・各 論
シアン化合物
自然界には炭素(C)も窒素(N)もありふれた分子であり、この二つが結びついたものがシアン(青酸:CN)で、さらに水素がついたものがシアン化水素(HCN)つまり猛毒の青酸ガスである。
一般には青酸カリや青酸ソーダという安定した塩で存在するが、酸性溶液中ですぐに分解し猛毒の青酸ガスに変わる。
一方、青酸は反応性に富むため、青酸や青酸化合物は各種工業分野で利用されているる有用なガスという一面も有している。
銅、亜鉛、金や銀のメッキに、樹脂や繊維の製造に、写真工業に、あるいは殺虫剤としても利用されている。
青酸は3価の鉄(Fe3+)との親和性が高く、Fe3+を含有するチトクロームオキシダーゼやメトヘモグロビンと結合しやすい、特に細胞内に酸素を運ぶ呼吸酵素系のチトクロームオキシダーゼはシアンに最も鋭敏であり、チトクロームオキシダーゼ阻害がシアン化合物による中毒の主要因である。
チトクロームオキシダーゼの活性が抑えられることにより、体内呼吸ができなくなり特に脳と心筋に強く働くため即、死を迎えることになる。
シアン化合物の急性毒性症状は、脱力感、めまい、頭痛、悪心、嘔吐などで、高濃度では瞬間的に昏睡に陥り、窒息性痙攣を経て死に至る。
しかし、シアンはチトクロームオキシダーゼやメトヘモグロビンと結合しても、比較的速やかに遊離してチオシアンイオンとなって排泄されることから、快復に向かう段階での予後は良好なことが多い。
ヒ 素
古来から、「毒薬といえばヒ素」というくらい、ヒ素は毒薬の代名詞となっていた。すでに紀元前400年頃から薬として使われていたが、あまりの毒性の強さに中世ヨーロッパでは主に毒殺用として使われていた。
かの英雄ナポレオンの遺髪について放射化分析を行ったところ、正常人の10倍ものヒ素が検出されたことから、幽閉され病死ということになっているナポレオンの死についてはヒ素により毒殺されたという説もある。
ヒ素は検出も容易ですぐ発見されることから「愚か者の毒薬」とも言われている。
我が国では「石見銀山ネズミ取り」として古くから使われ、またヒ酸鉛は農薬として使われていた。
重金属およびヒ素やセレンといった類金属類は、一般に生理活性が高く比較的少量で強い毒性を示すものが多い。
重金属は一般にタンパク質など生体成分との親和性が高く、生理活性物質に結合してその活性に影響を与えることにより毒性を発揮する。
我が国においても誤飲による中毒や死亡事件が発生しており、重金属が自殺や殺人に用いられた例も少なくない。
ヒ素化合物は一般に亜ヒ酸塩など3価のヒ素化合物の方がヒ酸塩など5価のものに比べて毒性が強い。
これはタンパク質の-SH基に対する反応の強さによると考えられている。ヒ素の中毒症状としては、食欲不振、嘔吐、下痢などの消化管障害の他に、筋反射不全、筋萎縮、脱毛、黒色色素沈着が認められ、重傷の場合は、神経炎や知覚麻痺などが発現する。
アジ化ナトリウム
アジ化ナトリウムは、主に純粋なナトリウムや窒素の製造に使用されたり、医薬品の原料として利用されている。
また、微生物の増殖を抑制する働きがあることから、殺菌剤や防腐剤としても古くから用いられていた。
さらに、最近ではエアーバッグ装着の自動車がほとんどであるが、このエアーバッグを事故時に作動させ膨らませる薬剤にアジ化ナトリウムが使用されている。
アジ化ナトリウムの中毒症状としては、頭痛、悪心、嘔吐、中枢神経抑制、血圧降下、頻脈、けいれんなどが認められる。
担当:理化学部医薬品研究科
(上村尚、奥本千代美)