人気がある本のようで随分待っていて、最近では予約したことも忘れていた。鈴木大介の「貧困と脳」である。


約束を破る、遅刻する、だらしないといった貧困当事者にありがちな特徴。貧困は働かない本人の自己責任だと自身も思っていた著者が脳梗塞で高次脳機能障害になる。すると、やろうとすることがどうやってもできない、脳が働かない焦りと不安の中で、貧困者たちの言うことが今の自分の症状と同じであることに気づく。身体の障害と違って見た目ではわからない。サボりではない。やりたくてもできない不自由な脳を理解し、貧困者への周囲の支援を訴える。


かなりシリアスな本である。著者は脳梗塞という病気がきっかけで脳が不自由になる。貧困者の中には同様の病気でなる人もいるだろうが、生立ちやDVなどがきっかけで発症する人もいるそうだし、普通に働いていて発症する人もいる。それを著者は脳疲労と書いている。


 

 

実はこれ、至って軽度だが私も心あたりがあります。仕事をしていてこのような症状が出て働く気力をなくしたのです。個人的には脳の老化だと思っていたが、老化であれ脳疲労であれ、いずれにせよ経年劣化なのでしょうね。たいした脳ではありませんがあまり使わずに生きたいものです。




さて、自分が悩むような頭の使い方はしないということで、昨日は東京大学のVR研究のモニターをしてきました。研究する人たちは頭使うでしょうが、こちらは言いたいことを言うだけ。暢気なものです。



構内はもう葉が落ちて寒々しいキャンパスでした。






私の中で文春文庫の翻訳小説は概して面白いというイメージがある。何十年も前からハラハラドキドキものなら文春文庫贔屓だ。以前読んだ「魔女の檻」でランナーズハイ状態になったルブリ。満を持して代表作「魔王の島」を手に取る。確かにすごい。話はこんなだ。



ある日、新聞記者のサンドリーヌは祖母の訃報を受けて遺品を整理するためにノルマンディー沖の孤島を訪ねる。いわく有りげなその島には4人の老人だけが住んでおり不吉な気配が島を覆っていた。かつてこの島にいた子供たちを死に至らしめた魔王とは?島には第二次大戦中のナチス・ドイツが残していったトーチカが不気味に聳え、姿はないのに鳴き声だけ聞こえる野良猫、島内で不意に流れるシャンソン。そして島の秘密を語ろうとしたフランソワーズが急死し、サンドリーヌの不安は恐怖に変わっていく…。


 

 

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これ以上はネタバレになるからダメよ


しかし、この後がすごい展開になる。マトリョーシカのように何重にも罠が隠されている。一言でいえば、これは誰の話なんだ!


でもこの話はネタバレしたら楽しめないと思うので、ぐっとこらえる。




さて、この本を読んでる途中でひと息ついて映画でも観ようと、映画「プリデスティネーション」を観る。イーサン・ホーク主演のSF映画だ。原作はあのロバート・A・ハインラインの「輪廻の蛇」。


 

 

1970年、ニューヨーク。連続爆弾魔フィズル・ボマーによってビルに仕掛けられた爆弾を解除しようとして大やけどを負う男。男はある組織の治療で別の顔となり、時空を過去に飛んで犯人の命を奪い犯罪を未然に防ごうとする。男は時空警察官なのだ。一方、バーに現われた青年は、バーテンダーの男に不幸で数奇な身の上を語る。彼は捨て子でありもともとはジェーンという女性だった。ある男ジョンと恋をし子供を授かったが、ジョンはいなくなってしまううえに、彼女は男性の機能も持った特殊体質で、手術の末に男として生きてることを余儀なくされる。バーテンダーは、あることを条件に彼を不幸にさせたジョンに復讐するチャンスを与えると提案し、彼と共に7年前へとタイムスリップする。


 

 



というやつだ。この話もすごい。原作も傑作と言われるが、こっちは更に話を複雑にしている。


これは誰の話なんだ!

タイムスリップものの矛盾点を突く複雑な話なのだ。まさに尻尾をくわえたウロボロス。「魔王の島」を読みながら「プリデスティネーション」を観るという訳のわからないことをしてしまい、何が何だかわからなくなる年末です。






WBCのチケット抽選が外れたぁ!それはそれとして、最近ブログも書けないでいた。

11月末まで肥後細川庭園のライトアップイベントひごあかりのスタッフバイトをしていて本を読む気にならなかったからという言い訳から入る。








肥後細川庭園というのは熊本藩細川家の下屋敷の庭で、椿山荘の隣、永青文庫と同じ敷地内にある。ここが東京で一番美しい庭園と思うのだが、池を中心に山を背にした高低差があり園内を山の上から小川が流れているという庭は(たぶん)都内ではここしかないからだ。小川は池を通って横を流れる神田川に流れ込む。






ひごあかりは熊本のプロデュース集団『ちかけん』が制作した竹あかりを使い、池周辺の紅葉を照らすライトアップにより所謂逆さ紅葉が楽しめる。


週末イベントとして山鹿灯籠踊りがあったりくまモンが来たり、賑わいがあって楽しいものでした。私は入口でのチケット確認などしていたのですが、立っている作業は寒いですね。


そんな仕事も終わり、手に取ったのはラウール・ホイットフィールド「グリーン・アイス」。

ホイットフィールドといえばダシール・ハメットと同時代にホレス・マッコイらと共にブラックマスク誌で活躍したハードボイルドのレジェンドである。私がホイットフィールドに感銘を受けたのは昔EQというミステリ雑誌に掲載されていた「ミストラル」という短編である。この話に痺れまくったのだ。地中海沿岸のホテルで調査員と組織に追われる男のやりとりで話は進む。神経に障る季節風ミストラルが吹き始めると…。余計なもののない引き締まった文体とスピード感。見事なラスト。創元推理文庫の「短編ミステリの二百年 2」に収録されているので気になる方はそちらでご確認を。


 

 

さて本題の「グリーン・アイス」。

恋人の代わりに事件の罪を被って刑務所に入ったアーニーは2年ぶりに出所した。しかし彼を迎えに来た恋人が射殺され、彼が頼りにしていた男も殺される。次に彼が訪ねた男も殺され、アーニーは自分がハメられたことに気付く。真相をつかむべくアーニーはギャングたちの中に自ら飛び込んでいく。


 

 

「マルタの鷹」の翌年、1930年に書かれた長編だ。チャンドラーより早い。ハードボイルド文体の極みハメットよりはチャンドラーに近い文体だ。ただ正直、長編では読みづらいところがある。感情描写がほとんどない文体でギャングがやたらと出てきて、またアーニーも警察もギャングも同じようなハードボイルドな、そして時に汚い言葉を使うから誰が誰だかわからなくなってくる。本丸は誰なのか。誰が敵なのか味方なのか。


「きみはこういう稼業がやめられないと思うよ。腐った稼業だが、それでもきみの稼業なんだ」殺す殺されるの中、アーニーは女と恋に堕ちる。「女に惚れるのはたいがいこんなときさ。まずいときに限って、惚れるんだよ」

こんな状況下でも恋をするのかとも思うが、これが日常のワルならばそうなるのだろう。そして洒落たラストに突き進む。


 

 

グリーンアイスとは宝石のエメラルドのこと。盗まれたエメラルドの取合いが争いの原因なのだ。


古臭さは否めない。ハードボイルドの傑作とまでは言わないが、読んでおきたい味のある小説である。