石巻~気仙沼での災害支援記録 | いっしょに生きよう、明るいみらい。

いっしょに生きよう、明るいみらい。

~町田れいじ Official Blog~
「いっしょに生きよう、明るいみらい。」をスローガンに、大和市
に新しい風を送るため、日々チャレンジを続けている市議会議員
「町田れいじ」の公式ブログです。

連休中、新しく/再び選ばれた大和市議会議員さん達の間では、さっそく新議会に向けての多数派工作が進んでいたようですが・・・

日本中が被災地の事を思い、たくさんの人が被災地にボランティアに入っている中で、これらからの政治を担う若者が何をすべきかと考え、敢えて再び被災地に行ってきました。



行ってきたのは石巻市と南三陸町と気仙沼市。

大震災でも津波の被害が特にひどかった地域です。



前回は震災直後、放射線の危機が迫る福島県での活動でしたが、今回は発生後約2ヶ月が経とうとしている地域。

被災地のニーズは第一期(緊急医療・緊急物資補給)から第二期(インフラの回復・生活の復旧・心的ケアの開始)に移行しつつある段階でもあり、子どもの心のケアに重点を置いた支援を行いました。



5月3日の夜0時30分頃に大和を出発。

朝の8時半頃に石巻市に到着。


大和・座間・相模原のボーイスカウトリーダーを主力としたチームと合流し、活動を開始。


向かったのは「渡波地区」(わたのは、と読みます)

今日のニュースにもあるとおり、地震による地盤沈下で満ち潮の時間になると浸水する地域です。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110508-00000015-khk-l04

壊滅した町に残った渡波小学校の校庭で、キャラメルポップコーンやお汁粉、やきそばやハンバーガーの炊き出しやゲームコーナーの設置、こいのぼり挙げなどを行いました。


他にも各地からのボランティア団体が童謡コンサートや工作コーナーを行ったりもしていて、避難所の子ども達や、地域から集まってきた方々が「お祭りみたいだね!」と、被災地でしばし、GWらしさを感じていただけたようでした。



①こいのぼりを挙げました。
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②お店(もちろん無料ですが)コーナー
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③海老名市議会議員の森下賢人さん。

http://kento-fj814.mo-blog.jp/  (今回の活動が詳しく載っています)

ボーイスカウト海老名第1団の団委員長さんでもあります。

ボーイスカウトの大先輩。サバイバルのプロです。
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④ゲームコーナー
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⑤兵庫県のボランティア団体の童謡コンサート。

ここまでの写真は一見すると平和なお祭りに見えますが、この写真ではステージの後ろに生々しいガレキの山が見えます。
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⑥ベースキャンプでの夕食。

ボースカウトの災害支援は自給自足。野球場にテントを張って、テントや車で眠り、また日が昇れば活動を始めます。平素からの訓練の成果がいかんなく発揮される場にもなりました。
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この日の活動は、ストレスを抱えている子ども(+大人)に、ほんの少しの間でも「非日常」を提供し、ストレスを解消してもらおうというものでした。

本当にたくさんの子どもたちが笑顔を見せてくれました。

そして大人たちも「こういうのは久しぶり。嬉しいねぇ。」と声をかけて下さり、こちらが嬉しくなってしまいました。


でも、一方で私が感じていたのは、GWが終わってしまったらこんなに楽しい校庭にもボランティアの姿はなくなり、本来なら非日常であるはずの避難生活という「日常」が待っているという石巻の現実です。

いまだに渡波地区では小学校も再開されていませんでした。

そんな中で、一時のお祭りがどれだけ役に立つのか。むしろその後の寂しさをあおるのではないか。

そんな不安もありました。

ただ、自分達が持っているスキルを生かして、被災地でも特に弱く、将来にわたって影響を受けてしまう存在である子どもたちに、今この時、出来る限りのことをしてあげたい。そんな思いから発足した今回のプロジェクト。

参加したからには・・・と、不安を振り切るように無心で働いた一日でした。


5月3日は一日、渡波小学校で活動し、ベースキャンプに移動。

5月4日は南三陸町~気仙沼に移動して活動することになりました。こちらは明日アップ予定です。




22時頃就寝。私は車中泊でした。