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日本人は、ヨーロッパの人々より遥かに自由であり独立的であり、いきいきとして満足している。幸せそうだ。この国に奴隷制度はない。専制主義は名目だけで実際には存在しない。そして日本人は善良で人懐こく無邪気で礼儀正しい、と。今とは違う明治以前の日本人に対してベタ褒めなのである。
また日本人は死を恐れなかった。現世からあの世に移ることに大きな差を感じていなかった。だから死を恐れないし肉親が死んでも平気な顔をしていた。そして小泉八雲が「虫の演奏家」で書いたように「先の見えない猪突猛進的な産業化が日本の人々の楽園をだめにしてしまった」のだ。
現代人の視点は、もはや当時の外国人の視点に近い。もちろん当時の日本人のマイナスな部分も沢山あるだろうが、何より第三者から見て幸せそうに見えた当時の日本人の頭の中に興味がある。
前置きが長くなりましたが、だからこそ、こんな本を手に取りました。
エッセイストの岸本葉子が東京を散策しながら四季折々の江戸の風俗や文化に思いを馳せる。さらには長屋のおかみさんになったかのように起床から就寝までの江戸での生活を追っていく後半のエッセイ「お江戸の一日」が面白い。
朝4時頃起きる。ご飯の支度を始めるとあさり、蜆、納豆、豆腐などを売りに来る。私の子供の頃の東京も豆腐屋さんが自転車で売りに来てましたが、スーパーの豆腐よりも明らかに美味しい、とよく母に買いに行かされました。こういうのって何が豊かな暮らしなのかわかんなくなりますね。
この本に書いてあったのですが、17世紀に水道が引かれていた町は世界でロンドンと江戸だけだったそうです。凄いですよね。誇らしい話です。
それでふと思い出したのですが、5年前に中国の田舎の小学校にボランティアで浄水器をプレゼントしに行ったときのことです。寧夏回族自治区の山の中の村で、外国人の入村は禁止されたエリアだったのですが、特別に行政の許可をもらい、かつ大人しくするように(黙ってたら中国人と見分けつかないので)という条件で行きました。
ここは水道が引かれておらず、上水道はあるけれどその水は飲めない、そして厳密に言えば下水道は無い。
食堂に集まった子供たちの純粋な笑顔があどけなくてほのぼのとしていたのですが、教室を覗いてびっくり。黒板でなくて液晶板なのです。タッチパネルで授業が進むのです。水道はなくてもWi-Fiと液晶パネルはあるのです。そういう順番なのか?確かに中国の行政にしてみれば、そっちのが取り組みやすいということなのでしょうが。そう、中国は携帯電話が普及する前にスマートフォンが登場したので、スマホの使用率が最初から高く、3Gを飛ばしていきなり4Gだったので当時日本より速度も速かったのです。
自分が歩んできた順番が正しい進歩の順番というわけでもないのです。そう思いながらも、液晶パネルで勉強するこの子達に浄水器を寄附することに、なんとなく違和感が拭えなかったのでした。
また馴染みのBARの友人Jに勧められた本を勧められたままに読んでみました。文化風俗的に住んでみたいのは江戸時代の江戸だと話してたら勧められたのだ。いや、もちろんウォシュレットやクーラーのない生活は困るので今の方が良いのだが、魅力的という意味で江戸時代なのだ。この本はエバレット・ブラウンとエンゾ早川の対談で、日本人の身体感覚と伝統的文化について語るというもの。
足、手、背、尻、腹、口、頭、それぞれをテーマにかつての日本人の思想や習慣と身体の使い方が説明され、なぜ現代人が腰痛や肩こりに悩むのか。なぜ漠然と不安を感じるのか等が語られる。
現代日本人が意味もわからずに正しいと思い込んでることが多いことは気にはなっていた。もちろんこれが正解というわけではなくひとつの意見なんだけど。
背筋をピンと伸ばした姿勢が正しいという思い込みは、以前整体師にも言われたことがあるが、たしかに軍隊教育の名残なのでしょうね。身体的には負担をかけている。
腹筋のシックスパッドがスポーツをするには不適切だという話も面白い。アスリートとしては見た目はカッコいいクリスチアーノ・ロナウドよりも猫背で少しポチャポチャしたメッシの体型の方が適しているようだ。
個人的に欲しいと思ったのは踵のない草履、足半。昔の人はこれを履いてたと。着物を格好良く着るなら足半くらい履けないといけない。踵がつけないからつま先で歩く。そうだよね。学生の頃は運動してたから1日中走ってたし、飛んだり跳ねたりするからつま先で歩くクセがついていたが、いつの間にか踵から着地する後ろ重心になってしまった。そりゃ、身体は歪むわけだ。
楽天でも売ってるじゃないの!足半の草履。
日本人の!というよりも人間としての正しい身体の使い方の勉強になります。それを昔の日本人はわかってた。明治以降、変化してきちゃったということのようです。
伝統的という言葉も、どのくらい前の習慣なら伝統的というのか。感覚的には江戸時代からあるものを伝統的と言うと思ってましたが、100年前とざっくり言う人もいる。今から100年前って大正13年なんですよね。あと2年もすると100年前が昭和に突入してしまう。恐ろしいですね。自分が子供の頃は稀とはいえ泉重千代さんのような江戸時代生まれの人がいたことが不思議ですね。
泉重千代さんは1865年(慶応元年)生で1986年に120歳で亡くなりましたね。ギネスブックにも載ってた有名な方でした。