いっしょに生きよう、明るいみらい。 -25ページ目

いっしょに生きよう、明るいみらい。

~町田れいじ Official Blog~
「いっしょに生きよう、明るいみらい。」をスローガンに、大和市
に新しい風を送るため、日々チャレンジを続けている市議会議員
「町田れいじ」の公式ブログです。

先日の決起集会で、20年来の親友の横山大輔くんが、町田れいじの応援歌を披露してくれました!

下記のリンクから再生できるので、是非聴いてみてください!!

[VOON] 一緒に生きよう 明るい未来

「一緒に生きよう 明るい未来」 作詞作曲 横山大輔

一緒に生きよう あかるいみらい
僕らの町を愛するために
町田れいじが いま立ち上がる
迷いはないさ 君に託そう

共に喜びをわかちあい
共に悲しみを わけあえば

一人ぼっちにバイバイ
その笑顔は 二倍に

一緒に生きよう 明るい未来
ぼくらの町を愛していこう
大和の民が 今立ち上がる
愛と平和で 世界をかえよう

被災地での心のケアがニュースでも取り上げられていました。

避難所でも子どもたちに出会いました。まだ言葉にうまくできない分、子どもたちはストレスをためやすく、そして後にも残りやすいといわれています。

今、本当に心のケア、話しを聞いてくれる人、おもちゃ、子ども用の文房具、体をいっぱい使って遊べる相手、本当に子どもが子どもらしく生きられるための全てのものが必要です。

同じニュース番組で避難している子どもに「戻りたい?」「さびしくない?」などと繰り返しインタビューしている映像も流れました。実情を広く日本中に知ってもらうことも必要ですが、もう少し気を使ってもいいのではと心が痛みます。

今わたしができること。今日もそれを考えさせられた一日でした。


私が小学校時代6年間お世話になった学童保育わんぱくクラブの30周年記念式典が行われました!

市長さんや議員さんも来られてました。

でも、主役はもちろん子どもたち!!

併せて行われた入所式・卒所式。

わんぱくの卒所式の特長は、1人ひとりに向けて書かれた卒業証書。1人ひとり違う、その文面は本当に子どもたちに寄り添い、子どもたちを良く知っている指導員さんにしか書けない言葉です。

そして式典の中では歴代の指導員さん達にも感謝状が贈られました。これまた1人ひとり、心のこもった文面で、思わず涙が出てきました。

今月は何かと涙の止まらない事が多いです!


しかし、感動していたのもつかの間。現役の子どもたちにまた今日もいじられまくり・・・

輪ゴムで狙われるわ、スーツで顔を拭かれるわ・・・(笑) 相変わらずなわんぱく。

でも小学校を卒業して以来の先輩たちにも会えたりして、とてもとても嬉しい式になりました。

震災の影響で、おにぎりとお茶とお菓子だけだったけど、心暖まる一時でした。

わんぱくのみなさん、お疲れさまでした&ありがとうございました!!


学童保育わんぱくクラブ

http://wanpaku-club.com/

24時間の強行軍で支援に入ったいわき市でしたが、短いながらもたくさんの事を得て帰ってきました。


福島は今、原発の報道が中心ですが、もちろん津波の被害にも遭っています。

30キロの区域内には物資がなかなか届きません。さらには30キロ範囲外からも、ぞくぞくと人々が市外に避難しているため街はゴーストタウンになりそうです。


特に30キロ区域内にいて、避難所にも行くことができない要介護者を抱えた家庭や、ご自身の体が不自由な方がまだ相当数存在しています。そのような方々には物資、特に医療が滞っています。持病を抱えている人、特に糖尿や高血圧の方々にとっては命に関わる状態です。


避難所では子どものストレスも限界に近付いています。子ども達には遊んでくれる大人や、長い夜を共に過ごすぬいぐるみ、イライラが頂点に達しつつある大人達の中で、静かに遊ぶためのおもちゃやゲーム機などが必要です。

多くの方から、お風呂に入りたいという声を聞きました。



そして、驚き、涙したことがあります。


避難所の方々に「大丈夫?食料は足りてる?」と聞くと、必ずといっていいほど「大丈夫です。足りています。」と答えられます。特に高齢の方ほどそうです。


でも、実はこの2週間、おにぎりと水しか口にしていなかったりするんです。

避難するときに車のドアに挟んだ足首が、紫色にはれ上がっているのを、モンペで隠していたりするんです。


「あたたかいモノが食べたい!ケガが痛い!助けて!」

と言わない。言えない。

いわきの方々はこんな状況でも、遠慮して、「ありがとう」より「すみません」と言います。


それなのに自分はどれだけのことに不満を持ち、それを口にしてきたか・・・・

涙が止まりませんでした。



まずは避難所に行っていない方々の把握と対応が急務です。

そして避難所ではストレスの解消、軽減、ケアが必要です。




私にもできること。私がやらなきゃいけないこと。

それは時間と共に変化していくことでしょう。


大切なのは、この思いを続けて行くこと。

残念ながら、多くの人がこの災害を、福島を一度も思い出さないで一日を終える日が必ずやってきます。

それはそう遠い日ではありません。

一か月か二カ月か、半年か・・・一年か・・・・


でも、今回いわきで会った人々は、これからの一カ月、これからの一年、これからの何十年を生きて行かなくてはなりません。

私たちも、今胸にある熱い想いをできるだけ長く! もちつづけ、またその時その時、できる精一杯を見つけて実行し、被災地を支えて行きましょう!!


がんばろう日本!

がんばろういわき!!




世界中からボランティアが集まっています。感謝。
全員とご挨拶したかったのですが、後ろ髪を引かれつつベースを後にします。
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医薬品のベースになっている医師会館です。市内いたるところで地割れと液状化の被害が出ています。
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いわき市保健医療センターで市の担当者と情報交換をしています。
ここでも情報がなかなか集まってこないので困っているそうです。$いっしょに生きよう、明るいみらい。
各地でスクリーニング(被ばくしているかの検査)が行われています。$いっしょに生きよう、明るいみらい。