ベートーヴェンはフランドルの音楽家の末裔? 門馬直美「ベートーヴェン 巨匠への道」 | クラシック音楽と読書の日記 クリスタルウインド

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しばらく前から、門馬直美「ベートーヴェン 巨匠への道」と言う本を読んでいます。ベートーヴェンの伝記のようなものだろうと思い買った本ですが、内容は色々な伝記的エピソードやベートーヴェンの交友関係などを個別に掘り下げたというような形の20の部分によって構成されています。

目次は次のようになっています。

プロローグ 波乱の生涯・スケッチ
第1話 ベートーヴェン以前のボン
第2話 ボンのひとびと
第3話 青春のボン
インテルメッツォ ベートーヴェンの愛―婚約説をめぐって
第4話 第十交響曲のゆくえ
第5話 《シンフォニアエロイカ》の謎
第6話 「メルツェルさん、さようなら」―メトロノーム考
第7話 《ウェリントンの勝利》の顛末
インテルメッツォ べートーヴェンと宗教―フリーメーソンだったのか?
第8話 イギリスへの夢―ニートとの交際をめぐって
第9話 あるパトロンの末路―ラズモフスキー伯爵の場合
第10話 オペラのライヴァル―同時代人ウェーバー
第11話 奇妙な交友関係―肥満チスト・シュバンツィヒ
インテルメッツォ ベートーヴェンの生活
第12話 「第三の故郷」ボヘミア
第13話 ヴァイオリン・コンプレックス
第14話 コントラバスとマンドリン
第15話 ダンス音楽への愛着
エピローグ 「歓喜」の背景―日本人とベートーヴェン 

それぞれのエピソードはとても面白いのですが、時系列や他のこととの関係を理解するためには、横に伝記を置いておく必要もあるかも知れません。だいたいはそのエピソードの頃書いていた曲のことで分かるのですが時々前後関係が分からなくなったり、ベートーヴェンの年齢などが分かりづらかったりしますので・・・

 

この本を読んで私が最初にハッとしたのが、ベートーヴェンの祖父のことでした。

「祖父ベートーヴェンは、フランドル地方のメヘレンのパン屋の息子として1712年に生まれている。そして、1732年からリエージュの聖ランベール教会にバス歌手として勤務していた。アウグスト侯はたまたまこの教会の司教も兼ねていて、その音楽家としての才能と人物を見込んでボンの宮廷の歌手に採用したのだった。1733年のことである。」

 

あっ、ベートーヴェンの出自はフランドルだったのか。

 

別にこれは目新しい情報では無かったようです。手元にあった新潮文庫のカラー版作曲家の生涯「ベートーヴェン」にも同じ事が書かれていました。私が気付いていなかっただけのことなのですが・・・(笑)

 

ベートーヴェンと言う姓がオランダ語だというような情報が頭にあり、ベートーヴェンの先祖はオランダ人だとばかり思っていました。フランドル地方のメヘレンもリエージュもベルギーの都市です。

 

ここの所よくルネサンス音楽を聴いたり調べたりしていたものですから、この「フランドル」と言う言葉はちょっと気になる響きがします。

 

西洋音楽の歴史の中で、最も大きく発展した時期と思われるルネサンス音楽の最初期から百数十年にわたり優れた音楽家を輩出し続け音楽の中心地であり続けたのはフランスと神聖ローマ帝国に挟まれたフランドル地方でした。この地域の教会で音楽教育を受けた音楽家たちはフランスやイタリア、神聖ローマ帝国領の各地とヨーロッパ中に進出していたのです。しかしその伝統は宗教改革やスペインの圧政、独立運動などにより16世紀後半には次第に勢いを失い、ギヨーム・デュファイ、オケゲム、ジョスカン・デ・プレと続いた大音楽家の系譜もオルランド・ディ・ラッソを最後に途切れることになります。

 

ヨーロッパ中に影響力を持ったフランドルの音楽家養成の基盤の多くは失われても個々の教会にはその教育システムの名残は残っていたに違いありません。そんな中から出てきたのがベートーヴェンの祖父だったのです。

 

もう一つ私が勘違いしていたこと。ベートーヴェンはドイツの出身ですからプロテスタント系の人だと無意識に思い込んでいました。ボンという所はケルン大司教領の首都なんですね。そしてベートーヴェンの親子3代はこの大司教の宮廷に仕えていた。完璧にカトリックの教育を受けた人だったのですね。(ベートーヴェン自身は宗教には無関心(あるいは意識的に避けていた?)だったそうですから、どれだけ重要なことかは知りません(笑))

 

そうか、ベートーヴェンは(西洋音楽界の)大帝国崩壊後200年近くたって現れたフランドルの音楽家の末裔だったのだ!・・・なんて、大袈裟に騒ぐような話ではありませんが(笑) ベートーヴェンがジョスカン・デ・プレやオルランド・ディ・ラッソと同郷の人だというのは何となく面白いなと思ったりしました。

 

と言うわけで(どういうわけかは分かりませんが(笑))

 

今日はベートーヴェンの「ミサ曲 ハ長調 作品86」を聴いています。

 

ミサ・ソレムニスの陰に隠れあまり注目されない曲ですが、明るく軽々とした雰囲気がとても素敵なミサ曲です。これはもっと演奏されても良い曲では無いかと思います。ガーディナーとモンテヴェルディ合唱団も好演。私はミシェル・コルボ盤も好きです。


「ミサ曲 ハ長調 作品86は、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンがニコラウス・エステルハージからの委嘱に応え1807年に作曲したミサ曲。4人の独唱者、合唱、管弦楽という編成で書かれており、同年の内にアイゼンシュタットにおいてエステルハージ公の音楽隊によって初演された。ベートーヴェンは翌1808年に交響曲第5番などを主要4作品を初演した演奏会の場でも、本作の抜粋を披露している。楽譜は1812年にブライトコプフ・ウント・ヘルテルから出版された。
依頼者のエステルハージ公がミサ曲の内容をよく思わなかった一方、同時代の批評家E.T.A.ホフマンは「無邪気に澄み渡った心情の表出」を評価しており、マイケル・ムーアは音楽の「直截さと情動的内容」を特筆している。」(Wikipedia ミサ曲 ハ長調 (ベートーヴェン) より)

 

 

 

 

ベートーヴェン 巨匠への道 (講談社学術文庫)

一七九二年、ウィーンに立った一人の青年音楽家は、いかにして「楽聖」となったのか。師ハイドンや“好敵手”ウェーバーらとの出会い、『エロイカ』『第十交響曲』創作の謎、家族関係の苦悩と波乱の生活、奇妙な友人、そして恋人…。革命と動乱の時代にあって音楽のあり方を変革し、傑作を生み出し続けた生涯に全角度から光を当てる、珠玉の二十話。

 

 

 

【Amazon.co.jp限定】ベートーヴェン: ミサ曲ハ長調、他(限定盤)(UHQCD)(特典:メガジャケ付)

エステルハージ公の委嘱により1807年に作曲されたミサ曲ハ長調。初演や依頼者の評価は芳しくなく、
ミサ・ソレムニスの陰に隠れなかなか陽の目を見ない作品ですが、斬新で革新的な手法を盛り込んだ意欲的な作品です。

 

 

ベートーヴェン:ミサ曲

合唱音楽、宗教音楽に造詣が深い、ミシェル・コルボ指揮によるベートーヴェン集。1988年録音盤。