・2) 疫学
2)-1 通信・放送局からの曝露の影響
Hockingら(1996)はシドニー北部における小児白血病のリスクがテレビ放送タワーとの近接度と関連すると報告した。
この研究では、TV放送塔を取り囲む3つの自治体地区とその外側の自治体地区の住民について脳腫瘍、全白血病、リンパ性白血病、骨髄性白血病、その他の白血病などの発生率、死亡率を集団比較した。
観察年、年齢、性別の影響を調整して、最終的に地域の違いによる率比を推定した結果、全白血病発生率の率比は若干の増加があった。
同様の分析を小児について行った結果、全白血病およびリンパ性白血病の発生率、死亡率の率比は有意な増加があった(全白血病発生率RR=1.58)。
これらの地域を含む州全体での小児の脳腫瘍と白血病について、調査期間19年間の各年別、性、年齢別の発生率、死亡率から求めた両地域での発生、死亡の期待数と実際の観測数との比(標準化発生比SIR、標準化死亡比SMR)を調べた結果、脳腫瘍には州全体との違いはなかったが、白血病の発生、死亡は州全体と較べてTV放送塔周辺自治体で高かった(SIR=1.8,SMR=2.4)。曝露評価として、TV放送塔周辺自治体地区の住民の曝露量は0.0002-0.008mW/cm2と推定した。
この報告の後、McKenzieら(1998)はHockingらの研究を再検討するため、同一地域で同一期間を対象に再調査を行った。
その結果、タワーを囲む3つの自治体のうち、一つ地区(レーンコーブ)で小児白血病発生率が特異的に高いが、他の地区では増加がなく、レーンコーブを除外すればテレビタワーと白血病発生の相関は消失することを指摘した。また小児白血病発生率と高周波曝露量との有意な相関はないと指摘した。
また、Hocking らの報告した小児白血病のSIRが、高出力の24時間TV放送が開始される以前の発生が多く含まれることを指摘した。
この報告に対して、Hocking(1999)は、McKenzieの論文は事後分析であり、科学的に正当でない、レーンコーブの役割が特異的であるとしているが、モデルは適切であり、レーンコーブが他の地区に対して特異的ではない、24時間放送が開始される4年前から18時間放送が始まっており、高周波曝露量との相関は否定されない、と反論した。この研究については、さらにMcKenzieらの再反論、Hocking(2000)による追加報告と継続している。
放送局に近接した地域に関しては、Dolkら(1997a)は英国のサットン・コールドフィールドにある高出力FM/TV放送アンテナ付近で、アンテナからの距離で地域を分類すると、全白血病の発生比が0-2km地域では有意に高く(1.83)、0-10km地域では1.01となり、距離による有意なリスク低下の傾向を報告した。
しかし英国内の高出力FM/TV放送アンテナ20施設について同様の調査を行ったところ(Dolk 1997b)、成人の全白血病の発生比は、0-2km地域で0.97、0-10kmで1.03であり、距離によるリスク低下はかろうじて有意であるものの距離別地域に細分化したデータでは個々の地域で大きな過剰リスクはみられず、距離による変化も一貫しなかった。
成人の白血病の病型別に20施設のデータを総合した場合、いずれの病型の白血病も距離によるリスク低下の傾向は有意ではなかった。距離別地域に細分化したデータでは、2-4.9km地域にわずかなリスク上昇が見られた病型があったが、有意性に関するデータは示されなかった。
放送施設周辺でのこれらの研究は、対象地域の選択によって結果が異なる傾向を共通して示している。
特定の地区で観察された、一貫性のない疾病のリスク増加が放送用タワーからの電磁波によるものであると推定するには十分なデータとはいえない。
しかし、放送施設に関するこれらの研究によって、高周波の送信タワーに対する不安を喚起した。
携帯電話の急速な広がりによって、基地局が次々に建設されていることにより、携帯電話基地局タワーからの電磁波に対して健康不安が生じている。
しかし、携帯電話基地局からの電磁波を対象とした疫学研究は実施されていない。
その理由の一つは曝露レベルが非常に小さく、曝露評価がほとんど不可能であると考えられていることがある。欧州共同研究プログラムとして電磁界の健康影響の研究を組織的に実施しているCOST 281計画では、携帯電話基地局からの電磁波に関する疫学研究を実施しても十分な結果が期待できないとの声明を述べている(COST281 2002)。
このような情勢の中で、英国の厚生省が主宰するMTHR(Mobile Telecommunications and Health Research)プログラムでは2003年4月から携帯電話基地局周辺住民の健康についての症例-対照研究を開始される。