もうかれこれ10日近くになるのだが、厄介な風邪がなかなか私の体から出ていってくれずに本当に困っている。まぁ、体に居座っている風邪自体もシーズンの終わりのものなので、初期のものよりも強く、一筋縄ではいかないくらいに凶悪になってしまっているということも、なかなか直らない原因のひとつでもあるだろうと思う。それでも少しずつだがましにはなっている。少なくとも悪寒や頭痛を感じることはもう無くなった。
久しぶりの帰郷は大変に有意義なものだった。ただ残念ながら、私の実家にいる人間のすべてが、私とは違ってなかなか物を片付けられない性分の人達であるため、そのせいで掃除にはかなり苦労させられた。私個人のの感覚からすれば到底生活などできるレベルではないくらいにちらかっていたとしても、そうしたことが気にならない性質の人間にはそうしたことは全く気にならないものであるらしいことを、今回自分の身をもって知ることが出来た。
久しぶりに会った一番上の姪は、もうずいぶん大きくなっていた。初めて会った時から私に非常に懐いてくれた彼女は、今回も屈託のない愛らしい笑顔で私を迎えてくれた。こんなことをいうのは何とも気恥ずかしい限りなのだが、彼女のその笑顔だけで、帰省のための往復の旅費やもろもろの費用など一瞬にして清算されてしまったくらいだった。
彼女とは家にいる間じゅうずっと一緒にいて、彼女の話す色々なことを私は一日中聞いていた。以前とは違い、今では妹が二人も生まれたために、皆からすっかりお姉さんとして扱われるようになったことが、彼女に色々なことを我慢したり、場合によっては自分が怒られ役にまわらなければならないようなことが、彼女の幼すぎる心に大きすぎる負担となっているように見えた。お姉さんなんだからの一言で身を引いてあげたりしなければならないような理不尽なことは自分にも身に覚えのあるようなことなので、そのやりきれなさは本当に共感できた。お姉さんという肩書きは彼女の精神を成長させたと同時に、彼女の表情を時々曇らせる作用も生じさせたようだった。そうしたことを少しでも埋め合わせてあげたいと思い、一緒に初詣に連れ出した。その効果は家を出てすぐに現れ、すっかりお姉さんの呪縛から解き放たれた彼女は、本当にのびのびとした小さな女の子に戻って本来の無邪気なわがままさを発揮してくれた。その素直なわがままさを見て私は心から安心することが出来た。
ずっと目をつけていないと、どこかへ飛んでいってしまいそうな無邪気なわがままさは、19や20歳の男ならどうしようもなく煩わしく感じるものなのだろうが、私の目にはそうしたわがままささえ、きらきらと輝く、かけがえのないもののように感じられた。参道に所狭しと並んだ出店を、あれ食べたい、これ食べようと彼女は走り回る。晴天に恵まれたポカポカとした冬の日、参道沿いのベンチに座って一緒に殻を剥きながら食べた甘栗の味は、たとえいつか彼女が忘れてしまうことがあったとしても私はそれを死ぬまで忘れることはないだろうと思う。まだ上手く動かない小さな可愛らしい指で一生懸命に甘栗の殻を剥くその光景を私はいつまでも忘れないだろう。うまく剥けた時のとびきりの笑顔も、失敗してしまったときのふくれた表情も、それらの全てを私は死ぬまで記憶していることだろう。
一番下の子はまだ1歳にも満たない赤ちゃんなので何ともいえないが、2番目の子は次女らしい、器用で要領のいい子のようだった。彼女とは今回初めて会ったのだが、この子もとてもよく私に懐いてくれた。それはもう本当にうれしかった。
しかし、自分の弟ながら、奥さんの話ではいくらか子供達への愛情の注ぎ方に足りない部分があるらしく、彼女はその少ない愛情を確保するために、計らずも幼くして策士になっていた。そうして計略を用いて愛情を確保しなければならない習性が自然と身についてしまうほどに、子供たちに十分な愛情を注げていない弟に正直私は腹が立った。
しかし、それでも彼女の心根が優しい子であることは滞在している間に見たあるひとつの光景からよく分かった。
私が庭を掃除しているとき、刈り入れの終わった水田で彼女達二人はまるで二匹の可愛らしい子猫のように、飛び跳ねて、じゃれあって遊んでいた。枯葉を掃きながら遠くからその光景を眺めていると、何となく自分と弟の昔の姿を見ているようで目の奥が熱くなる思いがした。それでもしばらくすると、二人の間にちょっとした言い合いなどが始まったようだった。しかし、何時ものことだが言い合いも小突きあいもすぐに収まってしまった。しかしその時、上の子のほうが邪気のない悪戯心から少しだけ妹から隠れてみせたのだ。不安そうに探し回る妹を見ながら、彼女はくすくすと悪戯っぽく楽しそうに笑っていた。もちろん大人の私の目にはすぐに見えるような所にいるのだが、下の子は不意に姿の見えなくなった姉を探して、ついさっきまでかんしゃくを起こして姉を叩いていた姿から一転して、遂におねぇちゃん おねぇちゃんと大声で泣きながら、謝りながら探し始めたのだった。もちろん上の子の方はすぐに出てきて誤っていたのだが、下の子はしばらくの間姉の前に立って同じように誤りながら泣き続けていた。
私はその一部始終を間近で見ながら、この子達が今のような心をずっと無くしませんようにと強く、心から願った。
私は今回本当に帰省してよかったと思う。
何よりも、私のような人間にも愛してくれる人間がいることを確認することが出来た。
これでまた明日を生きてゆくことが出来そうだ。