明日、と言うか今日かあ。。。

彼らに残酷な決定がなされるのだろうか。

その話をすると、誰もがその決定は間違っている、という。
それでも王はその間違った残酷な判断を、間違いと思わない。

僕はできるだけのことをした。
それでも救うことは出来ないのだろうか。

彼らは、僕には迷惑を掛けたくないという。
そのために、大きな犠牲を払おうとしている。
そして、自らの過ちを誠意を持って償おうとしている。

それなのに、彼の成そうとしている決定は、その誠意全て踏みにじり、つばを吐きかけるようなものだ。

やはり正気の沙汰とは思えない。
異常なのだとしか思えない。

状況を友人と話し、自分の正気を保っているけど。。。。

自分が異常なことに彼は最後まで気が付かないのだろう。
そして、ずっと血が流され続けるのだろう。
いつまで?
いつまで?




クリスマスイブだってのに・・・わしゃなにやってんだ?
ついさっき会社を出て、電車にのった。

マックを開いたら クリスマス 10分後 というアラートが出てきた。
もうすぐ明日になるのかあ。。。。

なんか、静かなクリスマスだなあ。
昔はそれはそれは気持ちが浮かれたものだけど、、、
今はなんだかとっても静かな気持ちだ。

駅前の歩道を歩きながら街をみても、あまりクリスマスって感じがしない。
きっとそういう場所に行けば、クリスマスムードたっぷりなんだろうね。

ジョンの歌も耳にしないなあ。
今でもどこかで流れているのだろうか。

アップルのCMはよかったな。
スティーヴィーワンダーと、女性歌手が歌を歌っているCM。
最後にLOVE、という文字が一瞬出てアップルマークになる。

LOVE。

たった四文字のシンプルな言葉。

おお、クリスマス、3分後、と通知が出てる。
もうすぐ1日が終わって1日が始まるのだなあ。。

メリークリスマス。
クリスチャンじゃないけど、まあいいじゃん。
なんだっていいんだよ。

メリークリスマスって言葉はきっと人によって込められた気持ちはそれぞれ違うんだろう。
ある人は大好きだよっていう意味だったり、あるひとはありがとう、って意味だったり。
いずれにせよ、とても愛に満ち溢れた言葉がその裏にあるのだと思うよ。

あ、12時になった。

メリークリスマス。
素敵なクリスマスを。



部屋の明かりを消して、遠赤外線ヒーターのオレンジの明かりだけ。

リクライニングチェアに体を預けて、真空管アンプから流れるジミ・ヘンドリックスのELECTRIC LADY LANDを聴いてる。
真空管アンプっていっても、すごいオーディオじゃなくて、ギターアンプと真空管オーディオが合体したちょっと変わり種のアンプなんだけどね。
気のせいかわからないけど、真空管の音は優しいような気がする。

ジミヘンのサウンドは、ハードってイメージがあるけど、実はとても繊細なサウンドだったりするんだよね。曲にもよるけど、、、

そんなわけで、今夜はBurning Of The Midnight LampならぬMID NIGHT CARBON HEATERだ。

------------------------------------------------------------
今日は静かな1日だったなあ。。

雨の昼下がり。ジムに行きそびれて、そのまま帰るのもなんだし、時間があまったので近くの古い古い、それは古い本屋に初めて行った。
古い商店街の中にある本屋だ。なんとか銀座って名前が付いている商店街(笑)

きいたら50年近くそこで営業しているという。
となりのふとん屋さんは54年で、ついに閉店だそうだ。

探してた本(ギターマガジンと、村上春樹の文庫化された「色彩をもたない田崎つくる」)は案の定なくて、本の背表紙を眺めながら店のおじいさんといろんな話をした。
戦時中の話や、個人の本屋はどんどんなくなってるって話や。
昔はこの近くの団地には子供がたくさんいて、活気があったって話も。

昔、本屋さんてこんな感じだった気がする。
ちょっとした会話を交わしたりして。

僕が中学生の頃行っていた本屋さんもそんな感じだった。
ある本を買ったら、店主は僕にこう言った。
「いい本を選んだね。この本はとてもいい本だよ。」
そのとき買ったのはたしかトルストイの「人はなんで生きるか」だったと思う。

その頃の僕は、なんだか知らないけど外国の作家の本が好きだった。
スタインベックや、ヘミングウェイ。
長距離走者の孤独はすごく印象に残ってる。
二十日鼠と人間のラストの衝撃は今も忘れられない。
キリマンジャロの雪なんて、読んだところできっと意味もわからなかったと思うけど。。
きっとなんだかそういう作家を読むのがかっこいいって思ってたのかな。

フィッツジェラルドは短編集が好きだった。
「カットグラスの鉢」は本当に怖かった。

なのに、なぜか代表作「グレートギャッツビー」はそのころ読まなかったんだな。

ギャッツビーを読んだのはつい最近のことだ。
僕にとってのやり残した宿題(笑)の一つだった。

なぜあれほどアメリカ人はあの小説を愛するのだろう。
WIKIでは英語で書かれた20世紀最高の小説で2位だとか。

大したストーリーではないのにね。

デイジーなんてくだらない俗物でクズをなぜギャッツビーはあれだけ愛したのだろう。

外面的な美しさ故なのだろうか。
デイジーが美しくなかったら、あの悲劇は起こらなかったのだろうか。

外面的な美しさなんて・・・くだらないよ。
美しいのはいいことだけど、中身のない空っぽな美しさなんていみがない。

この話前書いた気がするなあ。
これまたREPEAT& FADEだ。

話が逸れた。

でもって、本の背表紙を見ながらおじいさんと話をしていたら、遠藤周作の「沈黙」があった。
大昔に読んだけど、もう一度読みたくなっていた本だ。

たしか、マーティン スコセッシが映画化してるはずだ。
ロックミュージシャンのPANTAが出演してると聞いたことがある。
いつ公開になるのかな?見たいなあ。。。

そんなわけで、ギターマガジンを買いに行って遠藤周作を買って帰ってきたのだった。

ELECTRIC LADY LANDはVOODOO CHILEが流れてる。
壮大なジャム作品だ。

遠赤外線ヒーターのオレンジの明かりとジミのギターはなんだかとてもいいハーモニーだ。

もう少ししたら眠くなるかな。







傷ついた。
本当に悲しくなった。

こんな酷い言葉をいくつも投げ込まれたことは今まで生きてて一度もなかった。

別に好きではない相手からの言葉だから、どうでもいいと受け流せばいいのかもしれないけど。。
好きな人から傷つけられるのは仕方ない。
きっと僕も傷つけてしまっているのだから。

だけど、好きでもない人に、ここまで傷つけられるのは本当に悲しい。
こんな気の短い僕が、怒りも覚えないくらい、あっけに取られるくらい酷い言葉だった。








1980年12月8日。

僕は17歳だった。
そうか。僕にも17歳の時があったのだ。。。
不思議な感じがする。

でも、このまま幸運が続いて健康で生きていたらきっと80歳くらいになった時に、ああ、ワシにも52歳の時があったんじゃなあ・・・あの時は自分ではジジイと思ってたが若かったのう・・・もったいないことをしたもんじゃ、などと思い出したりするのかもしれない。
ずれた。


17歳だった僕は、学校の帰りによく寄る楽器屋兼レコード屋行った。
入るなり、店のお兄ちゃんにこう言われた。

「ジョンレノンが死んだんだって。知ってたか?」
「え。本当なんですか?」と僕は答えた、ような気がする。

僕の記憶の中ではそれを聞いたのは12月8日かとずっと思っていたけど、よく調べたらジョンが殺されたのは12月8日の夜だった。
僕がそれを聞いたのはきっとその翌日の9日だったのかな?

実感がわかないまま、家に帰った。
テレビやラジオでそのニュースを聞いたのかどうか記憶がない。

夜。
いつものように、深夜ラジオをつけた。

オールナイトニッポンではその日は確か岸田智史の日だったと思う。
岸田智史が、悲しげに、昨日ジョンレノンが射殺されました、と沈んだ声で語っていた。
その後、僕にとってジョンレノンは大きな影響を受けた人で。。。。などなどそんな話をしていたように思う。なんていうか、そんな話は聞きたくなかった。


なんだか嫌になって僕はFENにチューニングを合わせた。
ジョンの歌声が流れてきた。何曲も。

FENでは、一言も言葉を発せずに、ただただ、ジョンの歌を流し続けたのだった。
言葉なんかいらないんだよ、というかのように。

その放送を僕はカセットに録音した。
それは捨てられずに今でもしまってある。

悲しみの表し方にもいろんな方法があるんだね。
ただただ、ジョンの曲を流し続けたあの日のFENを僕はずっと忘れないだろう。

もうすぐ街はクリスマス。
WAR IS OVERが流れる頃だ。

ジョン。
あなたが望んでいた世界に僕らは少しでも向かっているだろうか?
なんだか、そんな気がしないんだ。
なぜなんだろうね。
なぜもなにもないか。。

世界はこんなに残酷になれるものあのだろうか。

WAR IS OVER IF YOU WANT IT.
もう一度この歌が世界中に流れて、一瞬だけでも立ち止まる時がきますように。

と思ったのだった。