演劇を始めてから今年で11年目の様です。本当に休むことなく演劇はずっとやっていけてます。どんだけ裕福なんだろ、どんだけボンボンなんだろ。演劇、というか表現は、そういう人の為のものの様な気もする。お金はあるけど、友達もいるけど、幸せになれない。
演劇だけは続けられる。プロの俳優なんかもよくこういうことを言います。演劇だけは。僕もそう思う。他に続いたことなんてないんだもん。演劇は最底辺がやるものなんじゃないか、という考えは高校の頃から持っていた気がする。運動部は自分の種目の授業の時、ヒーローだった。軽音楽部が文化祭でキャーキャー言われてた。かるた部なんてのも、自分たちを誇っていたような気がする。演劇をやってて誇れるものなんて何一つなかった。国語の授業で音読する時、気持ちを入れて読んだやつが笑われていたな。何もできないんだ。でも、演劇だけは「何もできない」を肯定してくれる様な気がした。
誇れない演劇を、怠惰的に11年も続けてきた。こんな楽しいものはないなんて思ってた時期もあったけど、ここまでくると、そういうことよりもしんどさのが大きい。一定の評価をもらっていればそんなことはないのかもしれない、だが殆ど認知されていない現状。もっと宣伝に力を入れろと言われるけど、自分なりに悩んで拘ってやってるんだ。見境なく品性なく宣伝する様にはなりたくない。そんな拘りが何を生むんだろうか、認知されなくて意味があるのだろうか。お金がないから関係者も殆どボランティア。皆優しいんだ。でも、そうやってやってくのもお互いキツいよね、目に見える御礼がちゃんとできたらな。
この間職場の、絶対解り合えないだろうなって人に演劇やってることを口走ってしまった。絶対言わないつもりだったのだけど。そしたら「演劇とかよくわかんないけど、お前コミュニケーション全然とれないから演出とかやってても伝わらないでしょ、俺みたいに何も考えないでもベラベラ喋ってれば語彙力ついて色々伝えられるじゃん?お前も絶対そうした方がいいよ」とか言われた。自分の中で何かが沸騰した。口からヘドロを吐きかけられた気分だった。何故よくも知らない相手にそんなこと言えるのか。何故僕はそんなことを言われなきゃいけないんだろう。なによりその程度のことで帰りに一人で泣いた自分が嫌いだし、キモいし、死んで欲しかった。
演劇を11年やってきて、得たものはあるのだろうか。それがね。解らないんだよ。無いような気もする。失ったものばかりに目がいく。僕はかれこれ3年近く実家に帰れていない。将来というか、社会的な信用は皆無だ。道や手すりを頼りに登ってきたつもりだけど、いつの間にか周りになんの目印もない山奥に来てしまっている。
でもやっぱり演劇は続けるんだろうな。理由はと言えばパッと言えないんだけど。とても思うのはね、一つの作品を、半年とかかけて、色んなもの削って、消耗して、一生懸命作って。でも、それが本番が終わると同時に瞬時になくなるんだ。ほぼゼロになる。打ち上げなんてのも本当はしたくない。しんどいんだあれ。でも、まだ終わりたくなくて、一人になりたくなくて、ズルズルやって。終電なので。始発なので。一人ずつ消えていく。最後に一人になる。翌日の夜、空腹で起きて一人で外に出る。みんな去った。終わってしまったな。また一人だ。ぼーっと散歩しながらふと考える。またやろう、って。それが全てなんだ。それだけなんだ。僕は。
もう直ぐ公演が始まるんだけどね。
凄く良い感じなんだ。今まで手が届かなかったものに触れそうな気がする。めっちゃくちゃ頑張ってる。二度と演劇やるもんかって気持ちで。この間初めての通し稽古をして。終わった時にやったーー!!できたーー!!とか、恥ずかしげもなく叫んじゃって。半泣きで。そんなの始めてだった。なんか、11年やってきたことへの一つの回答が出たような気がするんだ。本当に。
でも、解ってるんだ。多分また何事もなく終わって、日常が訪れる。そういうもんさ。風に吹かれてるんだ
