エピジェネティクス毒性学入門-下2 | 化学物質過敏症 runのブログ

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・7 内分泌撹乱化学物質〔環境ホルモン〕

 このSkinnerの論文以前に、内分泌異常物質を中心とした化学物質によってヒトあるいは実験動物に「経世代影響」を確認したという論文が散見されています。

「経世代影響」とは、一度何らかの処理を受けた親(雌および雄)世代での影響が、胎児期の生殖細胞を経由して、その子孫に伝えられることをいいます。よく混同されるのですが、次世代における奇形の誘発などは、胎児期の体細胞で起きた現象を観察していますので、「経世代影響」とは呼びません。このことは図3で確認してください。
 ヒトでの「経世代影響」についての有名な結果として、アメリカで長期間にわたって流産防止剤として用いられた合成エストロジェンDiethylstilbesterol ( ジエチルスチルベストロール DES )の例が知られています。

これを服用した妊婦の子孫に、女児では生殖器のがん、男子では妊性の低下が認められました。経世代影響については、その次の子の世代までその影響が認められたとの報告があります。
 動物実験でも、マウスやハムスターを用いてこれらの結果が証明され、DESはごく低用量でも、動物実験でも明確な「経世代影響」が認められました。DESは不幸にも、ヒトにおいて悪影響が認められた最初の例となりました。

これらの研究を中心となって行ってきたNewbold〔アメリカ環境衛生研究所〕は研究の当初からこれらのDESの作用が「環境エピゲノム異常」によることを示唆してきました(9)。
 BisphenolA ( ビスフェノールA BPA )をはじめとする、その他の内分泌撹乱化学物質の影響については、現在も広範な研究が行われていますが、「経世代影響」についてははっきりとした結果がまとまっていない段階です。

内分泌異常物質については、当初は大きな国民的な関心が持たれてきましたが、ヒトへの影響は当初考えられていたよりは小さいことが判明されつつあります。
 しかし、内分泌撹乱化学物質に関する広範な研究から、これらの作用のある部分は、エピジェネティクの異常すなわち「環境エピゲノム異常」に基づくことが示されました。

毒性学においても、「環境エピゲノム異常」は新しい概念として考慮されつつあります、今後多くの化学物質について、「環境エピゲノム異常」という概念によって毒性現象が解明される可能性が示されたことは、環境ホルモン研究による大きな成果であったと考えられます。

8 栄養および育児環境

 ヒトにおいても、発生中に親から経胎盤的に受けた化学物質や、栄養成分の過不足などによって、胎児期の厳密にプログラムされた遺伝子発現が異常に発現されること、すなわち「環境エピゲノム異常」が臨床栄養学の分野でも知られはじめています。
 最近では、個体の発生中および哺乳期における母親の行動さえもが、子の遺伝子発現に影響を与え、成・老年期になってから「環境エピゲノム異常」として、種々の疾患として発現されることが報告されています。
 この点については多くの成人病の素因が、受精時、胎生期に形成され、成長期あるいは老年期を通して「環境エピゲノム異常」として維持され、種々の疾患が形成されるという「成人病胎児期発症説」を J.P.Barker ( サザンプトン大学 )が1986年以来提唱しています(9)。

これには新生児における低栄養状態が、老後の心臓の冠動脈疾患の素因になるというイギリスでの疫学データが基礎になっています。
 現在では、この考え方はさらに発展し、「健康と疾病の素因は受精時期から乳幼児期に決定されるという "Developmental Origins of Health and Diseases ( DOHaD )"という概念となり、これは 21世紀最大の臨床医学のテーマとさえ言われています。

これらの現象の原因の多くの部分を占めるものが、「環境エピゲノム異常」であることは疑いがありません。
 現在、臨床医学では、糖尿病、高血圧、心臓疾患、精神神経疾患さらに種々の行動異常などの多くの疾患の原因が、 DOHaD で説明可能とされつつあります。これらの詳細については、最近「医学のあゆみ」で「胎生期環境と生活習慣病」という特集号が出版され、この分野における日本におけるすぐれた研究成果が集められていますので、ご参照下さい(10)。