ゆえに何もしないのではなく,何らかの現実可能な対応を行っていこうという,予防的アプローチの姿勢が窺える。
一方,我が国においては,ICNIRPガイドラインに準拠した規制がある
のみで,低レベル曝露への対応は全くなされていない。しかも,低周波規制は経済産業省,高周波は総務省と,それぞれ業界所管省庁が規制担当部局も兼ねている。
しかし,業界所管省庁はどうしても業界の立場に配慮して安全性が軽視されがちであることは,今回の福島第一原子力発電所事故をはじめ,過去の公害事件の検証からも明らかである。
特に予防的アプローチに基づく政策を講じるに当たっては,真に国民の健康と環境を守る立場に立って,様々なステークホルダー間での合意形成に努める必要があり,独立した中立公正な組織の設置が不可欠といえる。
その上で,国が,電磁波による影響から国民の健康と環境を守るための予防的アプローチに基づく対策や,「電磁波過敏症」の人々への人権保障の観点からの施策を検討することは急務である。
本提言は,このような電磁波問題に関する国の施策の在り方について,以下の理由(2項以下)から提言するものである。
(2) 本意見書で扱う電磁波
本来,電磁波は,周波数の低い家電製品などから発生する低周波6から,周波数の高い電磁波ではX線やγ線といった電離放射線まで,幅広く含む概念である。
もっとも,電磁波のうち,X線やγ線などの電離放射線については,別途放
射性同位元素等による放射線障害の防止に関する法律で規制されているので,本意見書では扱わない。
また,近年問題となっているのは家電や高圧電線などから発生する低周波や,携帯電話等で使用されている高周波などであるから,非電離放射線のうち赤外線以上の周波数のものも扱わない。以上より,本意見書で取り扱う電磁波は,それ以下の周波数のもの,すなわち電波法上の「電波」(3THzテラヘルツ以下の電磁波)であり,以下でも,「電磁波」と記載するときは,電波法上の「電波」に当たる電磁波を指す。
5 世界保健機関(WHO:World Health Organization)
6 低周波の内,超低周波,極低周波と呼ばれる周波数帯もあるが,本意見書ではそれらも含めて低周波と呼ぶ。