今日、大きめの段ボール箱に入った何かが家に届きました。
受取人は妻。
なんだろう?
開けてみると・・・・
????
なんだ??
う、うわーーーーーーっ!?
スライムが現れた!!!!
ちなみに等身大だそうです・・・・
というか、スライムの等身大ってなんだ??
931ページの資料を読まなければと言っていた話ですが、今日は本番。私の所属する文教市民経済常任委員会が行われました。
先週金曜日に行われた環境建設常任委員会が9時~15時で終わったので、楽観視していたのですが・・・
なんと!9時に始まって、委員会が終わったのが20時過ぎ!!
お尻の感覚がなくなりました。
でも朝一番で傍聴に来て励ましてくれた友人もいて、なんとか乗り切れました!ありがとう!!
さて、一息つく間もなく、これから22日に行う一般質問の準備です!!
決算書の読み込みに忙しい毎日ですが、他の仕事や視察もしていまして、昨日は横浜市の「雇用・能力開発機構神奈川センター」のイベントがあり、見学に。
同僚の赤嶺市議はここの修了生ということもあり、ご紹介いただいて山本市議と一緒に行ってきました。
http://www.ehdo.go.jp/kanagawa/
この日は子どもたちが無料で「モノづくり」に参加できるとあって、台風の中でも500人以上の方々が来られていました。
子どもたちは旋盤や専門工作機械、電子部品などを使って大人顔負けの様々なおもちゃ作りを楽しんでいました。
私は大人なので参加できませんでしたが、できればやりたかった(><);
そして今日は大和市平和都市推進事業実行委員会のイベントで映画界のスタッフをしました。
長崎の原爆を扱った映画「アンゼラスの鐘」という映画の上映と原爆のパネル展を保健福祉センターで行ったのですが、チケットがあまり売れていない・・・という前情報に反してたくさんの方々が見に来てくださってホっとしました。
長崎にはまだ行ったことがないので是非早いうちに行きたいと改めて思いました。
私のホームタウン、大和市と言えば最近有名なのが「なでしこJAPAN」
とはいえ、別にこれまで女子サッカーが大和市で注目されていたかといえばそれほどでもなく、アジア杯での活躍をみて市民の中には少し事の重大さに気づいた人もおり、今回のW杯で市長はじめ市民みんなが突然女子サッカーファンになっちゃたというおめでたい町なのであります(笑)
そんな私たち大和市民のためにも、なでしこJAPANはがんばってくれているわけありまして、またまたまたまた大和市出身大和市育ちの選手たちが活躍してくれています。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110901-00000353-sph-socc
いつか大和市でなでしこリーグのチームがつくれたら、と夢見ています。
そうするとチーム名はやはり「大和なでしこ」になるのでしょうか?
大和市議会9月定例会の一般質問、町田れいじの登壇予定は、
9月22日(木)の午後になりました!!
内容は待機児童問題と保育ママさん制度についてです!
ぜひ、この機会に生の議会を見に来て下さい!!!
大震災からもうすぐで半年。
被災地には早くも秋がやってこようとしています。
新しく就任した首相には、とにかく1日も早く被災地復興が現実のものとなるように頑張ってほしいと思います。
さて、来る10月23日(日)に大和市社協の後援で被災地のためのチャリティフェスティバルが行われます。
実行委員の方にぜひブログで周知していただけたら、とお声掛けをいただきましたので掲載いたします。
詳細は以下の通り。
当日は私も行く予定でいます。
チケット等のお問い合わせは私までお気軽にメール下さい。
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「秋のチャリティフェスティバル」
日程:10月23日(日)
開場・開演時間:未定
場所:大和市保健福祉センターホール
出演:市内のミュージシャン他
スペシャルゲスト:演歌歌手 山口ひろみ さん
家庭的保育事業というらしいのですが、保育ママさんの制度が注目されています。
今日は市の保育行政の担当者とお話ししてきたのですが、色々課題も多いようで・・・
最近、藤沢市や相模原市でも導入されてきているのですが、大和ではいまだゼロ。目立った動きもありません。
問題点というのは、やはり事故が怖いという点。
どうしても密室での保育になり、1人の保育ママさん以外の目が無いというのは心配だという保護者の方のお気持ちもとても理解できます。
この問題を解決するために、最近いくつかの市や区で取り組みが始まったのが「グループ保育ママさん」の形です。何人かの保育ママさんがマンションの部屋などを利用して保育を行うというものです。
保育ママさんといっても、急に100人くらいの保育ママさんが誕生するわけではなく、今のところ各市でも5~10名くらいというのが一般的。
そうすると見れる子どもの数も30~50名程度と、待機児童問題を一発解決とはいいかない取り組みではあります。
しかし、乳幼児が家庭的な雰囲気の中で保育を受けたり、自宅や最寄りの駅に近い所に預けられる、また保育所に入れるまでの預け場所としてなど、様々なメリットもあるはずです。
そして増え続ける待機児童問題に対してはたとえあまり大きな効果じゃなくてもできることはしていくべきだと思います。何しろ100人以上の子どもを預かれるからといって保育園を建てたらそれこそ莫大なお金が継続的に必要になるのですから。
私としては保育ママさん、やったほうが良いんじゃないかな・・と思いますが、皆様はいかがですか?
3日前の夜中に我が家に雷が落ちました!!!
といっても妻に怒られたわけではありません。
家の電柱か、アンテナ用の支柱か、どちらかはわかりませんが雷が直撃!
お向かいさんの話ではすさまじい火柱が上がったそうです![]()
その瞬間は爆弾でも落ちたかというような轟音と共に、TVが「ボーン!」PCが「バシーン!」。。焦げ臭いにおいが部屋に充満。。![]()
以来、TVダメ、ネット普通、PCは電源が入らずのどうしようもない状態に![]()
家の近所4軒ほどもやられたらしく、エアコンがダメになったり、テレビのアンテナごと焦げたりしたお家もあったようです。
幸い、今日までにPCやケーブルTVは復活。PCはもはや中身が燃えてしまって買い替えだということで、ぶっ壊してハードディスクだけ取り出し、友達にデータの復旧をしてもらいました。
なんとか仕事はできるまでになりましたが、一歩間違えば全てのデータが消えていたかも・・・というか下手すれば家が燃えていたかも、と思うとぞっとします。
みなさま、雷にはお気をつけて・・
といっても防ぎようがないんですが![]()
あけて昨日、朝5時に家を出て福島県いわき市でボランティアを行い、先ほど帰宅しました!
風邪をひいたらしく風邪薬を飲みながらいわき市に入ると、なんと大雨!
ずぶぬれになって、一昨日まであんなに暑かったのにものすごく寒い思いをしながら作業を行いました。おかげで頭がぐらぐらします・・・。
3月25日、震災発生後2週間のパニック状態にあったいわき市に行ってから早5ヶ月が経とうとしています。
久しぶりのいわき市街中心部は見た目平穏で何事もなかったようです。
しかし現地の拠点のスタッフに話を聞くと、まだまだ生活の完全復旧には程遠く、今でも支援物資を取りに来られる方が、多い時では一日100人にものぼるそうです。
また沿岸部の復興はもはや絶望的で、ガレキが片付いても今後工場や住宅を新築する見通しは全くないとのことで、何ともやりきれない思いでこの日の作業、ガレキを集積場に持っていく作業&沿岸部の被災家屋の片付けに向かいました。
今回いわき市を訪れたメンバーは友人2名、同じ会派「明るいみらい・やまと」のあかみね市議、みんなの党の佐藤市議、私の5人でした。
まずは降りしきる雨の中、トラックに満載されたガレキを集積場に降ろす作業。すでに平地のガレキ集積場はいっぱいになってしまい、かなり登った山間部に集積場がありました。
すっかりずぶ濡れになった私たち。
雨と泥でグチャグチャになりながら沿岸部に移動。
3月に訪れた時、流されてきて道路をふさいでいた家も、松の木にひっかかってようやく止まった様子の車も、すっかりなくなっていました。
お昼ごろに作業地点の「豊間(とよま)地区」に到着。昼食はコンビニでおにぎりを買って立ったまま食べました。
コンビニと言っても、場所は元コンビニがあったところ。
鉄骨と屋根だけが残るお店に移動販売のトラックが来ていて、ちゃんとお店の人がセブンイレブンの制服を着て元気にお店をやっていました。
(コンビニ。柱と屋根だけです。)
すばらしい気合い!
・・・と思ってお店の方に話を伺うと、やはりここの集落も存続は難しいとのこと。かつてはカマボコ工場などでにぎわった700世帯あまりの町も姿を消してしまうそうです。。
昼食後はすぐに豊間地区のある住宅の片付け。取り壊しの準備のために家具や敷地内のガレキなどを分別して運び出し、トラックに載せ、それを先ほどの集積場に持っていきます。
ところがその作業中に緊急事態が発生!
私は集積場からの帰りで車に乗っていたので気付かなかったのですが、震度4の地震がおこったのです!
そしてすぐに津波注意報も。
到達予測時刻はおよそ30分後。
津波の高さは50cmの予想。
50cmでは危険ではないのかもしれませんが、作業地点は砂浜が目の前に見えるほどの、もろ沿岸部です。
そもそも倒壊寸前の住宅で作業しているわけですから、地震そのものでケガをしているかもしれません。
とにかく焦る気持ちを抑えつつ、車を走らせました。
作業地点に着くと、幸いにもみなさん無事で、津波のことを心配していました。そこで注意報が出ていることを伝えましたが、現地のボランティアの方々が
「50cmならたいしたことねーべ」
「こったらこと(油断すること)が危ねぇんだけんどな~あはは!」
とか言いながら作業続行!!
しかし一致団結して何とか津波到達予想時刻までにガレキを積み終わり、1分前にその場を離れる事ができました。
ハラハラドキドキのいわき市ボランティアVol.2でしたが、全員ケガもなく、なんとか無事終えることができました!
前に行った時は100カ所ほどあったいわき市の避難所も今は2カ所。
復興支援は新たなステージに入っています。
これからは経済復興。生活の基盤は何と言っても働く事ですから、雇用の問題がこれからの最大の課題になります。
(毎回書いている気がしますが)いわきもまだまだこれからです!
がんばろう福島!
がんばろういわき!!