オレが、もしも望んだ通りの人生を進んだならば…おそらく『2年前には死んでいた』に違いない。
ヤケを起こして暴走し、腰に手をやれば、使い方を間違ってはならない「凶器」が吊り下げてあるからだ。
そう、オレのなりたかったモノは『警官』教員は、2番目とは言え、成り行きだ……。
思い返すと、うつ病の症状は介護やっていたころからあったと思う。多分パニック症状も併せて…。
オレは、両親とは不仲だった。…だから家を飛び出して、8歳上の女と暮らし始めたのだ。
しかし、原因不明の体調不良と(ストレス以外、何物でもない)彼女の嫉妬深さやオレ自身の体裁(警察の採用の際、地元の警官が家庭訪問に来る)を繕うため、オレは彼女との生活を捨てたのだ。
そして、警察での採用試験に落とされ、親父は、組織の肩を持ったのだ。…いたわりの言葉もなく。
結局、オレはその後『腐れ村』で教員を始めることになり、今でも、それで飯を喰っているわけだ。
オレは2年前、義父と喧嘩したとき、義父が親父の話を出したことに激昂して、『睡眠薬自殺』を図ったのだが…生き延びてしまった。
でも仮に『警官』だったなら、新聞の片隅でベタ記事になっていたことだろう。
『警官が拳銃自殺』の見出しとともに…多分、きっと。
もうオレは、自殺を考えないようにしている。
何故なら、死ぬ最後の瞬間まで、心の中が嫌なことでいっぱいなんて『まっぴら』だからだ。
そうでなければ、支えとなってくれた母上や友人に、会わせる顔がない。
(実の親では、断じてない)
大勢の親しい人に支えられてこそ、『今のオレ』があるのだから。