表8. シックビルディング症候群の診断基準(WHO 1984)
1.眼,鼻,のどの刺激症状,粘膜の乾燥
2.皮膚の紅斑,かゆみ
3.易疲労感,頭痛,精神疲労,集中力低下,
記憶力低下,めまい,吐き気
4.嗅覚,味覚変化
5.過敏性反応(分泌亢進)
一方,室内における生物及び化学物質(カビ,細菌,エンドトキシン,マイコトキシン,ラドン,一酸化炭素,ホルムアルデヒド等)の暴露によって引き起こされた特定の病気の場合にはBuilding Related Illnesses (BRI)として区別している48).BRIの例として気管支炎,レジオネラ症,心臓血管病,肺ガン等があり,問題の建物から退去しても症状がすぐに軽快することはない48).
ホルムアルデヒドには皮膚感作性があることが知られているが,ホルムアルデヒドの吸入は卵白アルブミンの経鼻感作において抗原特異的IgEを増加させる作用がある49).
また,最近,トルエンやキシレン等の室内VOCによって幼児の食品アレルゲンに対するIgE産生が増加するとの報告がされている50).
以上のようにSBSあるいはシックハウス症候群は建物に起因する不快な症状群の総称だが,MCSやアレルギーと重複する部分があり,その境界はあいまいである37,51). すなわち,MCSは主として自律神経系や中枢神経系に障害が生じるのに対して,アレルギーは免疫系に障害を生じるが,いずれも化学物質への暴露により過敏症状態を獲得すると,その後,ごく少量暴露した場合でも症状が発現する.また,その感受性には大きな個人差があることも共通している.
室内空気中化学物質による健康被害の事例わが国の大規模ビルの空気環境については,管理基準と必要換気量の規定が設けられており18),欧米のような大きな問題には至っていないといわれている.
しかし,化学物質を含む新建材が多用される最近の新築ビルでは,健康被害の事例もある.事例①1997年10月に東京の小学校で改築工事の際,塗料の溶剤によって280名の生徒のうち約4割が頭痛,吐き気,鼻水,鼻・眼・喉の痛みを訴えた53).
事例②1997年11月,新築ビルの見学会で発生した東京でのSBSの事例54)を表9に示した.本例では,ホルムアルデヒド濃度は低かったが,換気が不充分であったためブタノールやエチルベンゼン等のVOCが高濃度になったことが原因であろうと考えられている54).女性で有症率が高い傾向はMCSの調査結果40)と共通している.
事例③2000年6月に千葉市で建設した大規模複合施設において準備業務に携わる複数の職員がめまい,吐き気,眼がチカチカする,鼻水がでる,疲れやすい等の症状を訴えた55).本事例では,ホール等いくつかの室内でホルムアルデヒドとトルエン濃度が指針値を超えていた.
事例④2000年11月から2001年3月にかけて行われた旭川市役所庁舎の改修工事で,職員4名がトルエンによる化学物質過敏症と診断された56).
事例⑤2001年8月に完成した札幌市の高校新校舎で生徒2名が化学物質過敏症,1名がその疑いと診断された56).特に多数の人が利用する建物では,ひとたび事故が発生すると被害が大きくなる可能性があり,十分な管理と対策が要求される.SBSの原因となりうる化学物質の種類は多数あることから,すべての事例で原因をつきとめ,解決できるわけではない.
生物的及び物理的な因子による可能性にも留意する必要がある.
当所に寄せられた一般住宅での健康被害の苦情事例では,ホルムアルデヒド,キシレン,エチルベンゼン,酢酸エチル,ブタノール,脂肪族炭化水素,農薬等が疑われた55).著者らは室内空気の調査と並行して健康に関するアンケートを行い,統計的解析を行った57).その結果,ホルムアルデヒド,トルエン,エチルベンゼン,キシレン,スチレン及びブタノールの6物質の濃度は「症状あり」と答えた人の家屋の方が「症状なし」と答えた人の家屋に比べて有意に高く,濃度と症状の頻度との間に相関がみられた.
興味あることにパラジクロロベンゼンは逆に「症状なし」と答えた人の家屋の方が有意に高かった.
これは化学物質に敏感な人は防虫剤パラジクロロベンゼンの使用を控えるためではないかと推測している57).
一方,宮城県内のシックハウスと疑われる住宅を対象にした調査58)では,ホルムアルデヒドの指針値を超えた住宅が63%と一般住宅における割合11)(27.3%)に比較して高かった.
しかし,化学物質濃度と点数化した症状との関係は明確ではなかったという.兵庫県が1995年の阪神・淡路大震災後に新築,改築,補修等の工事を行った住宅を対象にした調査では,総数2,000戸のうち482戸から回答があり,そのうち眼が痛い・チカチカする,鼻がツーンとする等何らかの症状を訴えたのは449名中71名(15.8%)であった59).本例ではホルムアルデヒドが原因物質として疑われている59).