早朝からの出張で、福岡・天神から高速バスにとび乗った会社員・坂田義雄(33)。直前に売店で買ったミックスサンドをほおばりながら、何気なしにながめたラベルの文字の多さに驚いた。
原材料名=パン、ハム、ツナフィリング、レタス、チーズ、辛子マヨネーズ、(その他大豆、りんご、ゼラチン由来原材料含む)、乳化剤、pH調整剤、調味料、酵素、コチニール色素、保存料、酸化防止剤、発色剤、増粘多糖類、グリシン、香辛料、酢酸Na…。
「pHはペーハーか?」「コチニール色素って何だろう」…。
pH調整剤は加工食品の酸、アルカリを調整して保存性などを高める添加物。カイガラムシ科エンジムシの乾燥体から抽出するコチニール色素は着色料として使われているが、坂田は知る由もない。
今春、初めて子どもを授かり、食べ物に敏感になった妻(31)から「よくラベルを見て買わんといけんとよ」と言われる坂田だが、「たくさん書いてあるけど、知識がないと分からんしなあ」。
もやもやした思いを缶コーヒーと一緒に飲み込んだ。
輸入・加工食品なしには、成り立たない現代ニッポンの食生活。
だが、その実態を知る人、あるいは関心を持って見つめる人は多くはない。
何げなく食べている食べ物の向こう側には、あなたの知らない世界が広がっている。
●無頓着に食べてませんか
現在、国の「食品衛生法」で認められている食品添加物は、厚生労働大臣が安全性と有効性を確認して指定した「指定添加物」など約千五百品目。
使用にあたっては食品の製造過程で使われる物質も含めて、規制の対象となっている。
「添加物」と聞いただけで、拒否反応を示す人は少なくない。天然か化学合成由来かにかかわらず、摂取の仕方によっては発がん性など、健康への影響が懸念されているものもあるからだ。
「シロか、クロか」と突き詰めれば、リスクがゼロではない以上、すべてをシロとは言い切れない。例えば、人工甘味料のサッカリン。
マウスを使った実験で、発がん物質である心配が指摘されており、米国では、商品の袋に「実験動物にがんをおこすサッカリンが含まれている」と明記しなければならない。
ただ、こうした添加物の効用について日本食品添加物協会は「食品をつくる上で、なくてはならないもの」と説明、「使用基準も、三世代にわたる動物実験に裏打ちされている」と強調する。
国も個体に影響を与えない量(最大無毒性量)を求めた上で、一般的にその百分の一を一日許容摂取量(ADI)と定め、その範囲内なら“安全”としている。
加えて、現代の食生活の中ですべてを否定することも不可能だ。大量に摂取した場合の発がん性が指摘される亜硝酸塩は、一方でハム、ソーセージを食中毒の原因となるボツリヌス菌などから守っている。
いつでもどこでも食べられる便利な暮らしは、添加物の力によることが大きい。
地場のある食品メーカーの製造責任者は言う。
「目的に応じて使うのが添加物。消費者は自分の保存が悪くて商品が傷んでもクレームを言う。
万一、食中毒になれば会社がつぶれる。第一、半日しかもたないおにぎりや、ピンクじゃないめんたいこを誰が買いますか」
偽装表示など悪質な事例を除き、メーカーは法令に従い、ラベルには内容物や原産地などを、きちんと表示している。
とすれば、問題の根っこは、消費者にありはしないか。
賞味期限は見ても、食べ物の由来が推察できる原材料の表示には目もくれず、「簡単便利で安けりゃいい」と無頓着に買い、食べているからこそ、メーカーは「売れる商品」の開発に懸命となるのだ。
「消費者の知識と意識を向上させる。対策はそれしかない」。
熊本県立大学教授で食品安全性学を研究する有薗幸司(50)は断言する。「食の安心・安全」は、だれかが与えてくれるものではなく、消費者が自ら築くしかないというのだ。
まずは、意識すること。そして現実を知ること。あらためて常識を問い直す。次なるステップは、そこから始まる。 (敬称略)
(2004/10/19,西日本新聞朝刊)