・1.1.10 がん
ELF磁界を「ヒトに対する発がん性があるかもしれない」とした国際がん研究機関の分類(IARC、2002)は、2001年とそれ以前の利用可能なすべてのデータに基づいている。
本EHCモノグラフにおける文献レビューでは、主にIARCのレビュー以降に公表された研究に重点を置く。
疫学
IARCの分類は、小児白血病に関する疫学調査で観察された関連性によって大きく影響された。
この証拠は限定的という分類は、2002年以降に公表された小児白血病に関する2件の研究を追加しても変更されなかった。
IARCモノグラフの公表以来、他の小児がんにする証拠は依然として不十分である。
IARCモノグラフ以降、ELF磁界ばく露と関連した成人女性の乳がんリスクに関する報告がいくつか公表されている。
これらの研究は従来のものよりも大規模で、バイアスに影響されにくく、全体として否定的である。
これらの研究により、ELF磁界ばく露と女性の乳がんリスクとの関連性を示す証拠の意味合いは大幅に弱められ、この種の関連性は支持されていない。
成人の脳腫瘍と白血病に関しては、IARCモノグラフ以降に公表された新たな研究は、ELF磁界ばく露とこれらの疾患リスクとの関連性に関する全体的な証拠は依然として不十分であるという結論を変更するものではない。
その他の疾病およびその他のすべてのがんについては、証拠は依然として不十分である。
実験動物研究
最も一般的な型の小児白血病である、急性リンパ芽球性白血病の動物モデルは現在のところない。
ラットを用いた3件の独立した大規模研究では、自然発生乳がんの発症率に及ぼすELF磁界の影響の証拠は示されていない。
ほとんどの研究では、ELF磁界は齧歯類モデルにおける白血病またはリンパ腫に影響しないことが報告されている。
齧歯類のいくつかの大規模長期研究では、造血系、乳腺、脳および皮膚の腫瘍を含め、どの種類のがんにも一貫した増加は示されていない。
ELF磁界がラットの化学物質誘発乳がんに及ぼす影響については、かなりの数の研究が検討された。
実験プロトコルの全部または一部に違い(例えば特殊な亜種の使用)があるため、一貫した結果が得られていない。
ELF磁界が化学物質誘発または放射線誘発白血病/リンパ腫モデルに及ぼす影響に関するほとんどの研究は否定的であった。新生物発生前の肝病変、化学物質誘発皮膚腫瘍および脳腫瘍の研究では、主に否定的な結果が報告されている。
ある研究では、ELF磁界へのばく露によってUV誘発皮膚腫瘍の発生が加速されることが報告されている。
2つのグループが、in vivoでのELF磁界ばく露後の脳組織におけるDNA鎖切断のレベルの上昇を報告している。
しかしながら、他のグループが各種の齧歯類の遺伝毒性モデルを用いたと
ころ、遺伝毒性作用の証拠は何ら見られなかった。
遺伝毒性以外のがん関連の作用について調べた研究結果は決定的なものではない。
全体として、ELF磁界へのばく露のみによって腫瘍が誘発されることを示す証拠はない。
ELF磁界ばく露が発がん性物質と組み合わされた場合に腫瘍の進行が高まるかもしれないという証拠は不十分である。
In vitro研究
一般的に、細胞のELFばく露の影響に関する研究では、50 mT以下の磁界では遺伝毒性を誘発しないことが示されている。
注目すべき例外は、35μTほどの低い磁界強度におけるDNA損傷に関する最近の研究からの証拠である。
但し、これらの研究はまだ評価中であり、これらの知見について我々は完全に理解していない。
ELF磁界がDNA損傷因子と相互作用する可能性があるという証拠も増えている。
ELF磁界によって細胞周期の調節と関連する遺伝子が活性化されることを示す明確な証拠はない。
但し、全遺伝子の反応を解析する体系的研究はまだ実施されていない。
その他の細胞研究、例えば細胞増殖、アポトーシス、カルシウムシグナル、悪性転換に関する研究の多くでは、一貫性のない、または決定的ではない結果が示されている。
全体的な結論
IARCモノグラフ(2002)以降に公表された、ヒト、動物およびin vitroの新規の研究は、ELF磁界がヒトに対して発がん性があるかもしれないという全体的な分類を変更するものではない。