・難病情報センターより
平成21年10月より、「特発性慢性肺血栓塞栓症」は「慢性血栓塞栓性肺高血圧症」に疾患名が変更されました。
下記の解説は特発性慢性肺血栓塞栓症の内容となっておりますが、現在内容を見直しており、新しい内容を入手次第、更新させていただきます。
1. 特発性慢性肺血栓塞栓症とは
肺は、人間が生きていくために必要な酸素を空気中より取り込み、体内で産生された二酸化炭素を排出する重要な働きをしています。
空気は、口と鼻から咽頭、喉頭を経て、気管を通り、気管支と呼ばれる左右の管に入り、肺に入っていきます。
気管支は、何回も枝わかれし、その末端は肺胞と呼ばれるブドウの房状の小さな部屋となっています。
この肺胞は、毛細血管と呼ばれる網の目のような血管に周囲を被われていて、ここで酸素は肺胞から毛細血管へ、反対に二酸化炭素は毛細血管から肺胞へと移行し、酸素と二酸化炭素のガス交換が行われています。
一方、全身の臓器から酸素が少なく二酸化炭素の多いやや黒ずんだ血液は、静脈という血管によって心臓の右側(右心)に戻ってきます。
心臓はこの黒ずんだ血液を肺動脈という血管を通じて左右の肺に送ります。肺では酸素を取り込み、余分な二酸化炭素を排出することにより、きれいな赤い血液へと変化させたうえで、左心を経て全身の臓器へと送りこみます。
この右心から肺につながる血管(肺動脈)に、足の静脈など他の場所でできた血栓(血液の固まり)や、癌、脂肪、空気などが血液とともに流れてきて詰まり、この血管が細くなったり閉塞したりする病気を肺塞栓症といいます。
その結果、肺での酸素の取り込みが十分行われず、全身臓器に十分な酸素を送ることができず、酸素不足のための息切れが生じます。
また、肺の血管(肺動脈)が細くなるため心臓から肺に血液を送る血管の抵抗が大きくなります。
この状態を肺高血圧といいます。
心臓もその負担で拡がったり、筋肉が厚くなったりして機能が低下し、息切れやむくみが生じ、右心不全という状態になります。
急激に肺の血管が詰まった場合には突然死の原因にもなり、また広範囲に詰まった場合、血圧が下がりショックを起こしたり、ひどい息切れや胸の痛みが生じます。これを急性肺血栓塞栓症といいます。
こうした急性例の多くは、血栓を溶かす薬の手助けや、人間の持つ血栓を溶かす働きにより自然にも血栓は溶けていくのですが、完全には溶けずに残るものもあります。また何度も急性の発作を繰り返している例もあります。
さらに血管が広範に詰まったにもかかわらずそのときは気づかなかったり、十分な治療がされなかったりして、あとになって次第に息切れが生じ、肺高血圧さらには右心不全の状態になることもあります。
これらのうち少なくとも6ヶ月以上血栓が溶けずにそのまま存在する場合があり、こうしたものをまとめて慢性肺血栓塞栓症といいます。
慢性肺血栓塞栓症の中で、肺高血圧症を合併した重篤なものを慢性血栓塞栓性肺高血圧症(特発性慢性肺血栓塞栓症(肺高血圧型)と同じ)と呼びます。
この疾患は、血栓がすでに固くなってしまっているため、血栓を溶かす薬などの内科的治療では効果がなく、多くは徐々に進行し、右心不全から死に至る病気とされていました。
しかしながら、最近一部の症例では、手術によりこうした固くなった血栓(器質化血栓)をとることで、息切れなどの自覚症状が非常に良くなり、長期生存も可能となっています。
2. この病気の患者さんはどのくらいいるのですか
我が国では、急性例および慢性例を含めた肺血栓塞栓症の発生頻度は、欧米に比べ極めて少なく、その発生率は米国の約1/10とされています。
米国では、急性肺血栓塞栓症の年間発生数が50~60万人と推定されており、急性期を乗り越え生存した患者の約0.1~0.2%が、慢性肺血栓塞栓症へ移行するものと考えられています。
日本では、これまで急性例・慢性例ともその正確な患者数は不明でしたが、最近になり全国の医療機関へのアンケート調査から、肺血栓塞栓症の年間発生数は約3,500人と報告されています。
また、平成9年度に厚生省特定疾患呼吸不全調査研究班が行った全国疫学調査成績では、特発性慢性血栓塞栓症(肺高血圧型)の全国患者数は450人(95%信頼区間360~530人)と推定されました。
最近では、診断技術の進歩と、この病気の疾患概念や診断基準が一般のお医者さんへも少しずつ普及してきたこともあり、報告される患者さんの数も増加傾向にあります。
平成10年12月より特定疾患の治療研究対象疾患に認定され、治療費の公的補助が受けられるようになり、平成16年度末現在で611名の患者さんがいらっしゃいます。
この病気は、重篤かつ生命予後が不良な病気ではありますが、手術による改善も十分期待できることからも、本症を見逃すことなく正しく診断することが重要といえます。