こんにちは朱堂です












今回は、関ヶ原第9弾




「宇喜多秀家陣地跡」です












悠々閑々…歴史街道まっしぐら!…




「天満山」という山の中にあります




こちらも山登りが10分くらい要ったような…




(住所:岐阜県不破郡関ヶ原町関ヶ原)












宇喜多も前線で戦った西軍武将でしたが、




小早川の裏切りで大谷吉継の軍が壊滅したあとに




攻撃を受け、敗走しています




その後、捕らえられ、八丈島に流罪となります。




この時、まだ20代でしたので、




江戸幕府5代将軍・綱吉の時代まで八丈島で生きました












ココには「宇喜多秀家陣地跡」という碑が2つありました




写真は大きい方ですが、文字の読みにくい小さいものも




なんで2つも…




あと、山の斜面にありますし、だいぶ苔むしているので、




足場が悪いです




私もスッコケました












次回は「西首塚」をご紹介します












以上、朱堂でした

こんにちは朱堂です












今回は、関ヶ原第8弾




「大谷吉継の墓」です












実際のお墓の写真ですので、苦手な方はご注意を












悠々閑々…歴史街道まっしぐら!…




西の山の中にあります




結構細い山道を20分くらい歩いたかな…




(住所:岐阜県不破郡関ヶ原町山中)












大谷は、友人・三成のために、




懇意にしていた東軍諸将との縁を切り、病気の体を無理に使って西軍に参加、




前線で必死に戦うも、小早川秀秋の裏切りによる攻撃が直撃し、




ココで自害しました




BASARAだとすごいブラックな性格ですが、




史実では友情を大切にしたすごくイイ人です












右の石塔が大谷の墓、左の石碑が介錯をした家臣の墓です。












大谷の首をめぐっても、イイエピソードがあります








大谷の介錯をした家臣が首を土に埋めた時のこと。




東軍の藤堂軍が攻めてきて、家臣を発見。討ち取ろうとします。




その時家臣は、藤堂軍の兵たちに、




自分の首の代わりに、ココに大谷の首を埋めたことを秘密にしておいてほしい、と




言い残して自害します。




その言葉を承諾した藤堂軍は、家康に大谷の首のありかを聞かれても




黙秘していたそうです。




この墓は、後日、藤堂家が作ったといいます。








…最期の最期まで、「絆」が表れているんですよね




そんなエピソードを思い出させる、関ヶ原屈指の感動ポイントです












次回は「宇喜多秀家陣地跡」です












以上、朱堂でした

こんにちは朱堂です












今回は、関ヶ原第7弾




「小西行長陣地跡」です
















悠々閑々…歴史街道まっしぐら!…




西の端にあり、「開戦地」が目と鼻の先にあります




(住所:岐阜県不破郡関ヶ原町関ヶ原4120-6)








あんまり記憶にないな・・・












小西行長といえば、堺の商人出身の大名であり、




キリシタン大名であり、




関ヶ原では前線で戦うも、負けた後に捕らえられ、




斬首された武将として有名です












…これぐらいしか書けない…




(ダメじゃん)












次回は、「大谷吉継の墓」をご紹介します












以上、朱堂でした

こんにちは朱堂です












今回は、関ヶ原第6弾




「島津義弘陣地跡」です












悠々閑々…歴史街道まっしぐら!…




あんまりイイ画像が無い…








西の山際にあり、現在は「神明神社」として整備されています




(住所:岐阜県不破郡関ヶ原町関ヶ原1961-4)








島津軍は関ヶ原でも積極的に戦った西軍として知られています




また、敗戦が決まった時に敵の中を中央突破して薩摩まで帰った、




という話は有名です




中央突破の話は、後日「島津豊久の碑」で詳しく取り上げます








あと、関ヶ原では「島津義弘」という名ではなく、




官職名である「島津維新」の名で呼ばれることが




どうも一般的なようです












陣地跡は神社ですし、太平洋戦争の際に戦死した




関ヶ原出身の方々の慰霊碑も併設されているので、




静かで神聖な雰囲気が漂っていました








一番衝撃だったのは、この神社の正面でヤギが放牧されていることです




どこからともなく「メェー」という鳴き声が聞こえます




後日調べてみたら、どうやらヤギのミルクでジェラートを作っているらしいです




「関ヶ原民族歴史資料館」の近くで売っているらしいので、




関ヶ原観光のお供にどうぞ












次回は、「小西行長陣地跡」をご紹介します












以上、朱堂でした

こんにちは朱堂です












今回は、関ヶ原第6弾




「開戦地」です
















悠々閑々…歴史街道まっしぐら!…








「小西行長陣跡」と「島津義弘陣跡」の近くにあります




結構、西の山際ですね




(住所:岐阜県不破郡関ヶ原町関ヶ原4120-6)








ここは、家康から先陣を任された福島正則よりも先に




井伊直正が西軍に鉄砲を撃ったところです




当然のことながら、後で福島くんは猛抗議してます








関ヶ原はちょっとした抜け駆けエピソードから始まったんですね












ココには、関ヶ原に参加した諸将の家紋入りの旗が並べられているので、




いかにも「開戦地」だという雰囲気を味わえます




森の中にあることからも、風情が醸し出されています












次回は「島津義弘陣跡」をご紹介します












以上、朱堂でした