・参考資料5:
WHO ファクトシートNo.322
「電磁界と公衆衛生:超低周波電磁界へのばく露」
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WHO ファクトシート322
2007 年6 月
電磁界と公衆衛生
超低周波電磁界へのばく露
電気の利用は日常生活に欠かせないものとなっています。
電気が流れている時は必ず、電線および電気製品の付近に電界と磁界の両方が起こります。
1970 年代後半から現在まで、このような超低周波(ELF)の電界および磁界へのばく露が健康に悪い結果を生じるか否かという疑問が提起されています。
それ以降今までの間に多くの研究が完了し、首尾よく重要な問題を解決し、今後の研究の目標を絞り込んでいます。
1996 年、世界保健機関(WHO)は、電磁界を放射する技術に関連する健康リスクの可能性を調査するため、国際電磁界プロジェクトを立ち上げました。
WHO のタスクグループは最近、ELF 電磁界の健康影響についてのレビューの結論を出しました(WHO 2007)。
このファクトシートは、そのタスクグループの知見に基づくものであり、また、WHO の後援で設立された国際がん研究機関(IARC)が2002 年に、そして国際非電離放射線防護委員会(ICNIRP)が2003 年に、それぞれ公表したELF 電磁界の健康影響に関する最近のレビューを最新のものにします。
ELF 電磁界の発生源と居住環境ばく露
電界および磁界は、電力線およびケーブル、住宅の配線および電気製品など、電流が流れている所に必ず起こります。
電界は、電荷から生じ、ボルト毎メートル(V/m)という単位で測定され、木材や金属のような一般的な素材で遮蔽されます。
磁界は、電荷の運動(すなわち電流)により生じ、テスラ(T)という単位で表わされますが、より身近にはミリテスラ(mT)またはマイクロテスラ(μT)で表わされます。
一部の国では、ガウス(G)と呼ばれる別の単位が一般に用いられます(10,000G=1T)。
磁界はほとんどの一般的な素材で遮蔽されることなく、容易に透過します。電界も磁界も発生源の近くが最も強く、距離と共に減衰します。
ほとんどの電力は、50 または60 サイクル毎秒、またはヘルツ(Hz)の周波数で動作しています。
ある特定の電気製品の近くで、磁界は数百マイクロテスラ程度になります。電力線の真下で、磁界は約20 μT、電界は数千ボルト毎メートルになります。
しかし、住宅内の平均的な商用周波磁界はもっと低く、欧州では約0.07 マイクロテスラ、北米では約0.11 マイクロテスラです。
住宅内の電界の平均値は最大でも数十ボルト毎メートルです。
タスクグループの評価
2005 年10 月、WHO は、> 0 から100,000 ヘルツ(100 キロヘルツ)までの周波数範囲のELFの電界および磁界へのばく露により生じるかも知れない健康リスクを評価するため、科学専門家のタスクグループを召集しました。IARC が2002 年にがんに関する証拠を調査したのに対し、このタスクグループは多くの健康影響に関する証拠をレビューし、がんに関する証拠を最新のものにしました。
このタスクグループの結論および勧告は、WHO の環境保健クライテリア(EHC)モノグラフ(WHO 2007)に公表されています。
タスクグループは標準的な健康リスク評価プロセスに従い、一般の人々が通常で遭遇するレベルのELF 電界に関して本質的な健康問題はないと結論しました。
したがって、以下では、主としてELF 磁界へのばく露の影響を取り扱います。
短期的影響
高レベル(100 マイクロテスラを十分上回るもの)の急性ばく露によって起きることが確認されている生物学的影響があります。
これはよく知られた生物物理学的なメカニズムによって説明されています。外部のELF 磁界は身体内に電界および電流を誘導しますが、その強度が非常に高いと神経および筋肉の刺激および中枢神経系の神経細胞の興奮性の変化を引き起こします。
長期的影響の可能性
ELF 磁界ばく露による長期的なリスクを調べた科学的研究の多くは、小児白血病に焦点を当ててきました。
2002 年、IARC はELF 磁界を「ヒトに対して発がん性があるかも知れない」と分類したモノグラフを公表しました。この分類は、ヒトにおける発がん性の限定的な証拠があり、かつ実験動物における発がん性の証拠が十分ではない因子であることを意味します(ELF 磁界以外の例にはコーヒーや溶接蒸気があります)。
このように分類された根拠は、疫学研究のプール分析で、0.3~0.4 マイクロテスラを上回る商用周波の居住環境磁界への平均的ばく露に関連して小児白血病が倍増するという一貫したパターンが示されたことです。
タスクグループは、それ以降に追加された研究によってこの分類が変更されることはないと結論しました。
しかしながら、疫学的証拠は、選択バイアスの可能性など手法上の問題によって弱いものになります。
加えて、低レベルのばく露ががん発生に関与することを示唆するような生物物理学的メカニズムとして正当と認められたものはありません。
要するに、もしこのような低レベルの磁界へのばく露によって何らかの影響があるとすれば、それは今のところ未知の生物学的メカニズムによるものでなければなりません。
加えて、動物研究は主として影響なしとの結果を示しています。
したがって、これら全てを考慮すれば、小児白血病に関連する証拠は因果関係と見なせるほど強いものではありません。
小児白血病はかなり稀な疾患であり、全世界で一年間に新たに発生する症例数は、2000 年は49,000 人と推定されています。
住宅内での平均磁界ばく露が0.3 マイクロテスラを上回ることは稀であり、そのような環境に住むのは、子供の1%~4%であると推定されています。もし磁界と小児白血病との関連が因果関係であるならば、磁界ばく露が原因であるかも知れない症例数は、2000 年の数値に基づいて、全世界で年間100~2400 人の範囲と推定されます。
これは、同年の発生数の0.2~4.95%に相当します。
したがって、仮にELF 磁界が実際に小児白血病のリスクを高めるとしても、全世界的に考えれば、ELF 電磁界ばく露が公衆衛生に及ぼす影響は限定的でありましょう。
ELF 磁界ばく露との関連の可能性について、多数の健康への有害な影響が研究されています。
白血病以外の小児がん、成人のがん、うつ病、自殺、心臓血管系疾患、生殖機能障害、発育異常、免疫学的修飾、神経行動学的影響、神経変性疾患などです。
WHO のタスクグループは、これらの健康影響全てについて、ELF 磁界ばく露との関連性を支持する科学的証拠は小児白血病に関する証拠よりはるかに弱いと結論しました。
いくつか例を挙げれば、(すなわち心臓血管系疾患や乳がんに関する)証拠から、ELF 磁界はこれらの疾患を引き起こさないことが示されています。
国際的なばく露ガイドライン
短期的な高レベルのばく露に関連する健康影響は確立されており、これが2 つの国際的なばく露制限ガイドラインの基礎をなしています(ICNIRP 1998;IEEE 2002)。
現時点では、これらの組織は、ELF 電磁界への長期的な低レベルのばく露による健康影響の可能性に関する科学的証拠は、これらのばく露制限値を引き下げることを正当化するには不十分であると見なしています。
WHO のガイダンス
高レベルの電磁界への短期的ばく露については、健康への有害な影響が科学的に確立されています(ICNIRP 2003)。
政策策定者は、労働者および公衆をこれらの影響から防護するために作成されている国際的なばく露ガイドラインを採用するべきです。
電磁界防護プログラムには、ばく露が制限値を超過することが予測される発生源からのばく露の測定を含めるべきです。
長期的影響に関しては、ELF 磁界へのばく露と小児白血病との関連の証拠の弱さを考えれば、ばく露低減による健康上の便益は不明です。
こうした状況を考慮して、以下を推奨します。
・ 政府および産業界は、ELF 電磁界ばく露の健康影響に関する科学的証拠の不確かさを一層少なくするために、科学の動向を監視し、研究プログラムを推進することが望まれます。
ELF リスク評価プロセスを経て、知識の欠落部分が同定されました。
これらが新たな研究アジェンダの基礎になっています。
・ 加盟各国は、情報を与えた上での意思決定を可能とするため、全ての利害関係者との効果的で開かれたコミュニケーション・プログラムを構築することが奨励されます。
このプログラムには、ELF 電磁界を放射する設備の計画の過程における産業界、地方自治体、市民の間の調整と協議を改善することも含まれます。
・ 新たな設備を建設する、または新たな装置(電気製品を含む)を設計する際には、低コストでばく露を低減する方法を探索するのもよいでしょう。
適切なばく露低減対策は国ごとに異なるでしょう。
そうではあっても、恣意的に低いばく露制限値を採用する政策は是認されません。
詳細資料
WHO - World Health Organization. Extremely low frequency fields. Environmental Health Criteria, Vol. 238.Geneva, World Health Organization, 2007. (WHO 環境保健クライテリア・モノグラフ第238 巻「超低周波電磁界」)
IARC Working Group on the Evaluation of Carcinogenic Risks to Humans. Non-ionizing radiation, Part 1: Static
and extremely lowfrequency (ELF) electric and magnetic fields. Lyon, IARC, 2002 (Monographs on the
Evaluation of Carcinogenic Risks to Humans, 80). (国際がん研究機関・ヒトに対する発がんリスクの評価
に関するモノグラフ第80 巻「非電離放射線、第1 部:静的および超低周波の電界および磁界」)
ICNIRP - International Commission on Non-Ionizing Radiation Protection. Exposure to static and low frequencyelectromagnetic fields, biological effects and health consequences (0-100 kHz). Bernhardt JH et al., eds.Oberschleissheim, International Commission on Non-ionizing Radiation Protection, 2003 (ICNIRP 13/2003).(国際非電離放射線防護委員会「静的および低周波の電界および磁界、生物学的影響、健康影響(0 から100kHz)」)
ICNIRP : International Commission on Non-Ionizing Radiation Protection (1998). Guidelines for limiting exposureto time varying electric, magnetic and electromagnetic fields (up to300 GHz). Health Physics 74(4), 494-522.
(国際非電離放射線防護委員会「時間変化する電界、磁界および電磁界(300GHz まで)へのばく露制限
のためのガイドライン」)
IEEE Standards Coordinating Committee 28. IEEE standard for safety levels with respect to human exposure toelectromagnetic fields, 0-3 kHz. New York, NY, IEEE - The Institute of Electrical and Electronics Engineers,2002 (IEEE Std C95.6-2002). (米国電気電子学会規格 IEEE C95.6-2002「0 から3kHz までの電磁界への人体ばく露に関する安全レベルのIEEE 基準」)
(本文終わり)
(翻訳について)
Fact Sheet の日本語訳は、WHO から正式の承認を得て、電磁界情報センターの大久保千代次が英文にできるだけ忠実に作成いたしました。文意は英文が優先されますので、日本語訳における不明な箇所等につきましては英文でご確認下さい。(2011 年5 月)