僕は酒もタバコもやらない。でも演劇をしている。

演劇をやるということ、

について最近よく考る、
本当に意味が解らないからね。お金なくなるし、しんどいし。その分楽しさとか感動があるかっていうとそうでもない。「面白かった」と言われても無駄な勘繰りをしてしまい素直に喜べない。打ち上げなんかも気を使って妙な消耗するし、孤独を感じたりするし。で、公演が終わったら何も残らない。ほんと、一瞬で真っさらなんだ。感想言ってくれた人も、終わった途端公演について何も言わなくなる。

昨日、自分の部屋を稽古用にレイアウト変更した。部屋の手前を客席側に想定して、ベットや机、本棚の位置を舞台美術に合わせて変えていく。この行為がやたらと精神にきた。部屋っていうのは思ってる以上に自分の一部だ。それを演劇の稽古の為に切り崩していった。
畳の部屋故、本棚が安定しないから釘で柱に打ち付けて固定していた、その釘を抜く時本棚にヒビが入った。その時何だか泣きそうになった、自分の生活を壊してやって、何を得るんだろか。何かになれるんだろうか。

生活と、演劇。
インディーズである我々はどうしたってその二つは水と油で。でも、よく見つめると実は密接に交わってることにも気付くのだ。
僕は女性に告白をする時、何故だか必ず位置が女性より下になる。階段の上に女性がいて、下に自分がいて。公園の遊具の上に女性がいて、下に自分がいて、というように。無意識にそうなる。これには多分、告白とはそういうものだっていう認識が植え込まれてる気がする。プロポーズをする際の、男性がしゃがんで女性の手を取って、という絵が、潜在意識にあるんじゃないか。そういうようなことってたくさんあるんだ。ふと生活が全て演劇に思えてきません?

何故身を削ってまで演劇をするのか。不思議に思うが、考えてみると違和感がない。「良い生活」というものがあって。「実生活」と「良い生活」、その落差から生じるものが演劇なのだろう。

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