自分のルーツを見たような気がした | didit sewing ~横浜・日吉の初心者向け洋裁アトリエ

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まんぷくが終わってしまいましたね。


ちょっと残念だけど、

これでもう、朝からラーメンの誘惑と闘わなくてもすむね!

(何回負けたかなぁ)







さてさて。今日は、東京にお出かけしてきました。



東京(葛飾)のおばさん(母の妹)と一緒に
東京(品川)のおばさん(母の姉)のお墓参りに。




おばさんとおじさんといとこと私と、ずっとおしゃべり。




私の母は
姉、母、妹、弟、弟   の 5人きょうだいで、
とっても仲良し。


おばさんたちも
おじさんたちも

みんな優しくて、私は子供の頃から


「世界は安心、安全で優しさに満ちている」

と思っていた。

(もちろん子供の頃はそんなことは意識していないけど)


きょうだい仲いいよね、って言ったらおばさんが、


「ウチは貧乏だったから、助けあって、分け合って生きていくしかなかったからねぇ」と。



「貧乏だったから奪いあって生きていくしかなかった」人たちだっているはず。




そんな、仲良し5人姉弟を育てたのが、私のじーちゃんとばーちゃん。

この人たちこそが、
私が「世界は安心、安全で優しさに満ちている」

と思える世界を作ってくれた。






いとこの家にも同じ写真が飾られていた。


私を子供の頃から知っている人たちとずっと喋ってて、昔の話をしていたら、


どうやら私は、じーちゃんと、おばさん(母の姉)にソックリだということがわかって、


なんていうか、自分のことがストンと腑に落ちて理解できた気がしています。



「人生の軸」を見つけるためには、
自分を知ることが大事だと思うけど、


じーちゃんやおばさんたちの人生を聞いていたら、びっくりするくらい自分が見えてきたよ。



自分のことを子供の頃から知ってる人たちと深い話が出来て、今日は本当によかった。



そして、今日初めて知ったこと。

じーちゃんとばーちゃんは、岩手の人だと思っていたら、元々は東京の人で、岩手に疎開して、
そのまま住み着いたらしい。


だからうちの親戚は岩手と東京を行ったり来たりしているのか?


今日は、戦時中や子供の頃や、上京したての頃にタイムスリップしてきたので、頭がぐわんぐわんしているよ。