エピジェネティクス毒性学入門-下 | 化学物質過敏症 runのブログ

化学物質過敏症 runのブログ

化学物質過敏症 電磁波過敏症 シックスクール問題を中心としたブログです

・出典;化学物質問題市民研究会
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/index.html

http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/tsuushin/pico_master.html
エピジェネティクス毒性学入門-下
"Tox21"研究所  澁谷 徹
(エピジェネティクス毒性学入門-上)

--------------------------------------------------------------------------------
5 Skinner論文の衝撃

 2005年に、Skinner ら(ワシントン州立大学)はScience 誌に衝撃的な論文を発表しました(5)。

彼らは発生14日齢のラットの雄胎児に、経胎盤的に抗アンドロゲン作用を有する農薬、Vinclozolin (ビンクロゾリン;VIN) を投与し、以後4世代にわたって、無処理雌ラットとの交配によって得られた雄ラットの生殖能力を調べました。VINを処理された生殖細胞は、性分化をはじめる時期の始原生殖細胞 (PGC) 期にあたります。

PGCとは、胎児期に発生中に出現し、出生後、雄・雌において、すべての生殖細胞の基幹細胞となる細胞群です。
 その結果、4世代にわたって、雄ラットの生殖能の低下が認められ、その原因はVINの経胎盤投与による、各世代における雄生殖細胞の精子形成関連遺伝子のプロモーター領域のメチル化という「環境エピゲノム異常」であることを証明しました。

つまり、彼らの実験では、ある世代におけるVINによって誘発された生殖細胞のメチル化が、4世代にわたって伝達されたことになります。

彼らはまた、ラットにおける種々の疾患の発生頻度を、ヒトの発生頻度と比較し、ヒトの種々の疾患の起因が胎生期にあり、それらが経世代的に伝達される可能性を示唆しました(6)。
 しかし、Skinnerらの実験結果については、投与された化学物質の用量が通常の使用量に比べてはるかに高いこと、さらに用量群の数も少なく、ヒトに対する影響については、用量作用反応に立脚した考察などが必要であると考えられます。

また、彼らの実験結果の再現性については、系統の異なったマウスやラットでは、これらの現象を確認できなかったとの反論もあります。

最近、日本でもSkinnerらの実験条件を忠実に再現した追試が行われ、2世代まで調べましたが、VIN投与による生殖能に関しての影響はなかったとの報告もなされています。

さらにSkinnerらが発表論文の一部を取り下げたこともあり、Skinnerらの研究結果については、その再現性について疑義が残されているようです。
 しかし、Skinner論文の評価はどうであれ、さまざまな化学物質の「環境エピゲノム異常」による経世代影響については、ヒトの未来世代を考える上で非常に大きな問題と考えられます。人類は、これまでに長い世代にわたって、化学物質の合成や原子力エネルギーの開発によって、人工の化学物質あるいは放射性物質を使用し、それらの恩恵によってこの地球上での繁栄を謳歌してきました。Skinnerらの論文は、それらを無批判に使用することについて、非常に大きな警鐘となるものであることは間違いありません。

6 経世代影響

 上に述べたように、化学物質の始原生殖細胞への経胎盤投与によって、世代を超えて生殖細胞に「環境エピゲノム異常」が伝達されたというSkinnerらの論文は、衝撃的なものでした。私もその中の一人でした。
 私はこれまで、強力なエチル化剤であるN-Ethyl-N-nitrosourea (ENU) によって、マウスの始原生殖細胞(PGC)に高頻度に突然変異が誘発されることを研究してきました。

そして、マウス特定座位試験 (SLT) やトランスジェニックマウス(注)であるMutaMouseを用いて、PGCにおける突然変異の誘発を世界で最初に報告しました (7)。

それまでは、突然変異として固定されなかった化学物質や放射線によるDNA塩基の修飾は、次世代の生殖細胞形成期に完全に消去されるものと考えられていました。

私はENUのPGCにおける突然変異の誘発は確認しましたが、その当時は「環境エピゲノム異常」についてまでは考えてはいませんでした。
 私はまた、別のマウス系統を用いてENUによる雄PGC細胞における、遺伝子内組み換えに関する実験を行い、それらが突然変異と比較して格段に高い頻度で誘発されることを確認しました。

私はENUについての総説を Mutation Research誌に書きましたが、ENUはDNAに塩基置換を効率よく誘発することのみが知られていました。

しかし、ENUがクロマチンの再構成に影響を及ぼし、遺伝子内組み換えを誘発するという、いわゆる「環境エピゲノム異常」を誘発することまでは考えられませんでした。



 繰り返しになりますが、化学物質のPGCへの経胎盤投与によって、世代を超えて生殖細胞に「環境エピゲノム異常」が伝達されたというSkinnerらの論文は、この分野の研究者には衝撃的なものでした。
 それまで、経胎盤投与によって次世代の体細胞が何らかの影響を受けることは、生殖・発生毒性学では自明のことでした。

上に述べた私のPGCの研究は、"Mouse Spot Test"という、胎児期処理による色素原細胞(melanoblasts) の体細胞突然変異の研究から始まりました。

その実験で、生まれた雄マウスの生殖能がENUの用量に依存して低下することを偶然に発見しました。

そして、Russell ら(オークリッジ国立研究所) による ENUによる精祖細胞〔オスの出生後出現し、精子の根幹となる細胞〕における高頻度の突然変異誘発の論文(PNAS: 1979年)を参考にして、PGC期のSLTを実施したのでした。
図 図をクリックして拡大してご覧下さい


化学物質過敏症 runのブログ-epigenetics