木蓮ちゃんの気まぐれトーク・コーナー -9ページ目

木蓮ちゃんの気まぐれトーク・コーナー

年齢不詳・性別不詳の木蓮の、ハチャメチャ気まぐれ日記です。
変幻自在の木蓮の怒涛のお喋りをお楽しみください。。
多重人格って言わないでね。
ピアノをこよなく愛する桃源郷の住人、ってことで・・・

わたしの心はどこにいる
わたしの心はどこにある
宇宙のどこかにある
ふるさとを求めて

帰りたい戻りたい
魂の慟哭
なつかしいなつかしい
わたくしのふるさと

自由になりたい
心に自由を与えたい
小さな小さなわたくしの
たったひとつの切なる願い

長い旅路を歩んできました
ふるさとを恋いながら
ただひたすらに
帰る日を夢見て

わたしの心の行き着くところ
永遠のふるさと
永遠の楽園
わたしはわたしであることをやめ
ふるさとに融けて
永遠の夢を生きる
海の日から始まった物語。
月日は確実に流れて、すっかり春になりました。
今日は昼と夜がちょうど半分ずつの特別な日です。

プロヴァンスの家には、吸い込まれるような心地よい魅力を感じます。すうっと自然で、春の日差しに誘われて思わず外に出て散歩してしまう感覚と同じです。絵の中で自由に動ける感じ。

枕元のエッセンスはそれとは全然異なります。
最初から、泣きたくなるような強烈な懐かしさを感じる絵でした。
でもそれだけではありませんでした。日に日に、離れていたくない想いが募り、どこにいるより自分の部屋にいる時間が一番幸せな時間となってしまっていることは既に書いたと思います。それがさらに飛躍して、強烈に引きつける、引力のような磁力のような見えない強い力を持つようになっているんです。私がそうしているのかエッセンスがそうしているのか判別できません。引力に喩えるならまるでブラックホールのような逃げられない引力。磁力に喩えるならオーロラだって出現させられそうです。
触れたら気持ちが治まるかな?と指先を当てても、引力は鎮まるどころかさらに強くなってしまう始末。挙句の果てには、たまに感じて困っていた金縛りもどきに近い、身体が囚われて動けない状態にまでなります。

かろうじて引力から逃げて少し離れた所にいますけど、ここにおいで、ここにいなさいという声が聞こえているようで落ち着きません。
こんなに小さな絵のどこにここまでの力が隠されていたのでしょう?
もしこれを知っていたら、それでも手元に置くことを選択したでしょうか?

ハウルの呪文と同じ類の何かがあるように思えてなりません。
魔法の島で、きっと魔法をかけられたのです、この絵。
古くてシンプルでとても強い、解けない魔法が。
デサップへの興味が尽きません。
56歳になる年に日本人女性と結婚、少なくても長男はもうけられています。
初来日1991年、ご結婚1994年。
売れるようになるまでには、相当な苦労をされたようです。
私は彼の絵をとても好きですが、なぜでしょう、天才とは感じないんですよね。
でも一流の画家になるような人達には共通点があるみたいです。
以下、去年のインタビューより。

デサップ:睡蓮を描こうというよりも、水面で揺らぐ光の明暗とか、具象画だけれども抽象的な題材を描くことに興味がありました。モネは素晴らしい画家なので、先に描かれてしまっていたのです(笑)。もちろん、ジヴェルニーの池を描けば「モネ」と言われることはわかっていました。モンマルトルの街並みを描けば「ユトリロ」と言われるし、アルルの風景を描けば「ゴッホ」と言われるでしょう。そのように言われるのを避けるために、別の題材を選ぶ人もいますが、私は自分の心が描きたいものを描きます。何を描いても、そこには私の個性が表れるのでかまわないと思います。自分のスタイルを確立することができて、しかも、それが世の中に受け入れられた私は幸運でした。

デサップ:私の絵はコントラストを強くとっていることが特徴です。明るい部分はより明るく、暗い部分はより暗く描くことを意識しています。パリの街を描くときには、ネオン輝く夜景が多いですが、それもコントラストを強めるためです。また、しばしば雨の上がった後の水たまりを描いて、水に反射する光を描くことで、絵の中の光を多くしています。それから、マチエールにも注意を払っています。実際に絵を見ていただければわかりますが、絵具を塗り重ねて立体的にしています。そして、ユトリロが絵具に漆喰を混ぜたように、私は絵具に砂や樹皮を混ぜています。土や木の幹を描くときに砂や樹皮を混ぜることで、本物のように見せることができるからです。

デサップ:最初に油絵を描いたのは、10歳のときでした。キャンバスがなかったので、飛行機の模型の羽に張ってあった布を取り外して、自分組んだ木枠に張ってキャンバスを自作しました。絵具を買うお金もなかったので、妹の貯金箱からこっそり借りました。そして、台所の窓から屋根に出て、屋根から見える街の風景を描いたのです。夢中で描いていると、母が帰ってきて怒られました。アパートの4階の屋根だったので危険だというのです。そのとき描いた絵は、70年経った今でも持っています。

デサップ:私は若い頃、ゴッホを崇拝していました。そこで、ゴッホのようにアルルに移住することで新しい経験を積むことができると考えました。アルルに行ったのは、兵役を終えた22歳のときです。ゴッホがアルルに住んだのは、南フランスの強い光を求めてのことですが、私もアルルで新しい光を見つけました。しかし、お金がなかったので、水道も電気も通っていない小屋に住んで絵を描いていました。冬なので寒かったし、食べるものもなくてひもじかったです。当時は、今とは似ても似つかないくらい痩せていました。私を憐れんだ村人が、一袋のじゃがいもと大瓶のワインをくれたことを覚えています。まるでゴッホの時代のようでした。描いた絵を売って生活費を稼ぎたかったのですが、まだ自分のスタイルができていなくて、ゴッホの絵にそっくりだったので、ほとんど売れませんでした。

デサップ:アルルの風景を見ると、どうしてもゴッホのように描いてしまうのです。ゴッホが入院していた精神病院にも、当時すでに閉鎖され廃墟と化していましたが、こっそり忍び込んで一晩を過ごしてみました。当時の私には、ゴッホの魂が乗り移っていたと思います。しかし、あまりにもゴッホになりきって、自分がわからなくなってきたので、一年後にサントロペに移住しました。そこでようやくゴッホから解放されました(笑)

デサップ:サントロペも有名なリゾート地です。ここで、街中の風景を描いて、街の人相手に売ることで、だんだんと自分のスタイルが確立されてきました。一般の人に絵を売るときは、相手の好むように仕上げないといけないので、ゴッホのようにばかりは描けないのです。サントロペでは、中古の救急車を買ってキャンピングカーの代わりにして、ヨーロッパ中を回りました。私と同じ1938年生まれの車だったので、よく覚えています。
特に絵が売れたのは日曜日の教会の前です。礼拝に来る人々は、慈善を施したい気持ちになっているので、私の描いた教会の絵をよく買ってくれました。あるとき、次にどこに行くべきかを決めようとして、車の中で世界地図を広げてダーツを投げました。刺さった場所が、ニューヨークでした。もう一度やってみましたが、やはりニューヨークになりました。そこで、車を売ってニューヨーク行きの片道切符を買いました。所持金は全部で120ドルでした。

デサップ:画家になれるかなれないかは、すぐにわかります。なぜなら、世の中には画家よりも簡単にお金を稼げる職業がたくさんあるので、本当に絵が好きでなければ、画家を続けられないからです。逆に言えば、画家を続けている人は、たいてい良い画家になります。私も、子供の頃から画家にしか興味がありませんでした。授業を聞かずに、教科書の挿絵を模写していたので、成績も悪かったです。素行も良くなくて、4、5回は退学と転校になっています。親はがっかりしていましたが、どの学校に行っても絵を描くことはやめませんでした。私は画家にしかなれなかったし、画家にしかなれない人が、画家になるのだろうと思います。


ほんとに誰かさんによく似た所が多いです。
ダーツで2回ニューヨーク?これはすごすぎます。
授業を聞かずに絵ばかり描いてた?私の周りにはいませんでした。
私自身は安全な道しか選べませんでしたが、学校の成績になんか大した意味も価値もないことは子供の時から知っていました。ただ勉強が好きだったので、先生に言われた通りやっていたら成績が後からついてきた感じでしたので、ありがたがる人達の気がしれませんでしたね。好きな事をコツコツ楽しんで続けてたら褒められた。進みたい大学にすんなり入れた。なんてラッキーなことだったか。

中古の救急車を買ってキャンピングカーの代わりにして、ヨーロッパ中を回った?
うーー、これは男性でないとできないことだ。女性なら暴行受けて殺されるね。
・私は自分の心が描きたいものを描きます。何を描いても、そこには私の個性が表れるのでかまわないと思います。
これは本当に正直な気持ちなのでしょうね。そう思う芸術家は多い(芸術・美術大学の学生の中の相当な数はそう思っているのでは?)と思われるけど、道の途中で疲れて心を失うように見えます。
・世の中には画家よりも簡単にお金を稼げる職業がたくさんあるので、本当に絵が好きでなければ、画家を続けられない。
ほんとだ仰る通りです。
80歳になろうというのに、絵を描きたくてたまらない生き様は素敵だと思います。
そして、どういうご縁かわかりませんが、彼が、まるで依頼でもしたかのように私の好みの風景を描いてくれていたことに、心から感謝します。
どうしようかずっと迷っていましたが、迷うくらいならやっちゃえということで、かかりつけ占い師先生に30分電話カウンセリングを受けました。
このテーマで相談するのは3回目です。

霊視能力がある割には世俗的な所がある人だということを知っていますので、最初から、期待通りのお話にはならないことは覚悟の上でした。どう世俗的かと言うと、例えば結婚を女性が社会生活を首尾よく過ごすための手段と割り切っている所などです。私にも釣書的には非常に条件の良い5歳年上の人を紹介してきたことがあります。結局本人には会わず、お母さまに一度お会いして、その後そのお母さまからかなり頻繁に電話がかかってきて、本人とは数回電話で話しただけという成り行きでしたが。職業的には合格の人でしたし、背が高く写真もまあまあでしたけれど、あんな無神経な人、絶対お断り!!あのお母さまと一生付き合うのも勘弁願いたいと思いました。あんな人を紹介してくるなんて、もし結婚したりしてたら私絶対また不幸ですよ?占いには何が写っていたのでしょう?

その他にも、この先生の予言通りの男性に出会って幸せな結婚をしたはずが、すぐにセックスレス夫婦になってしまい、性格はいいので別れることも出来ず、出会わなければよかった、あんな予言をされていたのでこの人が運命の人だと思い込んでしまった、と、後悔しきりの人を知っています。
顧客の話どころではなくて、ご本人も非常にドライな結婚生活(再婚)を受け入れておられ、旦那さんが社会的立場を利用して次々と若い女性を自宅の寝室に連れ込んでいることを知っていながら知らんふりを通していたんです。ご本人の口から3回くらい聞きましたから間違いありません。「結婚なんてこんなものよ」でした。その旦那さんは数年前に亡くなられて、遺産も相続し(子供なし)、悠々自適で占い師を続けておられます。天職なのだそうです。

最初の相談の時、「自分は安全なところにいて楽しんでいますね」「雰囲気を楽しむ人ですよ」などと言われてかなりショックを受けた記憶がまだ生々しいので、やや焦点をずらしてご意見を伺いました。この異様なまでの懐かしさは何なのでしょう?
「私がたくさんの魂を視てきて勉強したことがあります。親子の縁は1回。夫婦は2回。義理を含む兄弟は3回。私が視て来た限りにおいては、転生の過程で、どうもこういう回数の決まりがあります。夫婦はね、2度目に1度目での失敗を回復して、はい、もうこれでおしまい、っていう感じで縁が終わるみたいですよ」
「あなたたちは、ずっと古い転生のどこかで、男女は逆だったかもしれないけど縁があったかもしれないわね」
「よく、生まれ変わったらまた一緒になりましょうということを言うけれど、生まれ変わるにもそれぞれ周期があって、例えば250年周期の魂と300年周期の魂が同じ時代にまた生まれ変わるのは何千年も先だし、地球の反対側に生まれたら出会う確率はとても低いし、なかなか思い通りにはいきませんよ」
「あなたは近い前世で、工房のような所に足繁く通っていたみたいですよ。その記憶は魂に深く刻まれていますから、現世においても美術に魅かれるのでしょう」
(確かに直近の前世はルネッサンスのローマ、その500年前もローマ、その500年前はエジプト、だ・・・。芸術は盛んだったはずだし私は上流階級だったらしいからそれらに触れる機会には恵まれていたはず)
(絵は確かにすごく好きですが、あの絵にだけこんなに日に日に魅かれてしまう理由がわかりません)
「原画には描いた人の想いが乗り移りますからね・・」(それ以上は語ってくれず)

アセンションの話なども匂わせてみましたがスルーされました。
引き寄せの法則もスルー。
神智学などを教えているグループを持っていたりするくせに、スピリチュアル系の話を避けようとされますね、この先生は。修行したのが仏教だから仕方ないのかな?
そういえば、付き合いはかれこれ20年近くになりますが、愛についての話は伺ったことがありません。博愛とか慈愛とか慈悲とか受容に近い話はよく聞きますしご自身も実践されているのですが、どうも私とは愛の解釈が根本的に違うなあと思います。

最期はまたまたすうっと冷めるクールなお話でしめでした。
こういうことは会うまで、確認するまでが楽しいだけで、一緒に過ごすようになるとすぐに「あれ?こんなはずじゃなかったのに?」と思うようになるものですよ。今が一番いい時だと思っておきなさいね。

ま、こんなことになるだろうと思っていましたから、今日は全然ショックは受けませんでした。天才占い師だって、所詮人の子です。彼女の経験の範囲でしか理解・想像ができないのだと推測します。一般的ではないけれど、彼女もまた既に独自の既成概念を形成してしまっているようです。変化を受け入れません。とても優秀なアドバイザーですが、彼女が認めないからといって自説を曲げる必要もないと思いました。
2003年2月に購入したギィ・デサップの原画のタイトルです。
8年間しまい込んでいましたが、無性に見たくなって、先ほど取り出してずっと眺めています。ほぼ一目惚れで買った絵です。丁度来日しておられたので肩を抱いてもらって記念写真をとってもらいました。温かな感じがする人でした。当時64才だったことは今知りましたが、もう少し若く感じました。妻が日本人!?
この絵(タイトルを漁夫の家だと覚え間違えていました)は、私が所有している絵画の中で唯一人工物を含む風景画です。強烈さや鮮烈さはありませんが、見ていると絵の中にすうっと体が吸い込まれて絵の中に入っていきそうな気持ちになっていました。
初めて彼を検索して下記の文章をみつけて、あっと驚いています。

『2012年4月には、NHKのニュースで来日展が取り上げられました。
「絵の風景の中に入り込んで、その中を散歩するような気持ちで見てほしいです」と語るデサップ。
現代印象派のフランス人画家として作品が紹介され、来場したたくさんのファンとの交流を楽しむ場面が放映。人気の高さが話題となりました。』

何の説明も聞いていませんが、まさにデサップが望むように彼の絵を見ていたことになります。いやあ、本物って凄いですねー。
今年で80歳におなりです。来日されることはあるのでしょうか。

では、引き続きいつものコピペを。

『ギィ・デサップ(Guy DESSAPT、1938年7月6日 - )は、フランスソーヌ=エ=ロワール県ル=クルーゾ市出身、フランスの画家。妻は日本人。

1955年、ヴェルサイユ宮殿の『鏡の間』の壁画を修復した、 アトリエ、“ダーバル”へ、美術学、及び装飾美術学の勉強のため入る。

1960年、モロッコでの二年間の兵役後、フランスに帰国。アルルに落ち着き、オリーブ畑で働きながら南フランスの光の明暗を求め制作活動を開始。次にサントロペに移動して、観光客に絵を描いて売る生活をおくる。

1965年、渡米し、ニューヨークを仕事の場として選ぶ。以後、アメリカとフランスを往復しながら数々の個展をパリ、ニューヨーク、ベニスなど各地で開催する。 1980年モンテカルロ国際現代美術グランプリ入選。カンヌ国際絵画大賞入選。日本ではVISA JAPANや九州石油、日清紡、東亞合成などの企業カレンダーに選定。また、ニューヨークの画廊で作品を常設展示し、アメリカ全土で展示会を行う。

彼の作品は特異な表現を駆使した印象派スタイルといえる。その技法は大変ユニークで、アクリルを何度も重ね塗りして立体感を出すのはもとより、しばしばキャンバスの上に本当の物質(砂・樹皮・木片等)を加えることによって抒情に満ちたリアリティーを出している。この結果、彼の絵にはプリズム状の光が飛散し、溢れる豊かさが表現される。』

私が購入した後、馴染みの画商と契約継続しなかったらしく、彼の作品を見る機会はありませんでした。今日ネットで見た限りでは、彼が好んで描いているテーマは、私の好みではありません。プロヴァンスの家は、彼の作品の中でも珍しい題材のようです。出会えてよかったと思います。まだ売れていなかった若い頃には、もしかしたらこういう題材も多く描いていたかも?と思ったりしますが、確かめようがありません。
ほんとに何の変哲もない質素な海寄りの漁夫の家と、道と花のアーチとアーチから覗く海と、空。暖かな春の日差しをたっぷり感じさせてくれます。この家の住人たちの今日の夕食は、きっと、質素なパンとスープとサラダと果物。メインディッシュは今日捕れた魚の香草焼き。フランス人らしく、会話に花が咲くことでしょう。

絵画って、ほんとうに、いいですね~。
「罪が存在するという幻想」とは知っていても、概念としてもう一度、罪、それも大罪とされていることについておさらいしておきたくなりました。

七つの大罪は、4世紀のエジプトの修道士エヴァグリオス・ポンティコス(英語: Evagrius Ponticus)の著作に八つの「枢要罪」として現れたのが起源である。キリスト教の正典の聖書の中で七つの大罪について直接に言及されてはいない。八つの枢要罪は厳しさの順序によると「暴食」、「色欲」、「強欲」、「憂鬱」、「憤怒」、「怠惰」、「虚飾」、「傲慢」である。

6世紀後半には、グレゴリウス1世により、八つから七つに改正され、順序も現在の順序に仕上げられる。その後「虚飾」は「傲慢」へ、「憂鬱」は「怠惰」へとそれぞれ一つの大罪となり、「嫉妬」が追加された。そして七つの大罪は「暴食」、「色欲」、「強欲」、「憤怒」、「怠惰」、「傲慢」、「嫉妬」となった。

13世紀のトマス・アクィナスも、その著作の中で、キリスト教徒の七つの枢要徳と対比する形で七つの「枢要罪」をあげている。

現代の『カトリック教会のカテキズム』では、「七つの罪源」について、ヨハネス・カッシアヌス(英語: Johannes Cassianus)やグレゴリウス1世以来伝統的に罪の源とみなされてきたものとして言及されている。それは以下の七つである。

七つの掲載順は、『カトリック教会のカテキズム』のラテン語規範版と日本語版(2002年)で一部異なるが、ここではラテン語規範版および『カトリック教会のカテキズム 要約(コンペンディウム)』日本語版(2010年)に書かれている順番による。また『カトリック教会のカテキズム 要約(コンペンディウム)』日本語版(2010年)では訳語が異なるものがあるが、ここではそれを()内に付記する。

日本語    ラテン語      英語

高慢      superbia      pride
物欲(貪欲)  avaritia       greed
ねたみ(嫉妬) invidia       envy
憤怒      ira         wrath
色欲(肉欲)  luxuria       lust
貪食      gula        gluttony
怠惰      pigritia/acedia   sloth

プルデンティウス(英語: Prudentius)(348‐405以後)の「プシュコマキア(英語: Psychomachia)」によれば、七つの大罪は、それぞれ次の美徳に対応しているという。暴食⇔節制、色欲⇔純潔、強欲⇔救恤、憤怒⇔慈悲、怠惰⇔勤勉、嫉妬⇔忍耐、傲慢⇔謙譲。 (救恤って誤字かしら?読めません)

2008年3月、ローマ教皇庁は新たな七つの大罪を発表した。それは、
・遺伝子改造
・人体実験
・環境汚染
・社会的不公正
・貧困
・過度な裕福さ
・麻薬中毒である。遺伝子改造などは、胚性幹細胞への牽制とみられる。

マハトマ・ガンディーは1925年10月22日に雑誌『Young India』(英語版)にて、「七つの社会的罪」(Seven Social Sins)として次の七つを指摘した[8]。
・理念なき政治(Politics without Principle)
・労働なき富(Wealth without Work)
・良心なき快楽(Pleasure without Conscience)
・人格なき学識(Knowledge without Character)
・道徳なき商業(Commerce without Morality)
・人間性なき科学(Science without Humanity)
・献身なき信仰(Worship without Sacrifice)

以下、感想です。
八つの枢要罪は厳しさの順序によると「暴食」、「色欲」・・・
いきなりこれかい??この説によるなら、大悪人ですよ。

ラテン語規範版および『カトリック教会のカテキズム 要約(コンペンディウム)』日本語版(2010年)に書かれている順番によると、高慢/プライド、が最上位です。高慢は褒められたものではない事はわかりますが、英語のプライドは日本語と同じ意味合いなのでしょうか?カタカナのプライドは、私は時と場合によっては好ましいものだと感じます。

七つの大罪に対する七つの美徳というのも、なんか極端すぎて、それほんとに美徳?と突っ込みたくなります。
暴食⇔節制 → 優しく感謝して楽しんで何でも適量に食べる
色欲⇔純潔 → 愛情を育む手段としてのみリビドーを使う
強欲⇔救恤 → 満たされているという感覚を磨いていつでも手放す
憤怒⇔慈悲 → 穏やかな気持ちを保つ
怠惰⇔勤勉 → ゆとりをもちつつ天と地から与えられた課題を果たす
嫉妬⇔忍耐 → 赦す認める褒める
傲慢⇔謙譲 → 自分も相手もあるがままの姿を受け入れ、変えた方がよい点は変え、
        変えることが難しいならせめて自覚を持ち、常に他者への感謝を持つ

2008年3月のローマ教皇庁は、社会大罪を発表したのですね。
・環境汚染・・・これはもはや罪というより現実なのでは?神への冒涜っていう意味かな。こういう現実を作ってしまった人類を否定して、どうしたいのだか理解できません。
・社会的不公正・・・完全なる社会的公正なんてあり得ないと思うけど。これを追求しすぎると、内乱や戦争の元になります。宗教は立ち入らない方がいいと思いますね。
・過度な裕福さ・・・基準が曖昧です。裕福な人しか成し得ないことだってありますし、お金や財産のことを指しているのなら、余剰を社会や地球に還元すればよいと思います。心の裕福さならば、いくらあっても問題ないです。
・貧困・・・これも、なりたくて貧困になっている人はほとんどいないと思うので、貧困であることが悪の道へ進みやすくなるという意味なのでしょうね。貧困の中で生きている人達が傷つかないような表現を考えてほしいです。

社会に罪があるとして、社会を擬人化して糾弾するという姿勢は、私は好みません。
宗教戦争を繰り返してきた軍団のすることは、いつも同じですねえ。
批判だけなら猿でもできます。

マハトマ・ガンディーは、さすがです。
これが上から7つかどうかまでは判断できませんが、これらが社会的問題であることに異存はありません。
ただ、罪があるという発想は幻想なので、陥らないよう、陥ったら修正するよう気を付けるべき点の指摘、と位置付けたいです。
・道徳なき商業
・人間性なき科学
特にこのへんには、気を付けないといけませんね。






ごめんなさい、コピペです。
もう5年更新されていないブログからなので許して下さるでしょうか?
ああでも丸々コピペはやっぱり良くないですから、抜粋にします。

遺伝子学者のブライアン・サイクスの「イブと7人の娘たち」を紹介します。

ヒトの遺伝子の中のミトコンドリアDNAは母親を通してのみ遺伝されます。このミトコンドリアDNAを解析することで、今地球上に生きている人類がどこからやってきたのかが分かる。人類のたどってきた本当の道筋が、この地道な研究の中から明らかになっていく。その中で研究者は体の芯が震えるような経験をしていきます。

全てのヨーロッパ人は7人の母親にたどることが出来る。現在のヨーロッパ人の75%はそのままクロマニヨンの時代(狩猟時代)までその祖先をたどることができる。

現在の日本人の95%は9人の母の子供たちである。

そして全ての母たちの血の道筋は、アフリカに住んでいた一人の母から生まれた子ども達だということを突き止める。この母が有名なミトコンドリア・イブ。この研究により、人類が各地で違う系統から発生し異なる人種になったという説は否定された。世界中の民がたった一人の共通の母、イブにつながるのです。

彼がこの研究を通していきついた思想は2つ。

そのひとつは、人類は全てが混血であり、遥かな昔までたどると、全ての人類が血縁ということだとすると、人種や肌の色で差別がおこることは何の意味もないこと。

そしてもうひとつは、人類の道筋は母系の系図で考えた方が生物的にまっとうではないかということ。もし全ての人が母親方の名前を引きついだとして、500年も経つと、はじめて会った人が同じ苗字だと、親戚どうしだという可能性がすごく高くなる。新しい家族の考え方が生まれてくるかもしれない。

ただし注意点があります。「たった一人の女性から、過去から現在に至るまでの全ての人間が生まれた」という根本的誤解に至るようなインパクトのある意味はありません。「現存する全人類はある女性を共通の祖先として持つ」ということが解明されただけです。

ある92歳のあばあちゃま。
1年近く前、食べることを拒絶してお家で暮らせなくなった方です。
あれこれ工夫して食べてくれるようになられていましたが、水曜日から突然またハンストを始めました。
「みんなが私をいじめる」
「私はこれまで人のためばっかりに生きて来たから、これからは自分のために生きる」

えっとねえ、「生きる」と「ハンスト」は矛盾するんですけど、そこんとこどうなってるの??
おばあちゃまの言い分を意訳してみると
「今まで散々人のために尽くしてきたんだから、最後くらい人から尽くされてもいいはずだ。なのにいつも私のお世話は後回し。家族にも見放された。誰も私を愛してくれない。なんて可哀想な私。みんなみんな意地悪だ!」
ざっと、こんなところだと思われます。

このおばあちゃまは、耳が遠いのですが、聞きたくない話だと聞こえなくて、聞きたいと思っている時はかなり普通に聞こえています。今に始まったことではないと想像されますねえ。人のために生きて来たという認識ですが、おそらく、見たくないものは見ず、聞きたくないことは聞かず、ただ忍耐だけで生きて来たのでしょう。
自分を大切にしてこなかったつけが、今、きていると思います。
自分を偽り続けて来た結果が、今なのだと思います。
ハンストして周りの人に心配かけてあれこれ大事に特別扱いしてもらうことを期待する。
そういう選択しかとれなくなっていることが悲しいと思いました。
自分よりずっと手のかかる人達が自分より優先されていることを妬む心も悲しいですね。

こういう私のクールな態度を批判する人もいますが、こういうタイプの多くは、じゃあと特別扱いしてあげても、感謝するのは最初だけで、もっともっとと際限なく要求がエスカレートしていって、しまいにはこちらが疲労困憊、悲鳴を上げて逃げ出したくなるものです。例外はありますけど。
「食べなかったら弱って死ぬだけですよ。点滴だけでは体力はもちません。あなたに一番意地悪なのはあなたですよ。食べれるのに食べてあげないんだから。意地悪な人に意地悪と言われても、誰も何とも感じませんよ。とにかく食べましょう。順番は最後だけど、みんなあなたのお世話をちゃんとしてくれているでしょう。どこが意地悪ですか?」
などと説得したのが金曜日の夕方。
土曜日から、半分くらいではありますが、また食べてくれるようになっています。

気付きに遅すぎるという事はありませんが、せめてもう20年早く気付いてほしかったなあと思います。来世では同じことを繰り返さないでねと祈りました。
○3月18日は精霊の日

柿本人麻呂、和泉式部、小野小町の3人の忌日がこの日であると伝えられていることから。

なあんだ、日本の話か。ちょっと肩透かしくらいました。
もう少しスピリチュアルな背景を期待したもので。
命名した人、精霊を何だと思ったのでしょうね?

3月といえばイースターです。今年はいつかしら。

□復活祭(イースター,復活の主日)(Easter)

春分の後の最初の満月の日の次の日曜日。
キリストが死後3日目にして甦ったことを記念し、春の自然の甦りを祝うお祭り。
復活の象徴の卵を食べたり、ペインティングした卵を贈り合ったりして、盛大に祝う。
イースターの日どりは、325年の第1ニカイア公会議で「春分の後の最初の満月に次ぐ日曜日」と決定された。ただし、これでは、時差の関係で春分の日が場所によって異なり、イースターの日附も異なってしまうため、春分を3月21日に固定して計算されている。

というわけで、今年は4月1日のようです。
3月31日がブルームーンの満月ですからね、珍しいイースターだと思います。
前々回の満月は1月31日。神秘的な皆既月食でした。まだ記憶に新しいです。

ついでの検索にて。
○3月11日はパンダ発見の日

1869年のこの日、中国・四川省の民家で、伝道中のフランス人神父アルマン・ダヴィドが、白と黒の奇妙な熊の毛皮を見せられた。これが、西洋でパンダが知られるきっかけとなった。
ダヴィドはパンダのレプリカ標本をパリの自然歴史博物館に送り、その1年後の1870年に、研究を進めたミレー・エドワードが、Ailaropoda-mlanoleucaという学名を附けた。

149年前の話かあ。
パンダの模様や仕草はかわいいですが、よく見ると目がつりあがっているんですよね。
性格も実はキツイし、笹しか食べないし、人間だったらあまりお近づきになりなくないタイプです。

星読み講座の影響でしょうか、なんとなくコスモな気持ちが続いています。
地球と月から太陽へ目が向くのは自然でした。
太陽の立場に立ってみると、あらら、無数の恒星のひとりに過ぎないと感じるのもこれまた自然の成り行き。ただ今を生きるだけ、永遠の今を。

職場に向かう車中でふっと閃いて、着いてから小一時間、紙に鉛筆で思い浮かぶ言葉を書きとめてみたら、何となく詩っぽくなったのでブログにアップしてみました。このまま詩人モードが続くと楽しいのですけれど、自分ではコントロールできないんですよねー。

最近、7時過ぎるとなんだか眠くて眠くて困っています。1~2時間眠ると目が覚めますので生活上そんなに支障はありませんが、子供に添い寝していて一緒に寝ちゃったみたいな感じの眠気な所に引っかかるんですよね。今日もまだ仕事あるのに寝てしまいました。1時間。いつもほんとに心地良い睡魔で、浮世の憂い事なんか全然引きずらない、抵抗できないする気も起きない、こんな風に睡眠に誘う睡眠薬が開発されたらバカ売れ間違いなし、と思います。「あなたを涅槃へ誘う睡眠導入剤、依存性なし」とか何とかのセールストークで。蛇の甘言に唆されるのは嫌ですが、こういう睡魔のささやきなら許す。

コスモな話と神話は、私の中ではつながっています。
旧約聖書ではアダムの肋骨を一本とってイヴが創られたことになっています。
私の部屋の枕元のエッセンスには、砂粒?の中にひとつだけグリーンの粒が隠されていたことは確か以前ブログに書きました。あれを描いた時から何か思う所があったのでしょうか?一粒のグリーンが一枚の絵になるというストーリーがあったのでしょうか?
出来上がった絵を見たら、何かわかるのでしょうか・・・。

まずは2週間後の展示会で、あの人の描き方の傾向をしっかり勉強します。
今は想像を裏付ける情報が少なすぎです。確信の上に立った応用で、自由に想像を羽ばたかせたいものです。