アマゾンから職場に届いた本を読んでいたら、なんだか眠くなって二度寝しました。
今はすっきりしています。
月曜をお休みにしてほんとうに良かったです。家は安心して過ごせます。
先週は、何人かの人に同じことを言われました。
「なんか黒いですよ?日焼けしましたか?どこか行きましたか?」
まだ3月にして日焼け?・・・。
思い当たることがないでもありません。
基礎化粧しかしない状態が続いていますが、3月からは日焼け止めも塗るようにはしていました。が、それまではノーマーク。休日はその日焼け止めもしていませんでした。
2月だって、採光の良いこの室内だって、紫外線はそれなりに高いはずなんですよね。通勤や駐車場で一日にするとかなりの時間太陽光線を直接浴びていたこともあり、じわじわと日焼けしていて、それが肌に現れてきたのでしょう。
美白を意識したことはあまりありませんが、日焼けの後はシミが待っています。
これはあんまり嬉しくありません。
真面目に対策立てないと。
前々からブログに書いてみたいなと思っていたテーマがあります。
ラクダの話です。
聖書にある、イエスがある裕福な若い男性から「私も神の国に入りたい」みたいなことを言われて答えた言葉「金持ちが天国に入るのは、ラクダが針の穴をくぐるより難しいでしょう」。
子供の頃からずっと、この問答に疑問を持っていました。
お金持ちにもピンからキリまであるのに、"お金を持っている、財産が不要なほど豊かにある"という人間が作った経済的評価基準のみで人をくくることは正しいのだろうか?という疑問です。貧困ゆえに醜い心しか持てない人達がいるという事実はどう扱うの?そちらには改心の余地があるけど(それ以上失うものが何もないから)、失う物を多く持ちすぎている富裕者は、それを手放すことが難しいがゆえに神の国に入れないという理論だったように記憶しています。でもじゃあ今の日本、確かに貧富の差は激しいけれど、福祉だってそれなりに普及していて、義務教育が受けられて、それでも貧しいのにはその人にも何か貧しくしかいられないことを引き起こす要因があって、極論すれば貧しい心が貧しい生活という現実を作ったとも言えて、傲慢かもしれないお金持ちと較べて彼らの方が神の国に近いとは言い難いのではないでしょうか。
ブログなんかで語り尽くせるテーマではないので、話題提供にとどめますが、お金を稼ぐことに熱心であることがまるで罪であるかのような思想(価値観?)には、大きな落とし穴があるように感じます。正直に言いますが、私の職業なんか、今の10倍もらってもいいくらい人々に貢献していると思います(今の仕事は、ほとんどエネルギー使っていないので適正な報酬ですけど)。でも、儲けすぎだと叩かれているんですよねえ。エステにならいくらでもお金を出す人が、私達が提供しているサービスにはお金を渋る。間違ってるでしょ。過小評価されていることに大きな声で反論できないのはおかしいんです。
で、らくだの話に戻りますが。
イエスの比喩を文字通りに解釈することに成功しました。
既成概念を取り払えば簡単です。
イエスは「針の穴」と言いました。
それを聞いたら誰だって、あの目を細めないと糸を通せない小さな穴を思い描きますよね。でももしその針が、長さ10メートルくらいの大きな針だったとしたら?それに比例して針の穴だって巨大になります。当然のことです。
ラクダだってラクラク通れることでしょう。
で、そんな大きな針を作るにはお金がいります。
そこんとこ、イエスに聞いてみたいなーと思うのでした。
同じような話として「狭き門より入れ」があります。
比喩として否定はしませんが、これがそのまま受験地獄・受験戦争に直結していることを考えると、比喩って難しいなあとつくづく思います。
あはは、一晩寝て起きたら、当日の気づきの大半を忘れてしまいました。
いやはや予想どおりです。いい研修だったんだけどな。
ノートを見ながら、かろうじて思い出せることを少し書いてみます。
前々から知ってはいたけど実際を見るのは初めてだった"タイムマシン・クエスチョン"が面白かったです。講師がデモンストレーションしてくれました。クライアント役の人の抱える問題が、そう深刻な内容ではなかったため、テクニックの観察に集中することができました。ケースが深刻だと、その解決の方に気を取られて、使っているテクニックへの集中は二の次になってしまいます。今回はじっくり勉強できました。
子育てを巡る男親のジレンマがテーマ。
セッションの最期の方で「では、うまくいった3年後のご家族の様子をタイムマシンが映していると想像して、そこから送られてくる映像に何が写っていますか?」と語らせました。いい感じの、普通だけど幸せな家族の姿が写っていました。「その3年後のあなたから、今のあなたに何かメッセージを伝えてください」という誘導では、「そんなに力まずに肩の力を抜いてやれよ」というようなセリフが語られ、言いながらクライアント役の人は、優しい笑顔になっていましたね。最初はかなり余裕のない思いつめた表情だったのですけれど、1時間で大変化でした。うん、さすがブリーフだ。
タイムマシン・クエスチョンの技法は、サイコドラマのダブルの技法と重なる側面がありました。ドラマの要素を積極的に取り入れたら、より高い効果が期待できるなと思いました。
スケーリング・クエスチョンの使い方の様々なバリエーションも見せてもらえました。
そうそう、そういうのを見たかったんですよ。カウンセリングは原則密室で行われますから、腕のいい人がいったい何をしているかを見られる機会は希少です。ワークショップに出るのはそれを見ることができるからなんですよ。
ミラクル・クエスチョンもちょっとだけ見せてもらいました。うん、私の理解は間違っていなかったようです。
クライアントが向き合うべき登場人物にスケーリング・クエスチョンを適応するという応用的使い方があることを学びました。結構何にでも使えるんだな、このテクニック。でも私の質問に対する講師の回答で、使うべきでない場面で安易に使うととんでもないことになることが分かりました。先生曰く「セッションの中でクライアントがどういう傾向の人かを見極めて、どのテクニックを誰に使うかを選びます。でもブリーフですから、スピードが必要。まず、おおよその見当をつけてこちらから打ちます。打って、反応を見て、あ、しまった間違ったやっちまった、とわかったら、すぐ修正して次の手を打ちます。素早くリカバリーするのがブリーフですよ。即座に修正できるセンスと引き出しをたくさん持っていないとなかなか上手くはいきませんね。最悪大けがをさせてしまいます」
あ~、こういうお話を聞きたかったんです!大変よくわかりました。そして私は結構そういうぶっつけ本番・機転や臨機応変な対応って得意なんです。ブリーフ向いてそう。
こぼれ話的に教えてくださった、ここ最近のブリーフの展開の話が興味深かったです。
社会的応用として、たとえば公的機関で多職種が連携して何かの事例に当っている時に、「この問題がうまく解決したと仮定して、うまくいった未来(1年後とか3年後とか)の立場から現在のそれぞれの機関の人に対して"どうしたらうまくいきましたよ、何をしたらうまくいきましたよ"と教えてあげる、というスタンスで、今何に取り組むのが効率的であるかを検討していく、という方法が注目されているという話です。
フィンランドから入ってきたそうです。
いわゆる未来志向型という範疇になります。
普通行われている検討とどこが違うかと言うと、"もう問題が解決されている未来"を前提としていることです。今起きている問題の分析にはあまりエネルギーを割きません。小さな違いのように感じるかもしれませんが、とんでもない、コペルニクス的な発想の転換です。思考が現実をつくりますから、もう解決された未来があるという前提で考えていくと、解決された未来がつくられる、という原則を実践しているわけです。
これ、自然破壊問題にも応用できそう。
ほんとにいい話を聞けました。
いやはや予想どおりです。いい研修だったんだけどな。
ノートを見ながら、かろうじて思い出せることを少し書いてみます。
前々から知ってはいたけど実際を見るのは初めてだった"タイムマシン・クエスチョン"が面白かったです。講師がデモンストレーションしてくれました。クライアント役の人の抱える問題が、そう深刻な内容ではなかったため、テクニックの観察に集中することができました。ケースが深刻だと、その解決の方に気を取られて、使っているテクニックへの集中は二の次になってしまいます。今回はじっくり勉強できました。
子育てを巡る男親のジレンマがテーマ。
セッションの最期の方で「では、うまくいった3年後のご家族の様子をタイムマシンが映していると想像して、そこから送られてくる映像に何が写っていますか?」と語らせました。いい感じの、普通だけど幸せな家族の姿が写っていました。「その3年後のあなたから、今のあなたに何かメッセージを伝えてください」という誘導では、「そんなに力まずに肩の力を抜いてやれよ」というようなセリフが語られ、言いながらクライアント役の人は、優しい笑顔になっていましたね。最初はかなり余裕のない思いつめた表情だったのですけれど、1時間で大変化でした。うん、さすがブリーフだ。
タイムマシン・クエスチョンの技法は、サイコドラマのダブルの技法と重なる側面がありました。ドラマの要素を積極的に取り入れたら、より高い効果が期待できるなと思いました。
スケーリング・クエスチョンの使い方の様々なバリエーションも見せてもらえました。
そうそう、そういうのを見たかったんですよ。カウンセリングは原則密室で行われますから、腕のいい人がいったい何をしているかを見られる機会は希少です。ワークショップに出るのはそれを見ることができるからなんですよ。
ミラクル・クエスチョンもちょっとだけ見せてもらいました。うん、私の理解は間違っていなかったようです。
クライアントが向き合うべき登場人物にスケーリング・クエスチョンを適応するという応用的使い方があることを学びました。結構何にでも使えるんだな、このテクニック。でも私の質問に対する講師の回答で、使うべきでない場面で安易に使うととんでもないことになることが分かりました。先生曰く「セッションの中でクライアントがどういう傾向の人かを見極めて、どのテクニックを誰に使うかを選びます。でもブリーフですから、スピードが必要。まず、おおよその見当をつけてこちらから打ちます。打って、反応を見て、あ、しまった間違ったやっちまった、とわかったら、すぐ修正して次の手を打ちます。素早くリカバリーするのがブリーフですよ。即座に修正できるセンスと引き出しをたくさん持っていないとなかなか上手くはいきませんね。最悪大けがをさせてしまいます」
あ~、こういうお話を聞きたかったんです!大変よくわかりました。そして私は結構そういうぶっつけ本番・機転や臨機応変な対応って得意なんです。ブリーフ向いてそう。
こぼれ話的に教えてくださった、ここ最近のブリーフの展開の話が興味深かったです。
社会的応用として、たとえば公的機関で多職種が連携して何かの事例に当っている時に、「この問題がうまく解決したと仮定して、うまくいった未来(1年後とか3年後とか)の立場から現在のそれぞれの機関の人に対して"どうしたらうまくいきましたよ、何をしたらうまくいきましたよ"と教えてあげる、というスタンスで、今何に取り組むのが効率的であるかを検討していく、という方法が注目されているという話です。
フィンランドから入ってきたそうです。
いわゆる未来志向型という範疇になります。
普通行われている検討とどこが違うかと言うと、"もう問題が解決されている未来"を前提としていることです。今起きている問題の分析にはあまりエネルギーを割きません。小さな違いのように感じるかもしれませんが、とんでもない、コペルニクス的な発想の転換です。思考が現実をつくりますから、もう解決された未来があるという前提で考えていくと、解決された未来がつくられる、という原則を実践しているわけです。
これ、自然破壊問題にも応用できそう。
ほんとにいい話を聞けました。
御茶ノ水で、解決志向ブリーフセラピー中級コースのワークショップを受けてきました。
明日もあります。
金曜日から何かと多忙で、体力に余裕のない状態でしたが、何とかなりました。
帰宅するなり爆睡(昨日もでしたが)、まだ眠いけど今書いておかないと忘れそうなので概略だけでも記録しておくことにしました。
解決志向ブリーフセラピーとは、クライアントが抱える問題へのアプローチのひとつの洗練された方法です。
問題には焦点を当てず、解決にのみ焦点を当てていきます。
日本に紹介された当初は、ミラクル・クエスチョンといって、「もしも奇跡が起きてすべてあなたが望む通りの一日を過ごせるとしたら、その一日は具体的にどんな一日ですか?」という切り出しでインタビューを始め、朝目覚めてから夜眠るまでの一日を本当に詳細に語らせる中に、その人に内在している解決方法を見つけるという方法が、非常に革新的で多くの人々の心を捉えました。残念ながらその中に医者はごく僅かしかいませんでしたが。
スケーリング・クエスチョンは、その応用というか親戚です。
「自分で思い描ける最高の1週間を10点、今までの人生の中で最悪だった1週間を1点とした場合、この1週間は何点でしたか?」というクエスチョンから始め、その得点の中身について、できるだけ多くを引き出していきます。それから「1週間の総合的な点として、欲しい点は、何点ですか?」と続け、「欲しい点を手に入れるためには何をしたらいいと思いますか?」と聞いていきます。そして、ゴールを手に入れるアクションを引き出していくのです。「"1点あがった状態"はどのような状態ですか?」「"1点あがった状態"になるのに役立つことはどんなアクション?」という具合に進めます。
4人グループで、聞く側と聞かれる側を反時計回りに4回やる、という形式のワークが行われました。2人が模擬セッションを行い、残りの2人は観察者をする、という設定です。最後はもちろん全員でシェアしあいます。
私に聞かれる側の役が回ってきた時、正直に言うべきか無難に逃げる方がいいか一瞬迷いました。固有名詞を完全に避けつつ、この説明が難しい状況を果たして言語化できるのか?と自信がなかったからです。でも誤魔化す方がもっと自信がなかったので、正直に話してみました。
「この1週間は6点。欲しい点は10点。6点の根拠は〇〇〇〇。10点の状態とは〇〇〇〇。その差を埋めるために今していることは〇〇〇〇・・・・。。"1点あがった状態"はありません。6点のまま、10点の状態を手に入れるための準備を続けるだけです。間はありません。今の6点のままでいるか、一気に10点になるか、そのどちからです。他に道はありません」
インタビューアーはとても困っていましたが、模擬演習ですからまとめる必要はなく、時間切れでシェアに入りました。思いがけず皆さん好意的共感的な反応でした。漠然とした抽象的な話だったけれど、ちゃんと先を見据えて今できることをやっている感じがして、バランスのとれた生き方をしているようだったので、聞いていて不安を感じず安心して聞いていられた。普通だったらあれこれ悩んでフラフラになりそうな話なのに、話がぶれなくて安定感があって、きっと10点を手に入れるんだろうなと感じた。6点か10点しかないという極端な断言も、普通なら何か反論したくなるはずなのに、反論する気が起きなかった。などです。そういう風に聞こえるんだーと、ちょっと意外でした。
ブログを読むだけでは何のことかわからないかもしれませんが、自分を知るためにまた一歩前進出来た、なかなかいいワークでした。
明日も続きます。きっと実りある2日間に仕上がると思っています。
明日もあります。
金曜日から何かと多忙で、体力に余裕のない状態でしたが、何とかなりました。
帰宅するなり爆睡(昨日もでしたが)、まだ眠いけど今書いておかないと忘れそうなので概略だけでも記録しておくことにしました。
解決志向ブリーフセラピーとは、クライアントが抱える問題へのアプローチのひとつの洗練された方法です。
問題には焦点を当てず、解決にのみ焦点を当てていきます。
日本に紹介された当初は、ミラクル・クエスチョンといって、「もしも奇跡が起きてすべてあなたが望む通りの一日を過ごせるとしたら、その一日は具体的にどんな一日ですか?」という切り出しでインタビューを始め、朝目覚めてから夜眠るまでの一日を本当に詳細に語らせる中に、その人に内在している解決方法を見つけるという方法が、非常に革新的で多くの人々の心を捉えました。残念ながらその中に医者はごく僅かしかいませんでしたが。
スケーリング・クエスチョンは、その応用というか親戚です。
「自分で思い描ける最高の1週間を10点、今までの人生の中で最悪だった1週間を1点とした場合、この1週間は何点でしたか?」というクエスチョンから始め、その得点の中身について、できるだけ多くを引き出していきます。それから「1週間の総合的な点として、欲しい点は、何点ですか?」と続け、「欲しい点を手に入れるためには何をしたらいいと思いますか?」と聞いていきます。そして、ゴールを手に入れるアクションを引き出していくのです。「"1点あがった状態"はどのような状態ですか?」「"1点あがった状態"になるのに役立つことはどんなアクション?」という具合に進めます。
4人グループで、聞く側と聞かれる側を反時計回りに4回やる、という形式のワークが行われました。2人が模擬セッションを行い、残りの2人は観察者をする、という設定です。最後はもちろん全員でシェアしあいます。
私に聞かれる側の役が回ってきた時、正直に言うべきか無難に逃げる方がいいか一瞬迷いました。固有名詞を完全に避けつつ、この説明が難しい状況を果たして言語化できるのか?と自信がなかったからです。でも誤魔化す方がもっと自信がなかったので、正直に話してみました。
「この1週間は6点。欲しい点は10点。6点の根拠は〇〇〇〇。10点の状態とは〇〇〇〇。その差を埋めるために今していることは〇〇〇〇・・・・。。"1点あがった状態"はありません。6点のまま、10点の状態を手に入れるための準備を続けるだけです。間はありません。今の6点のままでいるか、一気に10点になるか、そのどちからです。他に道はありません」
インタビューアーはとても困っていましたが、模擬演習ですからまとめる必要はなく、時間切れでシェアに入りました。思いがけず皆さん好意的共感的な反応でした。漠然とした抽象的な話だったけれど、ちゃんと先を見据えて今できることをやっている感じがして、バランスのとれた生き方をしているようだったので、聞いていて不安を感じず安心して聞いていられた。普通だったらあれこれ悩んでフラフラになりそうな話なのに、話がぶれなくて安定感があって、きっと10点を手に入れるんだろうなと感じた。6点か10点しかないという極端な断言も、普通なら何か反論したくなるはずなのに、反論する気が起きなかった。などです。そういう風に聞こえるんだーと、ちょっと意外でした。
ブログを読むだけでは何のことかわからないかもしれませんが、自分を知るためにまた一歩前進出来た、なかなかいいワークでした。
明日も続きます。きっと実りある2日間に仕上がると思っています。
2001年9月末に入院、10/5に手術、10/20に退院。
これが私のクッシング病(脳下垂体腫瘍)の入院治療経過です。
当時日本一の手術数を誇る大学病院で手術を受けました。執刀と退院後の外来主治医は教授でした。非常に優秀な医師だということは知っていましたが、日本脳神経外科学会のトップにまで上り詰められるとは当時は予想もしていませんでした。
私が知る限り、臨床医学部大学教授の中で、この先生に勝る人はいません。
医師として、臨床能力、研究能力、教育能力、すべて最高です。誰もが認める人徳者でもあります。家庭人としても満点。そして政治力もあるので学会トップになりました。
退院後、約8年、2~3か月ごとに外来通院していました。だいたい15分くらいの診察時間でしたが、そのほとんどが雑談でした。先生の方が私の話を聞きたがっていた節があります。病気と直接関係のない相談事をしたこともあり、逆に愚痴を聞いてあげたこともよくありました。親戚の叔父さんの所に遊びに行くような感覚でした。
ある厚生労働省の研究班で、先生は脳外科代表、私がよく知っている(家がすごく近所なんです)教授が神経内科代表、という組み合わせになったことがあります。診察室に入ると診察もそこそこにその話を始められ、「どうも僕はあの先生が苦手でね、まるで政治家と話をしているような気持ちになるんだよ」と仰いました。そこで私は「まあ先生、あの先生は"みたい"じゃなくて"政治家"ですよ。あの一族が竹下を育てたんです。ノウハウは本物です。云々かんぬん・・」と、具体的にどのような政治家ぶりであるかを教えてあげました。先生は本当に口をあんぐり開けて聞いておられましたっけ。
半年後の夏祭りでその神経内科教授とたまたま遭遇した時、先生の話になって、すごく嬉しそうに「この前、野球のボックス席がとれたから遊びに来ませんかと誘われてね、他の予定をキャンセルして楽しんできたんだよ」と言われました。その直後が受診日だったのでその事を先生に報告すると、澄ました顔で「ああ、あれはもう何か月も前の話ですよ」と言われ、余裕綽々で意味ありげな笑いを浮かべられました。あっ!政治家には政治家の接待をするのが正解だということに気づいてくださったんだ!と思いましたね。
非常に聡明な先生です。もしかしたらこの内科教授から医学界の政治とは何かをしっかり学ばれて、学会トップの座に就かれたのかもしれないなと思っています。
一度だけ、診察外でお会いしたことがあります。
真夏のことでした。飛行機を降りて連絡電車に乗り込んだ私は、とても疲れていたので数分ウトウトとしていました。ふと視線を感じて目を開けると、なんと向かいの席に先生が座っておられるではないですか。広い東京でそんなことってあるものかと我が目を疑いました。先生はすぐ私の所に来られ、「実は家内と北海道旅行に行ってきた帰りなんだ。君の隣に座っているのが家内です。ちょっと元気がないから話をしてやってくれないかな」そして奥様に何やら耳打ちして、席に戻られました。
え~いきなりですか、前振りなしですか、ぶっつけ本番ですか??
30分くらいでしょうか、奥様の方に体を向けて、私はカウンセリング頑張りました。
先生の仰った通り、奥様はいわゆる「空の巣症候群」になっておられ(自覚があるのが救いでした)、堰を切ったようにいろんな不安・思いを吐き出し続けられました。詳細は書ききれませんけれど、短時間で私は結果を出しました!電車を降りる頃にはすっかり安心した柔らかな顔になっていて、声のトーンまで違い、先生はその奥様を見てほっとしたように頷きながら私にウインクされました。
これで手術のお礼ができたかしら?と思いましたね。
学会理事長になられてしばらく経ったとき、偶然先生のインタビュー記事を読む機会がありました。とても感心させられる内容でしたが、印象が強かったのが「教養から学部に進む年に学園紛争が勃発して、1年間学部の勉強を始めるのが遅れた。それが歯がゆくてならず、学問に飢えた1年を過ごした。一日も早く学問をしたかった。あの飢えに比べたら、その後の苦労なんてどうということはありません」みたいなお話の部分です。
こういうハングリー精神って、素敵だなと思いましたっけ。
どうして(元)主治医のことを書きたくなったのかわかりません。
まさかと思いますが先生の身に何か起きていない事を祈ります。いいことならいくら起きても構いませんが、猛烈に忙しい日々の先生ですから、倒れたりしていないか心配です。
昨日はほとんど現実世界から離れた一日でしたが、今日はまあ普通に現実を生きていました。明日はもっとサクサク現実を生きたいと思います。
それではおやすみなさい。
これが私のクッシング病(脳下垂体腫瘍)の入院治療経過です。
当時日本一の手術数を誇る大学病院で手術を受けました。執刀と退院後の外来主治医は教授でした。非常に優秀な医師だということは知っていましたが、日本脳神経外科学会のトップにまで上り詰められるとは当時は予想もしていませんでした。
私が知る限り、臨床医学部大学教授の中で、この先生に勝る人はいません。
医師として、臨床能力、研究能力、教育能力、すべて最高です。誰もが認める人徳者でもあります。家庭人としても満点。そして政治力もあるので学会トップになりました。
退院後、約8年、2~3か月ごとに外来通院していました。だいたい15分くらいの診察時間でしたが、そのほとんどが雑談でした。先生の方が私の話を聞きたがっていた節があります。病気と直接関係のない相談事をしたこともあり、逆に愚痴を聞いてあげたこともよくありました。親戚の叔父さんの所に遊びに行くような感覚でした。
ある厚生労働省の研究班で、先生は脳外科代表、私がよく知っている(家がすごく近所なんです)教授が神経内科代表、という組み合わせになったことがあります。診察室に入ると診察もそこそこにその話を始められ、「どうも僕はあの先生が苦手でね、まるで政治家と話をしているような気持ちになるんだよ」と仰いました。そこで私は「まあ先生、あの先生は"みたい"じゃなくて"政治家"ですよ。あの一族が竹下を育てたんです。ノウハウは本物です。云々かんぬん・・」と、具体的にどのような政治家ぶりであるかを教えてあげました。先生は本当に口をあんぐり開けて聞いておられましたっけ。
半年後の夏祭りでその神経内科教授とたまたま遭遇した時、先生の話になって、すごく嬉しそうに「この前、野球のボックス席がとれたから遊びに来ませんかと誘われてね、他の予定をキャンセルして楽しんできたんだよ」と言われました。その直後が受診日だったのでその事を先生に報告すると、澄ました顔で「ああ、あれはもう何か月も前の話ですよ」と言われ、余裕綽々で意味ありげな笑いを浮かべられました。あっ!政治家には政治家の接待をするのが正解だということに気づいてくださったんだ!と思いましたね。
非常に聡明な先生です。もしかしたらこの内科教授から医学界の政治とは何かをしっかり学ばれて、学会トップの座に就かれたのかもしれないなと思っています。
一度だけ、診察外でお会いしたことがあります。
真夏のことでした。飛行機を降りて連絡電車に乗り込んだ私は、とても疲れていたので数分ウトウトとしていました。ふと視線を感じて目を開けると、なんと向かいの席に先生が座っておられるではないですか。広い東京でそんなことってあるものかと我が目を疑いました。先生はすぐ私の所に来られ、「実は家内と北海道旅行に行ってきた帰りなんだ。君の隣に座っているのが家内です。ちょっと元気がないから話をしてやってくれないかな」そして奥様に何やら耳打ちして、席に戻られました。
え~いきなりですか、前振りなしですか、ぶっつけ本番ですか??
30分くらいでしょうか、奥様の方に体を向けて、私はカウンセリング頑張りました。
先生の仰った通り、奥様はいわゆる「空の巣症候群」になっておられ(自覚があるのが救いでした)、堰を切ったようにいろんな不安・思いを吐き出し続けられました。詳細は書ききれませんけれど、短時間で私は結果を出しました!電車を降りる頃にはすっかり安心した柔らかな顔になっていて、声のトーンまで違い、先生はその奥様を見てほっとしたように頷きながら私にウインクされました。
これで手術のお礼ができたかしら?と思いましたね。
学会理事長になられてしばらく経ったとき、偶然先生のインタビュー記事を読む機会がありました。とても感心させられる内容でしたが、印象が強かったのが「教養から学部に進む年に学園紛争が勃発して、1年間学部の勉強を始めるのが遅れた。それが歯がゆくてならず、学問に飢えた1年を過ごした。一日も早く学問をしたかった。あの飢えに比べたら、その後の苦労なんてどうということはありません」みたいなお話の部分です。
こういうハングリー精神って、素敵だなと思いましたっけ。
どうして(元)主治医のことを書きたくなったのかわかりません。
まさかと思いますが先生の身に何か起きていない事を祈ります。いいことならいくら起きても構いませんが、猛烈に忙しい日々の先生ですから、倒れたりしていないか心配です。
昨日はほとんど現実世界から離れた一日でしたが、今日はまあ普通に現実を生きていました。明日はもっとサクサク現実を生きたいと思います。
それではおやすみなさい。
『あなたが一人で生きる時間は
あなたが一人ではないことを思い出す時間です』
1年前の今頃、わたしは一人で闇の中を彷徨っていました。
それはその前の年の夏から始まり、逃れる術を見つけられないまま、希望のない日々をただ生きていたのです。滅えることだけを望んでいました。目覚めることは絶望でした。
「それはうつ病だよ」
病名をつけることは簡単な事です。
薬は効きます。
でも本質に薬は効きません。
私の生き方、諦めの心が、病気という形で現実化していたのですから。
絵は全部納戸の中。1枚も出していませんでした。
私は何もかも忘れていたのです。
一人暮らしはあの頃とかわりません。
絵が1枚増えただけで持ち物もそうかわりません。
かわったのは私自身。
あいかわらず滅えることは怖くありませんけれど、滅えたくないという気持ちもあることを認められます。もう少し現世に留まりたい、幸せを望んでもいいじゃないか、世界をもっと赦してもっと愛して生きてみたい、輝く地球を見ていたい。
砂浜を歩く写真の、砂の上の足跡を見ていて思い出しました。
昔何かで読んだ一節。記憶なので文章は正確ではありません。
「並んだ二つの足跡が見えるね。
ところどころ一つになっている。
あの時あなたは一人で歩いていたのではない。
歩けないあなたを、わたしが背負って歩いていたのだ。
あなたはいつも一人ではない。
いつもわたしがとなりにいるよ」
語っているのは神様という設定だったと思います。
神様もいいですけどね。
いつもとなりにいるのだと、信じちゃってもいいのかなあ?
闇の中をひとりで彷徨うのはもう御免です。
どう考えても、信じちゃう方に軍配があがりますよね。
あなたが一人ではないことを思い出す時間です』
1年前の今頃、わたしは一人で闇の中を彷徨っていました。
それはその前の年の夏から始まり、逃れる術を見つけられないまま、希望のない日々をただ生きていたのです。滅えることだけを望んでいました。目覚めることは絶望でした。
「それはうつ病だよ」
病名をつけることは簡単な事です。
薬は効きます。
でも本質に薬は効きません。
私の生き方、諦めの心が、病気という形で現実化していたのですから。
絵は全部納戸の中。1枚も出していませんでした。
私は何もかも忘れていたのです。
一人暮らしはあの頃とかわりません。
絵が1枚増えただけで持ち物もそうかわりません。
かわったのは私自身。
あいかわらず滅えることは怖くありませんけれど、滅えたくないという気持ちもあることを認められます。もう少し現世に留まりたい、幸せを望んでもいいじゃないか、世界をもっと赦してもっと愛して生きてみたい、輝く地球を見ていたい。
砂浜を歩く写真の、砂の上の足跡を見ていて思い出しました。
昔何かで読んだ一節。記憶なので文章は正確ではありません。
「並んだ二つの足跡が見えるね。
ところどころ一つになっている。
あの時あなたは一人で歩いていたのではない。
歩けないあなたを、わたしが背負って歩いていたのだ。
あなたはいつも一人ではない。
いつもわたしがとなりにいるよ」
語っているのは神様という設定だったと思います。
神様もいいですけどね。
いつもとなりにいるのだと、信じちゃってもいいのかなあ?
闇の中をひとりで彷徨うのはもう御免です。
どう考えても、信じちゃう方に軍配があがりますよね。
澱みなくメッセージは語っていきます。
この時のために魂が決意して
転生のすべてを賭けて
チャレンジしていることを
あなたは忘れていないはずです
永遠の喜びと安らぎと共に
新たな至福の次元が開きます
魂の地球転生最後の卒業試験
3次元での学びを終えて
次なる次元へと旅立つ準備を始めている
自分の命の重みと
同じだけの存在
"自分自身"に回帰するための引力
自分自身の鏡として手放したり歪みを修復していく
未来でなく"いま"
できる最善を尽くすこと
まず自分を許し受け入れること
自分を信頼すること
欠片の濁りも残すことは許されない
魂の癒しとカルマの大清算
社会活動
そして地球のために
鵜呑みにする気はないんです。
でも腑に落ちることが多すぎます。
私はあの人ほどには自分を信頼できていません。
私が足りないのじゃない、あの人が凄すぎるのです。
なぜ私を探したのでしょう。
な ぜ私は見つけたのでしょう。
虹色の未来は実現するのでしょうか。
震える確信に力はあるのでしょうか。
この時のために魂が決意して
転生のすべてを賭けて
チャレンジしていることを
あなたは忘れていないはずです
永遠の喜びと安らぎと共に
新たな至福の次元が開きます
魂の地球転生最後の卒業試験
3次元での学びを終えて
次なる次元へと旅立つ準備を始めている
自分の命の重みと
同じだけの存在
"自分自身"に回帰するための引力
自分自身の鏡として手放したり歪みを修復していく
未来でなく"いま"
できる最善を尽くすこと
まず自分を許し受け入れること
自分を信頼すること
欠片の濁りも残すことは許されない
魂の癒しとカルマの大清算
社会活動
そして地球のために
鵜呑みにする気はないんです。
でも腑に落ちることが多すぎます。
私はあの人ほどには自分を信頼できていません。
私が足りないのじゃない、あの人が凄すぎるのです。
なぜ私を探したのでしょう。
な ぜ私は見つけたのでしょう。
虹色の未来は実現するのでしょうか。
震える確信に力はあるのでしょうか。
書きたい衝動を出し切ったら、少し楽になりました。
絵の前でも動けます。
三寒四温とはよく言ったもので、小雨模様の今日、・・寒い!
遠出の予定がなくてほんとに良かったです。お仕事もお休み。
久しぶりにエアコンを入れています。カーボンヒーターだけでは間に合いません。
断眠になりがちなせいでしょうか、いつも眠気があります。
現実逃避なのかもしれませんが眠っている時はとても幸せです。このまま目が覚めなくてもいい、と思っているため、目が覚めるとちょっとがっかりしますねえ。
虹色エッセンスの額装は、白地の背景ごと透明なクリスタルに包まれているというものです。まるで白雪姫みたいだなとずっと感じていました。
透明感のある生き生きとした美しい絵ですが、もしかして彼女はまどろんでいるのでしょうか?この絵は彼女の夢?王子様を待ちながら美しい夢の中にいるの?
小人の数は7人、虹の色も日本では7色。ちょっとだけ共通してます。
初めて発注方式で購入した絵です。ちゃんと向き合うようになってまだ9か月ほど。
ほんとうに長い年数、文字通り眠らせていました。この出会いはなかったことにしようとしていました。そうなっていても不思議はなかったんです。私に相応しくない絵をそばに置くことは拷問に等しい。美しすぎます。描いてあげる相手を間違えてるよ・・。
今でもこの絵が私の所にいていいのか自信はありません。
枕元の絵に至っては、今更手放すことはできないけれど、やっぱり私なんかが持っていていいものなのか自信がなくなってばかりです。
あと10日ほどで、新しい試みの原画展を見に行けます。
あの人を理解できていると感じることが少しでもできれば。
もっと自信を持って絵の所有者でいられるようになるのかしらね。
絵の前でも動けます。
三寒四温とはよく言ったもので、小雨模様の今日、・・寒い!
遠出の予定がなくてほんとに良かったです。お仕事もお休み。
久しぶりにエアコンを入れています。カーボンヒーターだけでは間に合いません。
断眠になりがちなせいでしょうか、いつも眠気があります。
現実逃避なのかもしれませんが眠っている時はとても幸せです。このまま目が覚めなくてもいい、と思っているため、目が覚めるとちょっとがっかりしますねえ。
虹色エッセンスの額装は、白地の背景ごと透明なクリスタルに包まれているというものです。まるで白雪姫みたいだなとずっと感じていました。
透明感のある生き生きとした美しい絵ですが、もしかして彼女はまどろんでいるのでしょうか?この絵は彼女の夢?王子様を待ちながら美しい夢の中にいるの?
小人の数は7人、虹の色も日本では7色。ちょっとだけ共通してます。
初めて発注方式で購入した絵です。ちゃんと向き合うようになってまだ9か月ほど。
ほんとうに長い年数、文字通り眠らせていました。この出会いはなかったことにしようとしていました。そうなっていても不思議はなかったんです。私に相応しくない絵をそばに置くことは拷問に等しい。美しすぎます。描いてあげる相手を間違えてるよ・・。
今でもこの絵が私の所にいていいのか自信はありません。
枕元の絵に至っては、今更手放すことはできないけれど、やっぱり私なんかが持っていていいものなのか自信がなくなってばかりです。
あと10日ほどで、新しい試みの原画展を見に行けます。
あの人を理解できていると感じることが少しでもできれば。
もっと自信を持って絵の所有者でいられるようになるのかしらね。
どうしてこんなに絵画好きになったのか、考えていました。
ごく若い頃は、そんなに絵が好きというわけではなかったのです。
クラシック音楽/ピアノの方がずっと好きでした。
大学の卒業旅行でオルセーとルーブル美術館に行った後からではないかしら?
上野にある美術館群に事あるごとに通い、地方や地元の美術館にも通い、画商が開く展示会に足を運び、銀座の画廊を回り、ミレニアム旅行ではバチカン美術館とルーブル美術館と大英博物館を回りました。
絵だけではなく、ガラスや陶器や民芸品や布・織物なども好きです。
初めて絵を買ったのは28才頃だと思います。
以来、慣らすと毎年1枚ペースで購入してきました。
どの絵もその時とても気に入って買った物で、買ったことを後悔する絵はありません。
絵と並んで、石もとても好きなので、結構買いました。とてもじゃないけど普段使いできないような石も多いですが、大好きな石、美しい地球の大地の欠片なので、これも買ったことを後悔するものはありません。
美術品は、まず一目でその全貌を知ることができる所が特徴だと思います。
他の芸術は、全部を味わうのに結構な時間がかかります。音楽も、文学も、舞踊も、まだいろいろありますが、みんな時間がかかりますよね。表現者と鑑賞者が時間を共有する中で初めて完成する芸術です。
絵は、それを描くには相当な時間がかかっているのに、鑑賞者が見る時は既に完成品になっています。見る人がどこまでその絵を理解出来るか味わえるかはまた別として、とりあえず一瞬で全貌を伝えられる。そしてずっと変わらず存在するので、鑑賞者が望めば永遠ともいえる時間をかけて表現したものを伝え続けられる。
変わらぬ完成された美しさ。封じ込まれた最高の一瞬。
鑑賞者すべてに等しく与えられる感動。
絵を取り巻く社会の変化、絵を見る人の心の変化に応じて変わっていくメッセージ。
静かな対話。
生身の人間とは、なかなか絵のようなお付き合いはできません。
まず、完成されていません。完璧な人間などおそらくいないはずなので。
次に、人間は変わっていきます。成長・進化の類の変化なら喜ばしいのですが、そもそも軸がふらついている人が圧倒的多数なので、連続性/一貫性のない変化がほとんど。その現象と付き合うのは、楽しさこそあれ、なんというか虚しい?感じがしてなりません。
勝手にやって!私を巻き込まないで!と思ってしまいます。
気に入って買った絵に裏切られたことはありません。
画家が心を込めて、魂を込めて描いた絵であれば、その存在は永遠だと思います。
きっと私は、永遠性という価値に限りない憧れを持っているのだと思いました。
ごく若い頃は、そんなに絵が好きというわけではなかったのです。
クラシック音楽/ピアノの方がずっと好きでした。
大学の卒業旅行でオルセーとルーブル美術館に行った後からではないかしら?
上野にある美術館群に事あるごとに通い、地方や地元の美術館にも通い、画商が開く展示会に足を運び、銀座の画廊を回り、ミレニアム旅行ではバチカン美術館とルーブル美術館と大英博物館を回りました。
絵だけではなく、ガラスや陶器や民芸品や布・織物なども好きです。
初めて絵を買ったのは28才頃だと思います。
以来、慣らすと毎年1枚ペースで購入してきました。
どの絵もその時とても気に入って買った物で、買ったことを後悔する絵はありません。
絵と並んで、石もとても好きなので、結構買いました。とてもじゃないけど普段使いできないような石も多いですが、大好きな石、美しい地球の大地の欠片なので、これも買ったことを後悔するものはありません。
美術品は、まず一目でその全貌を知ることができる所が特徴だと思います。
他の芸術は、全部を味わうのに結構な時間がかかります。音楽も、文学も、舞踊も、まだいろいろありますが、みんな時間がかかりますよね。表現者と鑑賞者が時間を共有する中で初めて完成する芸術です。
絵は、それを描くには相当な時間がかかっているのに、鑑賞者が見る時は既に完成品になっています。見る人がどこまでその絵を理解出来るか味わえるかはまた別として、とりあえず一瞬で全貌を伝えられる。そしてずっと変わらず存在するので、鑑賞者が望めば永遠ともいえる時間をかけて表現したものを伝え続けられる。
変わらぬ完成された美しさ。封じ込まれた最高の一瞬。
鑑賞者すべてに等しく与えられる感動。
絵を取り巻く社会の変化、絵を見る人の心の変化に応じて変わっていくメッセージ。
静かな対話。
生身の人間とは、なかなか絵のようなお付き合いはできません。
まず、完成されていません。完璧な人間などおそらくいないはずなので。
次に、人間は変わっていきます。成長・進化の類の変化なら喜ばしいのですが、そもそも軸がふらついている人が圧倒的多数なので、連続性/一貫性のない変化がほとんど。その現象と付き合うのは、楽しさこそあれ、なんというか虚しい?感じがしてなりません。
勝手にやって!私を巻き込まないで!と思ってしまいます。
気に入って買った絵に裏切られたことはありません。
画家が心を込めて、魂を込めて描いた絵であれば、その存在は永遠だと思います。
きっと私は、永遠性という価値に限りない憧れを持っているのだと思いました。
帰っておいでと
私を呼ぶ声がする
なつかしい声
あたたかい声
私の心に木霊する
ここがあなたの居場所だと
叫び続ける声がする
抗えない力で
絶対的な強さで
確信に満ちた声がする
何も考えられない
今までしがみついてきたことを
何も思い出せない
この旅の記憶は胡蝶の夢
封じていた記憶がすべてを圧倒する
水の惑星を旅してきた
緑の惑星を旅してきた
すべては再会の日のために
この目でこの手でこの足で
ほんとうのふるさとを見つけるために
帰っておいでと
私を呼ぶ声
長い長い旅の果て
帰ることができるのか
この声を信じたい
信じたい信じたい信じたい
私の心に木霊する声
それはきっと
心からの私の願い
私自身の魂の叫び
私を呼ぶ声がする
なつかしい声
あたたかい声
私の心に木霊する
ここがあなたの居場所だと
叫び続ける声がする
抗えない力で
絶対的な強さで
確信に満ちた声がする
何も考えられない
今までしがみついてきたことを
何も思い出せない
この旅の記憶は胡蝶の夢
封じていた記憶がすべてを圧倒する
水の惑星を旅してきた
緑の惑星を旅してきた
すべては再会の日のために
この目でこの手でこの足で
ほんとうのふるさとを見つけるために
帰っておいでと
私を呼ぶ声
長い長い旅の果て
帰ることができるのか
この声を信じたい
信じたい信じたい信じたい
私の心に木霊する声
それはきっと
心からの私の願い
私自身の魂の叫び
見えない檻に囲まれた船
その船に乗って
長い長い航海をしてきた
偽りの自由の中で
偽りの充足の中で
封じられた記憶を思い出すことなく
これが自分だと疑いもせず
長い長い旅をしてきた
灯台の灯りが見える
初めての灯台
地図にない灯台
目指さずにはいられない
あそこには何か大切なものがある
船は進まない
こんなことは今までなかった
泳いででも辿り着きたい
船を降りようとして初めて気づく
この船は檻で囲まれていた
封じられた世界の中で
彷徨う旅をしていただけだと
灯台の灯りが見える
あそこには何かがある
思い出すべき大切な何か
檻はもういらない
私は私を解放する
見えない檻を作ったのは他ならぬ私
封印はもういらない
魂を自由に解き放とう
現れた灯台
そこはきっと私のふるさと
お帰りなさいと声が聞こえる
そうだ帰ろう
約束の地へ
学びの時は満ちた
封じた記憶を解き放ち
長い長い旅は終わりに
なつかしいふるさと
なつかしい人
気が遠くなる航海でした
でもやっと帰ってこれた
わたしは自由
わたしたちは自由
次の航海に出る時は
同じ船に乗りましょう
どこも目指さなくていい
あなたのいる所が私のふるさと
どこにも帰らなくていい
今度こそ宇宙のすべてを
今度こそ本当に自由に
光の旅を続けましょう
その船に乗って
長い長い航海をしてきた
偽りの自由の中で
偽りの充足の中で
封じられた記憶を思い出すことなく
これが自分だと疑いもせず
長い長い旅をしてきた
灯台の灯りが見える
初めての灯台
地図にない灯台
目指さずにはいられない
あそこには何か大切なものがある
船は進まない
こんなことは今までなかった
泳いででも辿り着きたい
船を降りようとして初めて気づく
この船は檻で囲まれていた
封じられた世界の中で
彷徨う旅をしていただけだと
灯台の灯りが見える
あそこには何かがある
思い出すべき大切な何か
檻はもういらない
私は私を解放する
見えない檻を作ったのは他ならぬ私
封印はもういらない
魂を自由に解き放とう
現れた灯台
そこはきっと私のふるさと
お帰りなさいと声が聞こえる
そうだ帰ろう
約束の地へ
学びの時は満ちた
封じた記憶を解き放ち
長い長い旅は終わりに
なつかしいふるさと
なつかしい人
気が遠くなる航海でした
でもやっと帰ってこれた
わたしは自由
わたしたちは自由
次の航海に出る時は
同じ船に乗りましょう
どこも目指さなくていい
あなたのいる所が私のふるさと
どこにも帰らなくていい
今度こそ宇宙のすべてを
今度こそ本当に自由に
光の旅を続けましょう