1979年の夏休み、中学3年生だった私が部活のために学校に行ったある日、校門の前に人が沢山いてその中に松田優作がいた。カメラもあり、多くのスタッフがいて、シスター姿の女優もいた。なんだ、なんだ、何の映画の撮影かと友人たちと噂していたら、ドラマ「探偵物語」第一話だった。松田優作演じる工藤俊作がシスターの手を引いてヤクザたちから逃げるシーンで学校の煉瓦塀や裏口の鉄扉などが使われていた。



「探偵物語」は日本テレビで1979年9月から80年の春まで放送された人気ドラマで、工藤探偵事務所の工藤俊作を松田優作が演じたコミカルハードボイルドともいえるものでした。脇には彼を工藤ちゃーんと呼ぶ刑事役で成田三樹夫やボインちゃんと呼ばれる仕事はできるが色っぽい女弁護士役の倍賞美津子、探偵事務所に勝手に出入りする女優やモデルの卵役で竹田かほりとナンシーチェニーらがいました。



我が校は撮影によく使われる学校でしたが、いつも混乱を避けるため学生に予告は一切ありませんでした。そして夏休みなどの休み中にいきなり撮影があるのです。翌年の夏休みには、映画「セーラー服と機関銃」の撮影があり休憩中の薬師丸ひろ子に校庭でばったり会って、なぜこんな可愛い子が学校にいるのだと気を失いそうになったものです。懐かしい思い出ですが、もはや煉瓦塀も校舎も建て替わってしまいました。


話を戻して。小鷹信光の「探偵物語」が創元推理文庫から出たので懐かしくて手に取ったが、これがドラマとは違う話だということは知っていました。東直巳の「探偵はバーにいる」と大泉洋の映画の関係と同じ。視聴者を意識すると芝居はどうしてもコミカルになる。小鷹信光はテレビの企画段階で原案者として制作に関わり、ある程度企画が固まった段階で同じ登場人物で自分がイメージするハードボイルド小説を書いた。よってストーリーも登場人物の性格も違う小説ができたわけです。こんな話だ。


私立探偵工藤俊作のもとに電話がかかってきた。失踪した17才の少女を探してほしいという依頼だが、電話の相手は妙に威圧的だった。調査を始めると、少女を誘拐したという脅迫電話がかかってきて状況は一変する。


ハードボイルド小説としてはかなり面白い。そこはさすが小鷹信光だ。次々と複雑な人間関係が明らかになり、各人の思惑が見えてくる。覆い被さるように事件は起こり、偶然も重なりながら進む。工藤俊作も人間臭さが随所に現れ、人を殺めることもする。ハードボイルドの世界に溺れてスタイルのみ追う探偵像ではなく人間の弱さも描いている。その一方で暴力や殺人、拳銃が飛び交いながらも警察には深く追われない非現実感は否めない。さらに男女の関係にやたらとセックスを入れ込むとストーリーは浅くなりがちだ。


小説の工藤俊作はドラマの工藤俊作とは全然違う。酒、煙草、暴力、サングラス、セックス、夜、皮肉なセリフ、金で買えない男、女性にモテる、都会的、乾いた空気感、多くを語らない。コミカルなところはひとつもない。この頃の日本のハードボイルドの典型的な人物像。原寮の探偵沢崎や矢作俊彦にも共通する悪く言えばステレオタイプな探偵。


もっと言えば日本ではフィリップマーロウとマイクハマーの2人のハードボイルド探偵の影響が大きかった。この工藤俊作はフィリップマーロウというよりマイクハマーを彷彿とさせる。


テレビのことは考えずに、つまり工藤俊作にあまり執着せずに、ハードボイルド小説として楽しめる本です。



さて、昨日は雨の中、お墓参りをしてきました。墓地が郊外なので、その帰りに食べ物が安いロピアで、台風用の食料を買い込んで来ました。今日は昨夜からの大雨で外には出られない状況です。皆さんもお気をつけください。












「見ないふりして、彼女のことは…

逃げるにはもう遅すぎる…」(ジェリーヴェールの歌から)


メアリ・H・クラークという懐かしい名前を見つけて手に取る。「見ないふりして」。クラークはヒロインが犯罪に巻き込まれてハラハラの真っ最中に素敵な男性が現れてドキドキのサスペンス&ラブロマンスの名手だ。


1980年頃に「誰かが見ている」(絶版なんですか!)を初めて読んで、こんな書き方あるのか!と衝撃を受けたものです。そして「見ないふりして」はクラークが68歳の時に書かれたものですが衰えを全く感じさせない作品です。こんな話です。


不動産会社で働くレイシーはイザベルという女性から死んだ娘のアパートの部屋を売りたいと依頼される。購入希望者に部屋を紹介した翌日、改めて部屋を訪れると銃声がし前日部屋を紹介した男が走り去る。そしてそこには瀕死のイザベル。彼女はレイシーに娘の日記を託す。娘が殺された証拠が日記の中にあるという。殺人の目撃者となったレイシーにはFBIの証人保護プログラムが適用され、容疑者確保まで名前を変えて別の街に潜むように過ごす。不動産の客は殺し屋だったのだ。しかし彼女が潜んでいる街が漏れてしまい…。


話は登場人物それぞれの視点でテンポよく切り替わり、サスペンス感は増す。前半部分では二者択一を迫られた時に結果悪い方を選んでしまう。注意はしてるのに、このくらいなら…と魔が差して余計なことをしてしまう。そして殺し屋は着々とレイシーを追い詰めていく。彼女の居場所はなぜ漏れるのか。誰が黒幕なのか?ここがミステリーとしての謎。そして潜伏先の街で出会ったトム。互いに惹かれ合うが彼を巻き込まないために敢えて距離を取るレイシーと彼女のために何とかしたいトムの関係もドキドキ。


この2つのドキドキが吊橋効果的に相乗して一気に読ませる。上手ですねえ。娘が心配な老いた母は無知の善意者だったり、感じの悪い人が善人だったり、感じの良い人が犯人だったり、はお手のもので感情が振り回されました。


もちろんラストはハッピーエンド。ジメジメした天気が続いた後の快晴の空のように、書かれていない将来まで明るく想像してしまうような前向きな終わらせ方も素敵です。


M・ H・クラークの職人芸といいますか、このパターンでいくらでも書けるんでしょうね。大傑作もないけれどコンスタントに90点取れるみたいな書き方ですよね。楽しませてもらいました。






エドワード・D・ホックといえば、昔、光文社のEQという海外ミステリ雑誌を読んでいた頃、毎号のように短編が掲載されてました。大体はホックかロバートLフィッシュの名前があったものです。懐かしいですね。それくらい多作で駄作の少ない短編製造機作家でした。そういえば雑誌という媒体がなくなって、短編の名手も減ってきましたね。


ホックの探偵はレオポルド警部、サム・ホーソン、怪盗ニックなどがありました。そしてオカルト探偵サイモン・アーク。


サイモン・アークは悪魔退治のために世界を旅する元コプト教の僧侶で2000歳を自称する。


「わたしはただの人間ですよ。他の時代から来た人間です」


世のオカルト探偵の多くはジョン・サイレンスやタイタス・クロウ、カーナッキのように魔のものと対決しますが、アークは怪異のような事件が実は人間の仕業による犯罪であることを暴き、解決していく。事件が一見悪魔的であること、そしてアーク本人が魔物的であるところがおもしろい。こういう探偵はあまりいませんが、京極夏彦の中禅寺秋彦はこのタイプですね。そういえばジャック・リッチー「カーデュラ探偵社」というのもありましたね。夜間しか営業しない吸血鬼のカーデュラの探偵社の話でした。



さて、この短編集、10の短編が収録されている。半世紀前は好きだったが、もう一話として記憶がない。73人もの人間が一度に崖から飛び降りた、謎の大量自殺事件を描くアーク初登場の「死者の村」。ここで取材に来た記者でワトソン役の「わたし」がアークや後に結婚するシェリーと出会う。


家に侵入した狼を撃ったつもりが死体は人間になっていた「狼男を撃った男」、クリスマスの日に子供たちにプレゼントを配ってまわる妖精による殺人「妖精コリヤダ」など。ホック得意のパズルストーリー。長編にするには軽いトリックが多いが、ジャストアイデアみたいなものも上手に短編に仕上げるあたりはさすがですね。


「死者の村」で出会った若手記者の「わたし」が定年で引退後に関わる「キルトを縫わないキルター」まで数十年経っているが、ひとりアークだけは何も変わらず見た目は老人のような、身のこなしは若者のような様子であるところが恐ろしいですね。本当に2000歳なんでしょうね。


あまり沢山読み続けると飽きてくるので、このくらいの量がちょうど良いです。でもサイモンアークの事件簿は5巻まであるんですね。またそのうち読んでみましょう。