いっしょに生きよう、明るいみらい。 -23ページ目

いっしょに生きよう、明るいみらい。

~町田れいじ Official Blog~
「いっしょに生きよう、明るいみらい。」をスローガンに、大和市
に新しい風を送るため、日々チャレンジを続けている市議会議員
「町田れいじ」の公式ブログです。

すでにタウン紙で発表されておりますが、町田れいじは今回、本当の無所属の立場を貫き、利権やしがらみだらけの政治を正すために、同じ1980年(昭和55年)生まれの赤嶺太一議員と共に「明るいみらい・やまと」という会派を結成いたしました。


コンセプトは「クリーンさ」、「若さ」、そして「わかりやすさ」。


とくにこれまで市議会や市の政治にあまり興味のなかった方々にも私たちの活動を知っていただくために、あの手この手でお知らせしていきたいと思います。


議員1年生。しかも2人とも議会では一番若い。

そんな2人の挑戦は正直不安もありますが、精一杯がんばります!

これからも市民の皆さまの応援だけがたよりです!!

よろしくおねがいします!!!


いっしょに生きよう、明るいみらい。

今日も引き続き新人研修でした。

その後は6:00から市長や市の幹部、先輩議員さん達が加わって懇親会へ。


そもそもお酒がメチャメチャ弱いし、懇親会とかで上手に懇親できるほど器用でもないので本当に緊張しました。


ところで突然ですが、下の写真は本日5:30頃に撮影した同僚の赤嶺太一議員です。

何が変かお気付きになりますでしょうか?


いっしょに生きよう、明るいみらい。



そう!30分後に食事をしに行くのに、コンビニでロールケーキ買って食ってる!!(笑)

そんなパワフルで、緊張をほぐしてくれる素晴らしい友人なんです。

ありがとう!(笑)


今日は新人議員研修で市内の見学を行いました。


そこで行ったのが県北部住民にはなじみの薄い「ゆとりの森」

これは厚木基地の緩衝緑地だった所を市が借りて公園整備している地区です。

公園内は芝生が広くてとてもゆったりとした感じ。

子どもの国に似てますね。みどり幼稚園の遠足にぴったりな感じです。


しかし、現実に引き戻されることが2点・・・


滑走路の延長線上にあるので飛行機が超間近!

超マジか?ってほど爆音がすごいです(><)


そしてこの公園の整備財源。

30億円という額はまあ適正なのですが、その75%が国の「防衛施設費」

つまり爆音の見返りとしての要素が大きいお金なのです。。。

そして5%は県の補助金。

残り20%が市のお金なのですが、実にその75%が借金という・・・


子どもたちに爆音を残し、借金を残す、「ゆとりの森」。

意見が分かれるところでしょう。


でも、すごくすごーく良い公園です。。。


いっしょに生きよう、明るいみらい。

震災直後の福島県いわき市で、液状化現象を目にしました。

また震災当日は、地元の中学校を卒業した中学生たちがディズニーランドに遊びに行っていて、液状化現象を目の当たりにしたという話を聞きました。


今、液状化現象が起きにくい地盤を有する宅地が人気だそうです。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110515-00000001-jct-bus_all

一時のブーム的な気もしますが、実は私たちの大和市も相模野台地と呼ばれる台地に位置し、比較的堅い地盤の上にあると言われています。こういった視点からも安心な町かもしれませんね。(とは言え油断は絶対に禁物ですが!)


ちなみに液状化って何?なんで起こるの?って疑問は以下のページの説明がわかりやすかったです。

http://www.hrr.mlit.go.jp/bosai/niigatajishin/paneru/ekijoka/introduction.html


関東で大震災が起きた場合、東京や横浜に比べ、大和市の被害は若干軽いだろうと思われます。

しかしそれだけに我々は同じ地震による被災者でありながら、むしろもっと被害の多い地域に救援に向かわなければならない状況になるかもしれません。

有事の自助体制。それに加えた他市町村への支援体制の確立。幅広い視点での災害対策が必要です。

更新が一日ずれて今日になってしまいました(><)

5月4日の災害支援報告をアップします。



5月4日は支援チームからみどり幼稚園の先生1名、大学生1名、ドライバー兼肉体労働担当で私も含め2名で気仙沼チームを結成し、午前6時半ごろ石巻のベースキャンプを出発。

海岸沿いの道路が閉鎖されいる可能性を考え、山間を進むことに。

ところが山間も地震による崩落で通行止め。


おかげで農道やら林道やらをひた走り、ようやく国道45号線にたどり着きました。

そして南三陸町を通り、気仙沼へ。


南三陸町は想像を絶する状態でした。

ビルの4階以上の高さがあろうかという高架の上に流された家が乗っかっていました。

鉄筋コンクリートのビルも全てのガラスが割れ、中にガレキが詰まっていました。

ガソリンスタンドに家が突っ込んで止まったままでした。


いっしょに生きよう、明るいみらい。
(南三陸町のようす)


しかし少し道を登ると、まるで何事もなかったかのような田舎の風景が広がります。


そしてまた道を下り、カーブを曲がり、目の前に海が見えるとどこまでも広がる廃墟。


その繰り返しの国道45号をひた走り、気仙沼市本吉町に到着。

登米沢という本当に小さな集落の集会所で葛飾区からの支援チームに合流して活動を開始。

シャンティ国際ボランティアも、こんな小さな公民館にまで来てくれていました。

(詳細が写真入りで載っています。)http://sva.or.jp/eru/tohoku/tohoku201105061237.html#more


いっしょに生きよう、明るいみらい。

(登米沢公民館)

山間のこの地域では、未だに水道が復旧しておらず、自衛隊の給水車が何度も往復してくれていました。


さて、今回のイベント内容は鉛筆のつかみどりゲームと、鉛筆の削りかすからできた粘土を型に入れて作る工作コーナー。

大和市の方々からの支援物資(絵本やおもちゃ、衣類、ゲーム、靴など)はこの登米沢の集落の方々に差し上げました!是非、機会があればこの気仙沼市本吉町登米沢地区を訪れてみて下さい!


いっしょに生きよう、明るいみらい。
(葛飾区議会議員の大高拓さんの支援チーム。彼らは「防災士」という資格を持ったプロです。)


大人も子どももおじいちゃんもおばあちゃんも夢中になって鉛筆の数を競い、工作に取り組み、お昼はお坊さんのチームが作ってくれた炊き出しをいただきました。

9時から2時くらいまでの間の活動でしたが、サルの着ぐるみを着た幼稚園の先生と、ドラえもんの着ぐるみを着た大学生の女の子は子どもたちに大人気!

タコの帽子をかぶった私には誰ひとりツッコミを入れてくれる人がいませんでしたが・・・(笑)


別れ際、子どもたちが名残惜しそうに

「次はいつ来てくれるの?」

「私たちのこと、忘れないでね。」


そういっていつまでも見送ってくれました。

思い出すと涙が出てきます。

必ずまた行かなければ。そう心に誓いつつ、気仙沼を後にしました。


その後石巻のベースキャンプに戻り、午後6時半頃に現地を出発。

帰りは東北道の大渋滞を避け、常磐道からいわき市を通り、午前3時過ぎに帰宅しました。



いっしょに生きよう、明るいみらい。
(石巻のベースキャンプにて)



約50時間の強行軍。

今回の支援活動を通して考えさせられたことは、やはり復興への道のりの、あまりに困難な現実です。

もう無理なんじゃないか。

残念ながら、今回の地域を訪れ、全身でこの状況を見て来られた方なら誰もがそう思ってしまうのではないでしょうか。



でも、何も無くなってしまい、どこまでも廃墟のつづく南三陸町ではボランティアのためにと、建物も何も無くなってしまったガソリンスタンドが国道沿いに点々と営業していました。


段ボールに手書きで

「あきらめないで営業中」

「みんなでがんばろう」

そう書かれた看板を持って、スタンドの店員さんが立っていました。



私たちは決してあきらめてはいけない。

私たちは決して忘れてはいけない。



今回は様々な事情が絡んで、ボーイスカウトの自分の隊のメンバーを連れていくことができませんでした。

しかしその代わりに年齢も性別もバラバラなメンバーで行くことができました。

今回参加したメンバーはそれぞれのコミュニティでこの事を伝えてくれるでしょう。

そして、ますますたくさんの、そしてますます多様な人々が被災地に行き、それぞれの持っている長所を生かして、共に復興を目指してがんばっていけるといいな。そう思いました。



帰り道、みんなで話し合いました。


10年後、今回のメンバー全員でもう一度ここを訪れよう。

そして見事に復興した町で、今日のことを思い出そう。

そのためにも必ずまた近いうちに、復興のために働きに来よう。


必ずそうしましょう!

いっしょに生きよう、明るいみらい!









連休中、新しく/再び選ばれた大和市議会議員さん達の間では、さっそく新議会に向けての多数派工作が進んでいたようですが・・・

日本中が被災地の事を思い、たくさんの人が被災地にボランティアに入っている中で、これらからの政治を担う若者が何をすべきかと考え、敢えて再び被災地に行ってきました。



行ってきたのは石巻市と南三陸町と気仙沼市。

大震災でも津波の被害が特にひどかった地域です。



前回は震災直後、放射線の危機が迫る福島県での活動でしたが、今回は発生後約2ヶ月が経とうとしている地域。

被災地のニーズは第一期(緊急医療・緊急物資補給)から第二期(インフラの回復・生活の復旧・心的ケアの開始)に移行しつつある段階でもあり、子どもの心のケアに重点を置いた支援を行いました。



5月3日の夜0時30分頃に大和を出発。

朝の8時半頃に石巻市に到着。


大和・座間・相模原のボーイスカウトリーダーを主力としたチームと合流し、活動を開始。


向かったのは「渡波地区」(わたのは、と読みます)

今日のニュースにもあるとおり、地震による地盤沈下で満ち潮の時間になると浸水する地域です。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110508-00000015-khk-l04

壊滅した町に残った渡波小学校の校庭で、キャラメルポップコーンやお汁粉、やきそばやハンバーガーの炊き出しやゲームコーナーの設置、こいのぼり挙げなどを行いました。


他にも各地からのボランティア団体が童謡コンサートや工作コーナーを行ったりもしていて、避難所の子ども達や、地域から集まってきた方々が「お祭りみたいだね!」と、被災地でしばし、GWらしさを感じていただけたようでした。



①こいのぼりを挙げました。
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②お店(もちろん無料ですが)コーナー
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③海老名市議会議員の森下賢人さん。

http://kento-fj814.mo-blog.jp/  (今回の活動が詳しく載っています)

ボーイスカウト海老名第1団の団委員長さんでもあります。

ボーイスカウトの大先輩。サバイバルのプロです。
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④ゲームコーナー
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⑤兵庫県のボランティア団体の童謡コンサート。

ここまでの写真は一見すると平和なお祭りに見えますが、この写真ではステージの後ろに生々しいガレキの山が見えます。
いっしょに生きよう、明るいみらい。


⑥ベースキャンプでの夕食。

ボースカウトの災害支援は自給自足。野球場にテントを張って、テントや車で眠り、また日が昇れば活動を始めます。平素からの訓練の成果がいかんなく発揮される場にもなりました。
いっしょに生きよう、明るいみらい。


この日の活動は、ストレスを抱えている子ども(+大人)に、ほんの少しの間でも「非日常」を提供し、ストレスを解消してもらおうというものでした。

本当にたくさんの子どもたちが笑顔を見せてくれました。

そして大人たちも「こういうのは久しぶり。嬉しいねぇ。」と声をかけて下さり、こちらが嬉しくなってしまいました。


でも、一方で私が感じていたのは、GWが終わってしまったらこんなに楽しい校庭にもボランティアの姿はなくなり、本来なら非日常であるはずの避難生活という「日常」が待っているという石巻の現実です。

いまだに渡波地区では小学校も再開されていませんでした。

そんな中で、一時のお祭りがどれだけ役に立つのか。むしろその後の寂しさをあおるのではないか。

そんな不安もありました。

ただ、自分達が持っているスキルを生かして、被災地でも特に弱く、将来にわたって影響を受けてしまう存在である子どもたちに、今この時、出来る限りのことをしてあげたい。そんな思いから発足した今回のプロジェクト。

参加したからには・・・と、不安を振り切るように無心で働いた一日でした。


5月3日は一日、渡波小学校で活動し、ベースキャンプに移動。

5月4日は南三陸町~気仙沼に移動して活動することになりました。こちらは明日アップ予定です。




22時頃就寝。私は車中泊でした。

今日は議員としての正式な初登庁日。

国会議員のそれと比べると大分地味でしたが、それでも議会事務局の方々の心尽くしのお迎えを頂き恐縮しきりでした。

なかなか、実際に見る機会というのは無いと思いますので写真をアップしてみます!

でも、自分で自分の写真を撮るのとかは趣味じゃないので、たまたま朝、市役所で会ったみんなの党の「佐藤正紀」議員の初登庁の様子を撮ってみました!


①ノボリとタスキを付けて自転車で登庁。自転車で登庁しているのは自分くらいかと思っていたら他に佐藤議員も含めて2名おりました。


いっしょに生きよう、明るいみらい。


②職員さんに議員バッジを付けていただきます。

ちなみに1個2500円らしいです。参議院議員バッジは1万3000円です。ご参考まで。

いっしょに生きよう、明るいみらい。


③花束をいただいて、記念撮影。

ところでこの写真は何に使うんでしょうか・・・

いっしょに生きよう、明るいみらい。

夕方には久しぶりに「我が家」こと「学童保育わんぱくクラブ」へ!

あいかわらず子どもたちにボコボコにされました。

でも子どもたちと遊ぶと癒されます。

お迎えに来た保護者の方にもお声掛けいただいて、色々とためになるアドバイスをいただきました。

本当にわんぱくクラブの皆さまにはお世話になっています。。


これからいよいよ始まる議員活動。

大和市のために、子どもたちのために、私たちみんなのみらいのために頑張ります!!!


これから石巻と気仙沼に行ってきます!

今回は被災地の子ども達のための活動です。
みなさんからお預かりした支援物資を持って。
なぜかサルの着ぐるみを着て。

被災地の10年後、20年後を担う子どもたちのために、がんばってきます!

選挙期間中には普段関わっていたたくさんの子どもたちに色々ガマンさせてしまいましたあせる

新潟で寮に入って高校に通っている子がGWに帰郷するということなので、おわびとご報告も兼ねてお迎えに行ってきました。


携帯使用禁止、自転車所有禁止の寮。

コンビニまでは歩いたら果てしない感じの距離です。。

自分は高校の時にNZに飛ばされましたが、新潟もなかなか・・・

でも子ども自身は生き生きしてて、この学校にして良かった!と言ってくれたのが何よりニコニコ


いつの時代も親の取り越し苦労ってのは普遍ですね。

と、相変わらず親じゃないけど、親気分な一日でした。



でも朝10時に出て新潟行って、帰りに大磯まで子どもの友達を送ってから帰って来たのが2時。

さすがに疲れたダウン



明日の夜からは石巻に行きます!!


日本全国、いっしょに生きよう明るいみらいアップアップ



いっしょに生きよう、明るいみらい。

今日は市役所に行って当選証書をいただいてきました。


風のものすごい中、選挙を戦い抜いたママチャリに乗って市役所へ。

髪はボサボサ、うっすら汗をかいた悲惨な状態で他の議員さんたちに一通り挨拶。

そして初めて28人の議員が全員揃い、うやうやしく当選証書をいただきました。


それにしても、この当選証書は立派すぎる気がします・・・

中身の紙だけでいいんじゃない?と省エネ・エコ世代は思ってしまいますが。

今後の予定も発表されて、初登庁は5月6日のもようです!


毎日あいさつ廻りで大忙しですが、事務所の片づけもしなければならず、選管に出す書類も早く作らなきゃで・・・

相変わらず寝不足。一日24時間じゃ全然足りませーん!!!!


いっしょに生きよう、明るいみらい。