僕が読んだ2冊の
エホバの証人についてのマンガ、
どちらの本でもエホバの証人の親が、
自分の子供を虐待する様子が描かれていました。
これはエホバの証人の家庭で
常態化しているようです。
いしいさやさんの本から
虐待の様子をダイジェストでお届けします。

 

 

 

 

 

いしいさやさんのマンガで
僕が一番感動したシーンは
さやさんがエホバの信仰をやめると宣言するシーンだ。

これと同じシーンを僕も経験している。

結果的に親を裏切ることになるこのシーン、
本人はいかに葛藤していたか、僕にはよくわかる。

僕はその時小学5年生だった。

それまで毎週日曜に通っていた
教会の日曜学校に「もう行かない」と言ったのだ。

その時の母親の対応は
「じゃあそのことを牧師さんに言いに行きなさい」
というものだった。

僕はすぐに自転車に乗って教会に行き、
牧師さんを呼び出して、
「もう教会には来ません」
と宣言したのだ。

5年生の僕、よく決心したと思う。
10歳くらいで、何が大切なのか、
何が悪なのかをすでに知っていたのである。

あの時不安な気持ちで
自転車を走らせていた僕を
タイムマシンに乗って励ましに行きたい。

島根県松江市での出来事だ。

 

 

たもさんのマンガにも
同じような決別のシーンがある。

このときもエホバ信者の親に反対され、
たもさんはこうやって自己主張して
自由を勝ち取ったのだ。

たもさんには同じエホバの証人の信者の
旦那さんもいて、2人同時に脱会している。

旦那の親もエホバの証人の信者で、
たもさんの実家に怒鳴り込んできたらしい。

それでも強い意志でそれをはねのけ、
親子三人の本当の自由と
本当の幸せへの道を勝ち取ったのだ。

まだ100年や200年では
人類は宗教の呪縛からは解放されないだろう。

それでも僕は5万年くらいは待ちますと、
19歳の時に心に誓ったのだ。

 

 

うちの奥さんの友人にも
エホバの証人の信者の子がいて、
一時期その子も熱心に信仰していたそうだ。

しかしある時期にエホバ信仰をやめ、
普通に暮らしていたらしい。
だが子供の頃からの
エホバによる洗脳から抜け出すことはできず、
今はまたエホバに戻っているらしい。

高浜寛さんの「SAD GIRL」というマンガにも
エホバの証人と思われる宗教が出て来る。

実家の母親がその宗教の信者で
おそらくそのことが主人公の人生に
大きな負の影響を与えている、
というような内容だ。

 

 

 

一昨日、いしいさやさんの
エホバの証人を糾弾するマンガを
ブックオフで買って読んだのですが、
実は我が家には、
同様の内容のマンガがもう一冊ありました。

 

少し前に奥さんが買っていたらしく、
お義母さんが信者なので、
やはりエホバに関しては
思うところあるらしいです。

 

こちらはたもさんという、
やはり信者だった方が書いています。

 

たもさんという方は、
お母さんがエホバの信者になって、
信者の先輩から
「家族に協力者がいたほうがいい」
というアドバイスを受け、
10歳の時に巧みに信者に勧誘されました。

 

その方法は
「英語を習いに行きなさい」と言われ、
綺麗で上品なお姉さんの家に通うようになり、
実はそのお姉さんがエホバの証人の信者で、
使われていたテキストも
エホバの証人が出していたものでした。

 

そのままなしくずし的に洗礼を受け、
同じエホバの証人の信者の方と結婚までしました。

 

そして生まれたお子さんが
心臓の病気になって
輸血が必要になるかもしれないとなった時に
エホバの証人の関係者から
輸血はしないようにと説得され、
だんだんエホバの証人に
疑問を感じるようになったそうです。

 

今では夫婦ともにエホバから脱会し、
自由を感じているそうです。

 

昨日、ブックオフで、
結構なオーラを放っている本を見つけ、
ブックオフではエッセイマンガは
割と高い値段がついているので、
そしてあまり楽しい内容ではなさそうなので、
どうしようか少し迷いましたが、
思い切って買ってみました。

 

結果僕にとってはすごくいいマンガでした。

実は僕の義母、
奥さんのお母さんも
ここの宗教の信者なんです。

 

そのことで嫌な思いをしたことは、
今のところ無いのですが、
身近な人間がそういう宗教に関っているというだけで、
充分に嫌なものです。

 

そして僕の実母も
この宗派ではありませんが、
キリスト教(プロテスタントのメソジスト派)の
教会の信者です。

 

奥さんのお義母さんに関しては、
奥さんが成人してから、
いつの間にかここの宗教の信者になっていたので、
不快なだけでそれほど実害はありませんが、
僕の母の場合は、
僕が生まれる前から信者なので、
僕の生活の端々にまで、
キリスト教の悪影響は
実害を及ぼしています。

 

細かい例を挙げれば、
怒りに震え、
パソコンを叩き壊してしまいそうなので、
ここでは割愛させていただきます。

 

親は選べないからと
よく言われますが、
僕は親を選んで生まれて来ていると思います。

 

そういう親を持つことによって、
宗教というのがいかに人に災いをもたらすものか、
骨身に沁みて実感できるように、
キリスト教が悪であるということを、
片時も忘れずに過ごすために、
僕はキリスト教徒の親を選んで、
生まれて来たのだと思っています。

 

今では母もすっかり弱って、
自分の力では外出できないくらいの状態です。


神が人間に対してかけた呪いによって、
足が萎え、判断力も衰えて、
静かに滅びの時を待っています。

 

50歳を過ぎて、親が死ぬのを待っているなんて、
そんな楽しくない、不健康な人生を送るなんて、
それほどまでに彼(神)の人生は、
苦渋に満ちたものだったのでしょうか?

 

世界中のこれまでに生まれてきた、
何十億の数倍の人間の人生を
全部台無しにしてしまわなければ、
消えないくらいの怨みなのでしょうか?

 

御存知の方も多いと思いますが、
これは「レインボーマン」のコミック版です。

 

僕も含めてみなさんにお馴染みなのは、
特撮ドラマの方だと思います。

 

このドラマは川内康範さんという
ちょっと曲者がプロデュースしているのですが、
川内康範さんは作詞家として、
「おふくろさん」の歌詞を書いたことでも有名で、
後年森進一がコンサートで
勝手にアレンジした歌詞で唄ってたのに腹を立て、
もう歌わせないとか言ったりして
物議をかもした人でもあります。

 

それで「レインボーマン」というのも、
なかなか一筋縄ではいかない物語で、
死ね死ね団というのが
日本に攻撃を仕掛けてくるのですが、
この死ね死ね団というのが、
戦争の時に日本に侵略された、
アジア諸国によって結成されたという設定で、
日本を半端なく恨んでおり、
番組のエンディングテーマの
「死ね死ね団のテーマ」というのが、
すごい歌詞なんです。

 

それで子供の頃は
「こんな番組見てはいけません」と、
親から言われたものです。

 

「死ね死ね団のテーマ」は僕のカラオケの
レパートリーのひとつです。

 

ちなみにこんな歌詞

 

死ね、死ね、死ね死ね死ね死ね死んじまえ
黄色い猿めをやっつけろ
金で心を汚してしまえ
死ね、死ね、死ね死ね
日本人は邪魔っけだ
黄色い日本ぶっつぶせ、死ね死ね死ね
死ね死ね死ね、
世界の地図から消しちまえ

 

一番がこんな歌詞で
間奏も「死ね」のオンパレード、
昔のテレビ番組は
気合いが入っていましたね。

 

これはクママンの倉庫に並んでいる
「バスタード」です。

 

20年以上前、CMの制作会社にいた時、
企画会議をしていて、企画演出部長(バカ)が、
「なんかいいネタねえかなあ、おい紀川、
本屋に電話して今一番売れているマンガが何か
聞いてみろ」と言いました。

 

「自分で考えろよ、バーカ」と思いながら、
池袋のまんがの森に電話して、
「ちょっとお尋ねしたいのですが、
今一番売れているマンガって何ですか?」
と聞くと、即答で、
「バスタードですね」と、
当然のように言われたのだが、
僕はその「バスタード」という作品を知らなかった。

 

「・・・ああ、そうですか(・_・;)」と
曖昧に答えると
「さてはこいつ、バスタード知らねえな」
というような小生意気な反応だった。
多分オタクの店員だったのだろう。

 

時は流れ、その「バスタード」に再会、
というか改めて初めましてという感じでお目にかかった。
さすがに当時ものすごく売れていただけに、
倉庫に同じ巻が何冊かずつある。

僕はいまだにこのマンガを読んだことはありません。

 

福岡に帰った時息子のハルに
話題の「はるか」という小説を薦めると
その日のうちに読んでしまっていたようです。

 

さすが小説家志望というハル。


移動の車の中で、
「小説という表現形式は
今後も存続すると思うか?」
という議論をふっかけると、
よくわからないような
青臭い持論を展開していました。

 

例えば二葉亭四迷の「浮雲」とか、
田山花袋の「蒲団」なんて、
教科書に載っている以外に見たことある?
と聞くと「たしかに読んだこともない」
と言っていました。

 

じゃあ村上龍の
「限りなく透明に近いブルー」とか、
吉本ばななの「キッチン」とかが、
数十年後にも読まれていて、
その時の若者が感銘を受けていると思うか?
と聞くと「その作品も読んだことはない」
という答えでした。

 

じゃあ西尾維新の「物語シリーズ」や
谷川流の「涼宮ハルヒシリーズ」みたいな作品は?
と聞くと「ライトノベルはあまり好きじゃない」
ということでした。

 

それでもいいんだよ。
グラグラの理屈と
甘っちょろい願望だけでも
生きていてもいいんだよ。

 

ハルに、一緒に「響」か
「カメラを止めるな」を
見に行かないかと誘ったら、
「自分が映画を見てどうリアクションするかを
他人に見られるのは苦手なので、
映画館には行きたくない」と断られました。

 

まあそうやって肥大化する自意識を
せいぜい大切にして生きて行けよ。
ただあんまり自分を卑下して、
絶望して生きることだけはやめてほしい。

 

そしてこれからもハルに
何かのヒントになるような作品を
紹介し続けるつもりです。

 

自分は小中学生時代、
酷い「いじめ」を受けていて、
親も教師も理解してくれず、
唯一の逃げ場は近所の貸本屋だった、
それで今もマンガに固執しているし、
「いじめ」に限らず、
なにかの原因でつまづいて、
足踏みしている子供たちに、
同様の避難所を用意したいと思っている。

 

というような話が、
僕が今行動を共にしている、
マンガミュージアムの館長の考えだ。

 

一見立派な考えのようにも見えるが、
実は現実に行われていることには、
不備な点も多くある。

 

最大の問題点は2つあり、
ひとつめは金銭感覚の欠如で、
ふたつめはその作業に携わる人間の
気持ちに対する配慮に欠ける点だ。

 

具体的に言えば、
最近あるスポンサーが付きそうになっていて、
最初にとりあえず、
1000冊のマンガを無償で提供して、
それが評価されて軌道に乗ったら、
ビジネスとして展開する可能性がある、
というような説明を受けているのだが、
そのために1000冊のマンガを用意するにあたって、
クママンが準備できる予算というのが5万円という話なのだ。

 

この5万円を何に使うかというと、
欠本のマンガを購入する、
汚れの酷い本を綺麗に拭く、
本を棚に並べて整理し、
リストを作って記録し、
運搬用に箱に詰めて梱包する、
トラックに詰めて運搬し、
先方の用意した棚に並べる、
というような作業の
欠本の購入費用、
作業に関る人間の人件費である。

 

どう考えても5万円では足りない。

現在は僕が一人でほとんどの実務をやっているが、
その労働に対するギャラだけでも、
5万円全額をもらっても足りないくらいだ。

 

つまり、根本的にビジネスとして成立していない。
これが金銭感覚の欠如という問題である。

 

そしてもうひとつの
業務に携わる人間の
気持ちに対する配慮がないという問題だが、
これは具体的に言えば
僕の気持ちに対する配慮の欠如のことを言っている。

 

実は僕がこの業務に携わる前には、
Fさんという人が、
クママンにまつわるほとんどの業務を
館長から丸投げされており、
Fさんはそれに耐えきれず、
今度は僕に丸投げして、
逃げて行ったのである。


僕が逃げ出すのは簡単なことだが、
それでは何も解決しないので、
できれば逃げずに立ち向かいたい。

 

それでこの文章のタイトルの
「いじめ」の存在意義とは
何かということだが、
館長はいじめを受けて、
それが色々な行為の出発点になっている、
とお考えのようだが、
それではそのいじめを受けたのは、
なぜだったのかという話なのだ。

 

原因があって結果があり、
マンガミュージアムを作ったきっかけが、
いじめを受けたことだったとしたなら、
そのいじめを受けることになった、
原因というのは何だったのですか、という話なのだ。

 

この原因と結果の因果応報はきりがなく、
どこまで遡っても解決はできないのだが、
それは過去の事だからであって、
現在の目の前の出来事に対して、
どう対応するかは自分で決められるし、
その対応次第では、
未来なら変えることはできるのだ。

 

僕にも色々な事情があって、
現世と前世の間の霊界においては、
地獄で鬼をやっていたらしく、
鬼といえば、色々なやり方で、
地獄に送られて来た人々のことを
いじめるのが仕事なので、
なぜその人がいじめられるのか、
いじめている人は、
どんな気持ちや目的があって、
そのような行為をしているのか、
少しは想像がつくのである。

 

今は僕は人間なので、
何か気に入らないことがあっても、
相手の腕を引きちぎったり、
全身の皮を剥いだりするわけにはいかず、
黙って耐えるしかないのだが、
そうやっておとなしく人間を全うしたら、
その先には何かがあるのだろう。

 

今日の仕事終わりに
何軒かの古本屋を回って見つけた3冊
北条司の「シティハンター」の最終巻(35巻)と、
曽田正人の「シャカリキ」の7巻と、
同じく曽田正人の
「め組の大吾」の最終巻(20巻)です。

 

「シティハンター」は大人気作品で、
うちの倉庫にも何セットも組めるくらい、
他の巻は何冊もダブッているのですが、
このような長期連載ものによくあることで、
最終巻だけ見つからないのです。

 

それでブックオフに行ったら、
割と簡単にどこででも見つかりました。

 

これで「シティハンター」は1セット完成です。

今、あるスポンサーが
付くかもしれないという話が来ていて、
見本として1000冊くらいのマンガのセットを
作っているところなんです。

 

そのスポンサーの方が、
曽田正人のマンガ、
中でも「シャカリキ」がお好きとのことで、
うちの倉庫には「シャカリキ」(全18巻)が、
7巻以外は全部揃っていたので、
7巻を探してセットを完成させたのです。

 

ついでに曽田正人の有名な作品、
「め組の大吾」なら、
何セットか作れるくらいに揃っているので、
そちらも揃えておこう(ゴマすり)、
と思ったのですが、最終巻の20巻だけなくて、
こちらもブックオフで探して買いました。

 

これで「シャカリキ」全18巻、
「シティハンター」全35巻、
「め組の大吾」全20巻が揃いました。

 

ところでこの仕事、
今はまだプレゼンの段階で、
プレゼンの予算は総額で5万円しかなく、
僕は本来の自分の仕事をしながら、
無料奉仕のような形で作業しています。

 

こんなのを「仕事」と呼んでいいのかな?

ちなみに
「シティハンター」は探偵が主人公のマンガ、
「シャカリキ」は自転車競技のマンガ、
「め組の大吾」は消防士のマンガで、
僕はどの作品も読んだことはありません。

 

マンガミュージアムの館長から、
設立の経緯についてのお話を伺っていて、
館長が中学生くらいから、
学校で酷いいじめを受けていて、
今で言えば「不登校」に近い状態だったのだが、
当時は「不登校」とか、
「発達障害」といったような概念が、
今のようには認知されておらず、
親からは「学校に行け」と、
教師からは「なんでよく休むんだ」と、
どちらも毎日学校に通うことを
当たり前のこととして疑わない状況で、
行き場のなかった館長は、
近所の貸本屋をとりあえずの避難所として、
多くの時間を過ごしていたそうだ。

 

今も館長は不登校の子供に
高卒の資格を与えるような、
学校の講師もしているが、
不登校の子供たちや
そういう子供を持った親たちには、
何年かでいいから、子供たちが、
自分で抜け出すきっかけを見つけるまで、
待って、時間を与えて欲しいと願っている。

 

僕もその意見には賛成だが、
何年か待ったところで、
そこまで(親の)満足のいく結果が
出るとはかぎらないだろうなとも思っている。

親というのは無理解なもので、
教師というのも大差はないだろうというのが、
僕の見解で、子供たちというのも、
甘えた奴が多いんだろうと思っている。

 

それでも現状のままで社会を放置していたら、
新幹線の中でナタで人を殺した奴や
仙台の交番で巡査を刺し殺した奴や、
秋葉原通り魔事件の加藤のような奴が、
また現れるのは必至のことで、
今マンガミュージアムで、
「ドラえもん」や「妖怪ウォッチ」を読んで、
おとなしくしている子供たちが、
その「読書」にエネルギーを費やしたおかげで、
そういう事件を未然に防げているのだとしたら、
それはそれで意義のある仕事をしていると思う。

もう昨夜のことですが、
「健康で文化的な最低限度の生活」と
「義母と娘のブルース」の最終回を見ました。

「健康で文化的な最低限度の生活」は
先週から続いている話になっており、
先週は沖縄旅行に行っていて
見ることができなかったので、
少し中途半端な気持ちになりました。

 

でもDVDが出るのは
来年2月とのことなので、
とりあえず見ておいて良かったです。


地味なドラマでしたが、
僕はなかなか好きでした。


いずれドラマを録画して見るような習慣を
つけようかとさえ思いました。

 

「義母と娘のブルース」の方は、
ここまで行くと原作とは別物と言えますが、
やはり原作の設定あってこそのこのドラマでしょう。

 

感動したというほどではありませんでしたが、
いいドラマだったと思います。

 

さて、もうひとつ、
かなり古いドラマですが、
「ごくせん」というドラマの
原作になっているマンガを
最近読み始めまして、
それでちょっと気になって、
ドラマの第一シリーズの一巻を借りて、
第一話だけ見てみました。

 

「ごくせん」の原作は、
森本梢子さんという、
熊本市在住のマンガ家さんの作品で、
この森本梢子さんのマンガは
ほとんどの作品が
映画やドラマになっています。

 

最近の「高台家の人々」も映画になっていて、
それがとても良かったので、
「ごくせん」も読んでみたのです。

 

ドラマはどうだったかというと、
かなり物語のクオリティが低く、
原作が台無しでした。

 

かつてはドラマの原作になっても、
マンガがかなりないがしろにされていて、
それで僕はテレビドラマってあまり見なかったのです。

 

かつてはそうでした。
でも最近はドラマの制作スタッフにも、
かなりマンガへのリスペクトがあり、
以前ほど酷くはないようです。

 

でもこのドラマ、
仲間由紀恵はもちろんですが、
松本潤、小栗旬、生瀬勝久など、
後にブレイクする俳優がたくさん出ており、
なかなかすごいドラマだったんだなとは思います。