もうすっかりどの桜も葉桜になってしまった。芽吹いて間もないと思っていた若葉もすっかり出揃ったようで、今はまだ若々しい緑色をしているがその色が日増しに濃くなっていっているのは遠目にもはっきりと認めることができる。今朝も淡い緑の若葉が春の風にざわざわと気持ち良さそうにそよいでいた。
気が付いたのはもう二週間ほど前なのだが、今年もハナミズキの咲く季節になったらしい。まるで枯枝のように水気の無かった枝先に小さな拳のような蕾ができて、まだ冬の寒さの残る空気のなかでじっと堪えていたのがつい最近のことのように思われる。それが桜の咲く少し前くらいから蕾が割れ出して、小さな若葉が顔を出しておずおずと外の様子を伺うほどになっていた。本当に小さな若葉で頼りないことこの上ないほどだったのだが、今では何枚もの葉を出して一身に光を集めている。まだ花を咲かせるには幾らか時期が早いが、おそらく月末近くには花を咲かせていることだろう。そういえば、ハナミズキの花のように見える部分は正確には花弁ではなくて萼であるそうだ。しかし、そんなことは私にはどうでもいいことだ。私の目に彩りを与えて楽しませてくれるものであれば花であろうと葉であろうと何だって構わない。
先週末は給料日前ということもあり、私はずっと家にこもっていた。お金を節約する必要もあったし、だいたい特に出掛ける用もなかったからだ。都合よく天気もぐずぐずとしていたこともあって外に出掛ける気を起こさずに済んだ。そうして家にいる時間を絵の制作や部屋の掃除、料理を作ったりすることにあてていた。
一日家の中にいると好きな時に横になれるので昼寝もしたいだけすることができる。そのせいか、そうした日の夜はなかなか眠れないものだ。日付が変わり、一時間経ち二時間経ちしてもなかなか眠気は訪れない。それでも明日のことを考えて睡眠をとっておかなければと思いベッドに入り横になるのだが、それでも眠ることは出来ない。しばらく前までは窓の外でちらほらとついていた家々の窓の灯りもすっかり消えて、幹線道路から離れたこの辺りは車の音も聞こえず辺りはしんと静まりかえっていた。常夜灯を点けない私の部屋は真っ暗で、その真っ暗な部屋の何処とも分からない宙空にぼんやりと視線を預けながら、私は取り留めのない切れ切れの思いが頭に浮かんでは消えるのに自分自身を任せていた。頭に浮かんでくる思いなど愚にもつかない取るに足らないものだ。しかし、それでも有り余った力を弄ぶように脳は私の色々な記憶を復元しては暗闇の中に投げ捨てていた。
もう卒業してから一度も会ったことのない多くの同窓生の顔が浮かんでは消えていった。もちろん名前などもう殆ど覚えてはいない。教室の風景や休み時間のがやがやとした騒がしい話し声、学校の椅子や机が立てる独特の音が教室の壁に反響していた。廊下ではエコーがかかったような楽しそうな笑い声がいつも響いていた。春の窓際の席はぽかぽかと暖かくていつも眠くなったものだった。頭を持たせかけたアルミサッシの桟は春の日差しの中でもひんやりと冷たかった。前の席の椅子の背もたれに書かれた意味の分からない落書きを眠い目でぼんやりと眺めていたのをよく覚えている。
バイト先の狭い厨房、背ばかりひょろ長い店長、可愛い後輩、面白い眼鏡の男、様々な職場に様々な人、太ったのや痩せたのなど次々と現れては闇の中へ消えていった。思えば多くの出会いがあったものだと思う。しかし、その中のひとつとして私の周りに残ったものはない。何もかもが消えていった。今はその記憶が刻まれた場所と遠く離れた街でひとり暮らしている。
なかなか眠れないうちに外は白々と明るくなってきて、窓から入る光がイーゼルに架かった絵を青白く照らし闇の中から浮かび上がらせていた。私はその光景を見ていると何ともいえない侘びしさが込み上げてくるのを抑えることができなかった。
外では朝刊を配る配達のカブの音が聞こえてきた。郵便受けの間を走っては止まり走っては止まりする規則的な音が朝の青い光の中で響いていた。学生のころ夜から朝までのバイトをしていたことがあるが、丁度この時間になると同じ音が聞こえていた。一日の始まる、この世界の何者かが動き出すような気配が感じられるような時間が一日のうちにはあるのだ。眠っていた何かが起き出してきて、ざわざわと騒がしく動き出す時間だ。それは譬えるなら夏の遠雷に似ている。
そうした世界の騒ぎ始めた音を聞きながら、ふと訪れた眠りに誘われて私はようやく眠りにつくことができた。
目覚ましに起こされた時には外はもうすっかり白い昼間の光の色に変わっていた。二時間ほどしか眠ることができなかったので、その日は一日中かなり眠かった。