・ダイオキシン・環境ホルモン対策国民会議より
http://www.kokumin-kaigi.org/kokumin03_53_07.html
・ニュースレター 第54号 (2008年10月発行)
環境化学物質の脳内汚染とその影響
財)東京都医学研究機構・東京都神経科学総合研究所 黒田 純子
近年環境ホルモン問題は、脳神経系や免疫系への影響に注目が集まっている。脆弱な発達期の胎児、小児期において、脳発達に必須のホルモン作用や生理活性物質が攪乱されると、大きな影響を及ぼす可能性が高い。
成人脳でも、多数の環境化学物質汚染による慢性複合影響が懸念される。
ここでは、脳の特殊性と成人脳における環境化学物質の影響について、さらに胎児、小児における発達期脳への影響について、最近の知見を紹介したい。
1.成人脳は血液脳関門で外界から保護
脳は心身の中枢として重要であるが、再生能力に乏しく損傷を受けると回復しにくい。
また神経系の機能は、厳密なイオン濃度や神経伝達物質などの生理的化学物質の働きに依存しているため、成分が変動しやすい血液やリンパから隔離されていないと、神経機能が攪乱される。
そこで成人脳は、硬い頭蓋骨と脳膜に囲まれ、脳脊髄液という特殊な体液中に隔離・保護されている。脳に栄養や酸素を供給するのは血液であり、血管は脳に張り巡らされているが、血液は血液脳関門(図1)とよばれる頑丈なバリアで隔離され、脳実質内は血液と異なる組成の脳脊髄液により一定の環境を保っている。
図1 図をクリックして拡大してご覧下さい
・2.成人脳内でPCB類が高頻度で検出
成人脳において有害な環境化学物質は、この血液脳関門を越えて脳内に入るのだろうか。
日本人血清中には濃度の差こそあれ、全員ダイオキシンやPCBなど多種類の環境化学物質が検出される。
脳のデータは少ないが、日本人脳脊髄液中のPCBを調べたデータがある1)。2005年環境ホルモン学会発表では、25人の脳脊髄液中、およそ70%にPCB、その代謝物である水酸化PCBが検出され、大人でも高頻度でPCB類が脳内に侵入することが分かった。
脳脊髄液中PCB濃度は血中濃度のほぼ1/100、水酸化PCBの濃度は約1/10で、脳内には水酸化PCBが侵入しやすいことが明らかとなった。
水酸化PCBは、排出のため体内で作られた代謝産物であるが、それでも排出されずに留まり脳内に侵入したと考えられる。
ビスフェノールA(BPA)は、ラットの脳中で血中濃度の3-4%が検出され2)、また脳下垂体に高濃度で蓄積するという報告3)もある。
脳下垂体は脳内でも血液脳関門がなく、ホルモン産生の調節器官でもあり影響が懸念される。
神経毒性を示す重金属類については、ヒト脳脊髄液で、血中濃度の1/3(カドミウム、砒素)から1/10(鉛、水銀)程度と、比較的脳内に侵入しやすい4)。また農薬などもヒト脳脊髄液中に検出される報告5)があり、この結果は、血液脳関門の発達した成人であっても、程度の差こそあれ環境化学物質が脳内に侵入する可能性を示している。
これら多様な環境化学物質による複合汚染が、急性毒性を示さない低濃度であっても、長期曝露や複合効果により、影響を及ぼす可能性が疑われる。低濃度のBPAが、大人のサルで記憶に重要な海馬などのエストロゲン依存性シナプス形成を阻害する報告6)がある。
パーキンソン病は農薬との関連が疑われており、さらに近年増加している鬱病や若年性アルツハイマー病など神経変性疾患の原因は不明な点が多いが、環境化学物質の脳内汚染が関わっている可能性も否定できない。
3.環境化学物質が入りやすい子どもの脳
子どもの脳の血液脳関門は、胎児期の14週頃から出生後6カ月までに形成され7)、機能的成熟はさらに数年かかる(図2)。
環境化学物質が母親の体内に取り込まれると、多くの物質が胎盤経由で胎児に移行することが確認されており8)、血液脳関門が未発達な胎児の脳は、環境化学物質の影響を、母胎の血中濃度に近い濃度で受ける可能性が高い。出生後も血液脳関門が未発達な子どもの脳は、母乳や外界からの環境化学物質が脳内に侵入しやすいと考えられる。
図2 図をクリックして拡大してご覧下さい