・出典:食品・薬品安全性研究ニュース
http://www.jpha.or.jp/jpha/jphanews/anzen_news/13.html#6
第13号
・「ホルムアルデヒドのリスク評価:DNA 傷害の防御機構」
ホルムアルデヒドは重要な産業化学物質であるが,天然にも存在する.
このガスは刺激的な臭気を有する,反応性の高い化学物質で,合成樹脂,織物,皮革,紙,薬品等の製造に用いられている.
化石燃料の不完全燃焼によって発生し,とくにディーゼルエンジン排気中に多量に含まれる
.室内気にも,尿素-ホルマリンフォーム断熱材,フェノール-ホルマリン樹脂パーティクルボード,合板等の建材からの揮散によるものが含まれ,居住者が曝露する.
このような建材は現在繁用されているので,室内気の濃度は大気濃度より高くなることがある.
生体内でもホルムアルデヒド生成が起こり,またある種の食品の天然成分でもある.
ホルムアルデヒドは,高濃度曝露によって齧歯類(ラット)に鼻腔腫瘍を生じることが認められている.
IARC(国際癌研究機構)はホルムアルデヒドを Group?A の化学物質に分類して,明らかな動物発癌物質であるが,ヒト発癌性は疫学的に証拠不十分としている.
ホルムアルデヒドは直接作用性の遺伝子傷害性動物発癌物質であり,DNA 傷害,細胞増殖刺激,発癌性のいずれについても用量反応関係が認められている.
これまでにホルムアルデヒドの癌原性試験は,吸入曝露で 7件,経口投与で 2件の報告がある.例えば,F344ラットに24か月吸入させた試験では,2.0 ppm 以上の群のすべての動物に鼻炎と鼻粘膜の上皮化成が見られ,対照群を含む少数例に鼻腔腺腫が見られた.
5.6 ppm 以上の群には鼻腔の扁平上皮癌の発生が用量依存的に発生した.経口投与による癌原性試験では,飲料水中 1000 ppm のホルムアルデヒド 24 か月投与でラットの前胃の肥厚,びらんが認められたのみで,全身いずこにも発癌性は示されなかった.
ヒトの疫学的研究も30以上の調査報告がある.病理学者や屍体処置職人ら職業的曝露を受ける者のコホート調査,また各所の腫瘍例についての症例対照調査が行われている.ある種の腫瘍の発生頻度が,ある曝露群で多いという報告もあるが,追試では確認されていない.
これらの職業ではホルムアルデヒド以外にも多数の化学物質にも曝露していることも問題である.
鼻咽頭癌839例(と対照例)について行われたデンマークの調査(1984)では,職業歴でホルムアルデド曝露歴のある者のリスクが高いという結果が出ているが,これは統計学的に有意なものではなかった.
ホルムアルデヒドは,DNA や蛋白に直接働いて結合物を作る.
In vitro の変異原性試験はすべて陽性である.(エィムス試験は陰性という報告もあるが,陽性とするものが多い.
揮発性であるためか,プレート法では陰性で,プレインキュベーション法で陽性になることが多いようである.)In vivo 試験では変異原性は陰性である.
ホルムアルデヒドは曝露後血中濃度に変化はなく,吸収されて全身的に毒性を発揮することはない.
曝露する局所に毒性を生じるのみである.
通常の曝露では気道粘膜が侵される.気道粘膜には防御機構として粘膜全体を覆う粘液があり,これにホルムアルデヒドガスが溶解すると粘液の糖蛋白と結合し,繊毛運動によって排除される.
しかし,ホルムアルデヒドが一定の濃度 (ラットで 15 ppm)を越えると繊毛運動や粘液分泌機能が抑制される.
防御の限度を越えたホルムアルデヒドは,局所に刺激性に作用し,細胞毒性を発揮する.
ラットでの観察では,鼻炎,鼻粘膜の扁平上皮化成,肥厚,さらに扁平細胞癌の発生に至る.
ラットでの発癌試験では,ホルムアルデヒドによる鼻腔腫瘍の発生頻度には用量反応関係があり,14.3 ppmで 47.8%,5.6 ppm で 1%,2.0 ppm は無発癌量である.
低濃度領域で用量反応曲線は直線性を失う.
生体の防御機構のためである.
さらに,粘膜毒性の用量を見ると,1.0ppm はラット鼻粘膜に対する無毒性量であると言える.
直接の遺伝子傷害作用がある発癌物質のリスク評価では,閾値を設定しない考え方があるが,作用機序を考慮に入れると,達成可能な環境濃度での安全性が確認される.