人工の電磁界による潜在的な健康への影響は1800年代後半から科学的関心事であったが、ここ30 年で特に注目を集めるようになった。EMFは、送電線、家庭電化機器およびコンピューターを主要な発生源とする静電磁界、低周波電磁界、および高周波または無線周波数電磁界に大別される。高周波および無線周波数電磁界の主要発生源はレーダー、ラジオやテレビの放送設備、携帯電話とその無線基地局、インダクションヒーター、および盗難防止装置である。
EMF は、電磁スペクトルの高周波領域に属する電離放射線(放射性物質が放出するγ線、宇宙線、X線など)に比べるとはるかに弱く、細胞内における分子の結合を破壊することはなく、
したがってイオン化が発生することはあり得ない。そのため、EMF は“非電離放射線(NIR)”と呼ばれている。図1 は広帯域電磁スペクトルに
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無線周波数(RF)のEMF も、身体内に浅く浸透するに過ぎない。吸収されたEMF のエネルギーは、分子の運動に変化する。急速に運動する分子同士の摩擦により、温度が上昇する。こうした作用を家庭用電化製品で利用したのが、食品を温める電子レンジであり、また産業分野でもプラスチック溶接や金属の加熱など多くの利用例がある。私たちが通常の生活環境で曝露するRF電磁界のベルは、有意な熱を発生させるために必要なレベルよりかなり低いものである。
生物学的影響と健康への影響
生物学的影響とは、刺激あるいは環境の変化に対し生物あるいは細胞に生じる測定可能な反応である。こうした生体反応には、コーヒーの飲用後や、風通しの悪い部屋で就寝したのちの心拍の上昇といった反応があり、必ずしも健康
にとって有害なものではない。環境の変化に反応するのは、生命にとって正なことである。
しかし、人体にはあらゆる環境上の変化あるいはストレスを緩和できる十分な補償メカニズムは備わっていないと考えられる。小さくても、長期にわたる環境曝露は、最終的にストレスという形になれば健康上有害に働くこともあり得る。人体の健康への悪影響は、曝露した個人の
健康や快適な暮らしを、ごくわずかでも損なう生物学的影響の結果として起こる。
人体の健康に有害なEMF 曝露については、国内/国際ガイドラインが推奨する曝露限界を守れば、そのリスクを抑えることができる。現在、議論の中心となっているのは、曝露限界を下回る低レベルEMF への長期曝露によって、健康に
悪影響が生じるかどうか、あるいは人々の快適な暮らしに影響が生じるかどうかという点である。
科学的研究からの結論
低周波数電磁界
EMFの健康影響に関する科学的な知識は重要であり、多教の疫学的試験、動物試験、in-vitroの研究に基づいている。生殖障害から心疾患、神経変性疾患にいたるまで数多くの健康に及ぼす結果について調査されたが、これまででもっ
とも一貫性があるのは小児白血病関係である。2001 年に、WHO の国際がん研究機関(IARC)の科学専門家作業部会が静電磁界および超低周波(ELF)電磁界の発がん性に関する研究について評価作業を行った。ヒト、動物および実験的な証拠に対し重きをおき評価する標準的なIARC分類においては、小児白血病に関する疫学研究結果に基づき、ELF 電磁界は「ヒトに対して発がん性を示すかもしれない」と分類された。たとえば、同一カテゴリーに分類されている周知
のものにコーヒーがある。コーヒーには、腎臓がんのリスクを増大させる可能性があると同時に、腸がんから守るともされている。「ヒトに対して発がん性を示すかもしれない」とはある因子が、ヒトの発がん性において限定された証拠しかなく、動物実験での発がん性において十分な証拠がないことを示すときに用いられる分類である。子供や大人に生じる他のの全てのがんに対する証拠、および他の曝露タイプ(つまり静電磁界とELF 電磁界)については、科学的情報が不十分、あるいは一貫性がないことから分類できないとされた。ヒトに対して発がん性を示すかもしれないとELF磁界がIARCにより分類される一方、ELF 磁界曝露と小児白血病との関連性について別の解釈もあり得る。
高周波数の界
無線周波数電磁界(RF)に関し、今日まで集められた証拠によると(携帯電話や無線基地局から発生する)低レベルのRF 電磁界への曝露は健康に対し悪影響を及ぼさないことを示している。携帯電話の使用について、脳の活動、反応
時間、睡眠パターンの変化などを含めた小さな影響を報告している科学者もいる。これまでに確認されている限りでは、こうした影響は一般的な個体差の範囲内にあると考えられる。
現在、研究活動の中心となっているのは、有意の温度上昇をひきおこすこともできないほど低レベルのRF を含め、長期的な低レベルRF への曝露によって健康に悪影響が生じるかどうかという点である。携帯電話ユーザーに関する最
近の疫学的研究では、脳腫瘍にかかるリスクの増加を示す有力な証拠は発見されなかった。しかし、この分野の技術はあまりにも新しく、長期的に起こりうる影響を排除することはできない。携帯電話機と基地局での曝露状況は大きく
異なっており、携帯電話基地局の近隣住民より携帯電話ユーザーのRF 曝露のほうがはるかに高いものとなっている。近くの基地局との接続
を維持するための送信頻度の低い信号は別として、電話機は通話中にのみRF エネルギーを送信する。ただし、基地局は、近隣に居住するにせよ、公衆の曝露レベルはきわめて低いものの継続的に信号を送信し続ける。
技術が広範囲に使用されるようになり、科学的不確実性の程度、または公衆の理解のレベルに対し、厳密な科学的研究および公衆との明瞭なコミュニケーションが必要となっている。