・2) 本件事案の検討
本件について検討すると,上記1のとおり,申請人は,化学物質不耐症との診断を受けていることが認められるところ,前記第2の1の3)のア,イのとおり,化学物質不耐症は,わが国では,一般的に,化学物質過敏症と呼ばれているもので,シックハウス症候群(居住者の健康を維持するという観点から問題のある住宅において見られる健康被害の総称)のうち,化学物質によるアレルギーや中毒等を除く,化学物質による建物内の室内空気の汚染に起因する症状を意味するものと解される。化学物質過敏症の発症機序は,未解明な部分が多いが,シックハウス症候群の原因となる居住環境における様々な環境因子,特に,建材や内装材などから放散される揮発性有機化合物への暴露により,非アレルギー性の過敏症状が発現するものと推測されている。
このような発症の機序からすると,仮に,申請人主張のとおり,本件集成材に含まれていた化学物質への暴露により,申請人の上記症状が発現したとしても,本件集成材からの化学物質の空気中への放散は,極めて限定された空間(居室内あるいは居宅内)にとどまるものであり,その地域的範囲は,相隣関係にも至らない程度の限られた範囲のものといわざるを得ない。現に,シックハウス対策(化学物質過敏症の対策も同様。)は,その原因物質である化学物質の空気中への放散が居室あるいは居宅内に限定されることを当然の前提とした上で,前記第2の1の3)のウのとおり,室内空気の汚染の問題として化学物質の室内濃度の指針値の発表という形で,あるいは,建築基準法に基づく居室内における化学物質の発散に対する衛生上の措置に関する技術的基準の整備という形で,実施されているのである。
また,本件事案の健康被害の人的関係も,申請人と被申請人の関係にとどまり,その人的範囲も極めて限られたものである。
以上認定の地域的範囲及び人的範囲を総合すれば,仮に,化学物質過敏症ないしシックハウス症候群の原因となる化学物質の空気中への放散があったとしても,相当範囲にわたる空気の汚染といえないことは明らかである。
3) 申請人の主張に対する検討
これに対し,申請人は,被申請人が全国規模で事業を展開しているので、潜在的被害が相当範囲に拡大しており,相当範囲性を肯定し得る旨主張する。
しかしながら,前記1)のとおり,相当範囲性は,あくまでも被害発生の原因となる汚染現象自体について求められるから,たとえ,被害が全国規模に及んでいるとしても,大気の汚染自体が限られた範囲で発生するものであれば,上記相当範囲性の要件を充たすとはいえないのである。
また,申請人は,相当範囲性の要件は,ノンポイント汚染である,市場流通段階での消費に伴い発生する現代型公害については,これに即した解釈がされるべきである旨主張する。確かに,そのような解釈の求められる社会的背景の存在は首肯し得ないでもないが,製品や部材に起因する限定された範
囲の汚染であれば,むしろ,その製品等に含まれる原因物質に係る規制で対応すべきであり,そのような製品による被害の救済については,製造物責任法に基づくもの等も存するのである。
なお,現に,シックハウス対策として,ホルムアルデヒド及びクロルピリホスについては,建築基準法等に基づき規制が行われているところである。
したがって,申請人の上記主張は,採用できない。
3 小括
以上のとおり,本件事案は,法2条(環境基本法2条3項)に定める「公害」に係る紛争ではなく,法42条の27第1項の「公害に係る被害」についての紛争には該当しないというべきである。
第4 結論
よって,本件裁定申請は,不適法で,その欠陥を補正することができないから,法42条の33,42条の13第1項に基づき,これを却下することとして,主文のとおり,決定する。
平成18年5月29日
公害等調整委員会裁定委員会
裁定委員長加藤和夫
裁定委員堺宣道
裁定委員大坪正彦
runより:残念ながら敗訴になった物です、しかし現在は状況が変わってきてます。もう少し闘い方があったんじゃないかと思います。