アスペルガー症候群3 | 化学物質過敏症 runのブログ

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・つまり、少数派であるために、多数派の人と自由にコミュニケーションが取れない、或いはコミュニケーション方法の違いを理解されないという問題が、社会生活での障壁となりやすい。

主な問題点アスペルガーの人は、多くのアスペルガー以外の人と同様に、またはそれ以上に強く感情の反応をするが、何に対して反応するかは常に違う。 彼等が苦手なものは、「他人の情緒を理解すること」であり、自分の感情の状態をボディランゲージや表情のニュアンス等で他人に伝えることである。

多くのアスペルガーの人は、彼等の周りの世界から、期せずして乖離した感覚を持っていると報告されている。

例えば教師が、アスペルガーの子供に(宿題を忘れたことを問いただす意味で)「犬があなたの宿題を食べたの?」と尋ねたら、その子はその表現が理解できなければ押し黙り、教師に自分は犬を飼っておらず、普通犬は紙を食べないことを説明する必要があるのかどうか考えようとする。

つまり教師が、表情や声のトーンから暗に意味している事を理解できない。

先生は、その子が傲慢で悪意に満ち、反抗的であると考え、フラストレーションを感じながら歩き去っていくかもしれない。その子はその場で何かがおかしいとフラストレーションを感じながら、そこへ黙って立ち尽くすことだろう。

アスペルガーの子供は、言葉で言われたことは額面どおり真に受けることが多い。

親や教師が励ますつもりで「テストの点数などさほど大事ではない」などとあまりきれい事ばかり聞かせたり、反対に現実的なことばかり教えたりすると、真に受けてしまい、持つべき水準からかけ離れた観念を持ってしまう危険がある。

彼らは、“大人の発言には掛け値がある”という疑いを持ちにくく、持ったとしても、はたして掛け値がどのくらいなのかを慮ることが困難であるため、発言者の願望を載せて物事を大げさに表現すると狙った効果は効き過ぎることになる。

この傾向を助長する要因の一つに、通常であれば日常生活で周囲の人の会話などから小耳に挟んで得ているはずの雑多な情報を、アスペルガーの人は(アスペルガー特有の“興味の集中”のため)“聞こえてはいる”ものの適切に処理することができないことが考えられる。

限定された興味、関心アスペルガー症候群は興味の対象に対する、きわめて強い、偏執的ともいえる水準での集中を伴うことがある。

例えば、1950年代のプロレスや、アフリカ独裁政権の国歌、マッチ棒で模型をつくることなど、社会一般の興味や流行にかかわらず、独自的な興味を抱くケースが見られる。輸送手段(鉄道・自動車など)、コンピューター、数学、天文学、地理、恐竜、法律等は特によく興味の対象となる。

しかし、これらの対象への興味は、一般的な子供も持つものである。両者の違いは、その異常なまでの興味の強さにある。

アスペルガー児は興味対象に関する大量の情報を記憶することがある。

また一般的に、順序だったもの、規則的なものはアスペルガーの人を魅了する。

これらへの興味が物質的あるいは社会的に有用な仕事と結びついた場合、実り豊かな人生を送る可能性もある。

例えば、コンピューターに取りつかれた子供は大きくなって卓越したプログラマーになるかもしれない。

それらと逆に、予測不可能なもの、不合理なものはアスペルガーの人が嫌う対象となる。

彼らの関心は生涯にわたることもあるが、いつしか突然変わる場合もある。

どちらの場合でも、ある時点では通常1~2個の対象に強い関心を持っている。

これらの興味を追求する過程で、彼等はしばしば非常に洗練された知性、ほとんど頑固偏屈とも言える集中力、一見些細に見える事実に対する膨大な(時に、写真を見ているかのような詳細さでの)記憶力などを示す。

ハンス・アスペルガーは、彼の幼い患者を『小さな教授』と呼んでいた。

その13歳の患者は、自分の興味を持つ分野に網羅的かつ微細な、大学教授のような知識を持っていたからである。