校長との1年戦争が幕を開けた。
しかし、最初の数ヶ月・・・オレは立場上
「負けっぱなし」の立場に甘んずるを
得なかった。
この校長の陰湿さは、今まで見てきた外道どもの中で
群を抜いていた。
コイツは「日記をつける癖」があり、オレは『敵対勢力』に
参加するようになったとき、ヤツの机から日記を
発見した。
そこには、他の教員のマイナス評価、給食の際の生徒の
些細なマナー違反の記録、正直ゲロ吐きそうなくらい
胸くそが悪くなった。
忘れられないことがひとつある。
オレは、この腐れ外道に目を付けられ、
授業記録(非公式なもの、オレを書類で縛り上げ…
反省文なども書いた記憶がある)
を提出するハメになり、一年生の授業ではわざわざ
オレの授業に来ては20分ほど「監視」していくのだ。
生徒は1年生は10人。その中でリーダー格の男子生徒が
バカ校長の消えた後、オレに向かって
「先生!なんでアイツが来る。
…イヤだよ、オレ!!」
と、大声で不満をぶちまけたのだ。、コイツは給食担当の栄養士の
ババアの息子だったのだが、このババアは
バカ校長の「太鼓持ち」、オレが反体制派の教師と話していると
(年度が変わり、学年が違っていた)
「もっと、同学年の先生と話しなさい!」などと余計なことを
抜かしやがる。(同学年は、嫌味好きの『算数メタボ野郎』)
このババアと敵対したのは、
『教育委員会の学校訪問』を、例の腰痛の再発が理由で
フケた事にある。学校訪問は、公開授業、特別指導案作成
そして、大掃除…病んでいるオレには負担が重すぎた。
休暇をとると、朝礼で申し送りすると、開口一番!
「責任感がない」「納得できない」など…
頭蓋をコンクリで
まっ平らにしてやりたいくらい激怒させてくれた。
(でも、その息子は本当にいい生徒だったので
敢えてこらえたのだ)
大人である教師達は、一部を除いて…
バカ校長を『立派な服を着た王様』扱いした。・・・しかし
生徒らは「王様は裸だ!」と意思表示したのだ。
はっきりと。
オレは、この腐れ村から脱出したが
イエスマン教頭…算数メタボ野郎、電気屋のせがれなど
『日本刀と散弾銃』が話しをする際必要な相手には
一切、別れの挨拶をしなかった。
バカ校長は、このオレのことを
一生恨んでいるだろう。そして
「オレの名前」をふと思い出そうものなら
歯噛みしてもおかしくない『復讐』を
オレは実行し、生徒には
『英雄扱い』されることになった。
詳しくは、またのちほど。